431 反撃の狼煙
「クゥン」
「ウルシ、大丈夫?」
「オフ……」
戻ってきたウルシは満身創痍であった。再生で癒えつつあるが、それでもこの傷ということは、元はもっと深かったのだろう。やはり外にも襲撃者がいたらしい。そして、ベルメリアを追おうとしたが、襲撃者に阻まれて追うこともできなかったようだ。
ウルシの戦闘方法は多彩なスキルで相手を翻弄する戦い方だ。暗黒魔術とスキルを疑似狂信剣によって封じられてしまうと、かなり戦い方が制限されてしまうようだった。
特に、影潜りと影渡りが使えない状態だと、回避も奇襲も難しくなる。それだけでもウルシの戦力は半減なのだ。
また、白昼の町中であることも災いした。
従魔であるウルシが騒ぎを起こせばフランが罪に問われる。だから町の中で暴れるな。元のサイズにはなるな。そう口を酸っぱくして教え込んでいたんだが……。
そのせいで小型サイズのまま、真正面から襲撃者とやり合うはめになってしまい、結局相手が潜在能力解放で自滅するまで、削り合いをすることになってしまったらしい。
元のサイズに戻れば勝利できただろうし、ベルメリアを救出することもできただろう。だが、ウルシにとってはフランが1番なのだ。たとえ自らがピンチに陥っても、フランが最優先なのだろう。それ故、元のサイズに戻ることもせず、必死に襲撃者と戦ったようだった。
「ウルシ、ベルメリアの匂いを追える?」
「オン! オンオン!」
ウルシが襲撃者の疑似狂信剣を鼻で指し示し、何やら訴える。
『もしかして、魔剣と同じ場所に逃げ込んだってことか?』
「オン!」
「アシュトナー侯爵の屋敷?」
「オン!」
すでに追跡を終えた後であるらしい。
「すぐに追う!」
フランがそう言ってやる気をみなぎらせたが、それを止めたのは他でもないウルシだった。
「クウゥン! オフオフ!」
フランの袖を噛んで、必死に何かを訴える。どうやら思い止まらせようとしているらしい。
「どうしたの?」
「クゥン!」
そして、ウルシが再び疑似狂信剣を指し示す。
『もしかして、侯爵の屋敷に疑似狂信剣の気配があったってことか?』
「オン!」
間違いないらしい。しかもウルシがフランを止めるほどの数を感じたのだろう。それを見た伯爵が、厳しい顔でウルシに質問する。
「もしかして、アシュトナー侯爵の屋敷には、この謎の剣の刺さった者が、大量にいるということか?」
「オン!」
「なんということだ……」
だが、コルベルトはいまいち分かっていないらしい。
「どうしたんすか? 場所が分かってるなら、今すぐ殴り込みましょうぜ!」
コルベルトの主張はもっともだ。だが、ベイルリーズ伯爵は首を縦には振らなかった。
「……戦力が足らん」
「何言ってるんですか! この襲撃者は全員が魔薬漬けだ! 多分、そうしないと操れないんでしょう。逆に言えば、放っておいたらベルメリア嬢ちゃんだって!」
「分かっている!」
「戦力だって、オルメス伯爵の家を襲撃するために兵士を用意しているんでしょう!」
「彼らは幾つかの拠点で密かに準備を進めているところだ。その準備が終わっていない」
「なら俺たちだけでも!」
「無理だ。許可できん!」
ベイルリーズ伯爵だって本当はコルベルトと同じ気持ちなのだろう。その言葉が、本心とは真逆であることは痛い程に理解できた。
「何故ですかい?」
「敵の戦力を侮るな。今回の襲撃を踏まえれば、恐ろしい可能性が見えてくる」
「どういうことです?」
「今回、この屋敷の場所がばれたことは仕方ない。捕らえられた者から情報を得ているのだろう。だがな、あれ程の戦力を、私ごときを殺すために投入するのか? やりようによっては、王都を火の海に変えられるほどの戦力だぞ? その結果が、ベルメリアの身柄だけ? 私の暗殺に成功していたとしても、伯爵家を一つ傾かせるだけだ」
今日の夜に予定されていた査察を延期できるのではないかとも思ったが、伯爵の部下には優秀な人物が多い。主が死んだ程度で、作戦が取りやめになることはないという。
「むしろ私の仇を取ると、やる気になるだろう。指揮官の中には爵位持ちもいるから、指揮権の移譲に問題もない」
それに、こんな方法で査察を引き延ばしたとしても、アシュトナー侯爵家への疑いはむしろ高まる。遠くない将来に王家が主導して、徹底的な捜査が行われるだろう。
「多少の時間を稼ぐために使い潰すには、惜し過ぎる戦力だった……」
「なるほど。だが、それくらい追い詰められているのかもしれませんぜ?」
「それは確かにそうだが、もう1つ可能性があるぞ」
「なんですかい?」
「使い潰しても惜しくなかったという可能性だ」
ベイルリーズ伯爵の言葉の意味がすぐに分かったのだろう。コルベルトもフレデリックも驚きの表情を浮かべる。
「つまり、やつらの屋敷にはもっと大量の戦力があると?」
「うむ。その危険性は高い。黒雷姫の従魔が感じたという気配は、我らの想像以上に多いのだろう」
「ちっ……厄介な!」
コルベルトが悔し気に呟く。だがそうなのだ。この疑似狂信剣の数が分からない。もし量産化が軌道に乗っていれば、何十本も存在していてもおかしくはなかった。
「魔力を打ち消す能力を持った、死を恐れない凄腕の剣士……。その剣士で構成された兵団が相手になるということだ」
こちらの戦力はフラン、コルベルト、フレデリック、伯爵、生き残りの兵士数人。増えてもせいぜい騎士が数十人だろう。
しかし、疑似狂信剣の能力が厄介過ぎる。スキルや魔術は打ち消され、向こうは好きに使ってくるのだ。どう考えても無謀である。
また、これまで多くの密偵が捕らえられたことにも、疑似狂信剣が関係している可能性が高かった。スキルを知らぬ間に封じられ、隠密や気配遮断を封じられたのではなかろうか? そう考えると、忍び込んでの救出も難しい可能性があった。
「くそっ。一体何なんだよこの剣は!」
「それは疑似狂信剣」
「黒雷姫! 知っているのか?」
「鑑定しただけ。でも、名前しか分からない」
「お前は鑑定を持っているのか……。疑似――なんといった?」
「疑似狂信剣」
「狂信剣というものの、偽物ということか?」
「ん。狂信剣は、昔破壊された神剣のこと。狂信剣ファナティクス」
俺たちも詳しく知っているわけではないが、知人に聞いたということにして以前アリステアに教えてもらったその能力を皆に教える。次第に全員の顔に驚愕の表情が浮かんだ。
ただ、その能力よりも、神剣のデッドコピー品の可能性があるという事実に戦慄しているようだった。
「疑似神剣、だと……。アシュトナーはそこまで……」
「おいおい。やべーじゃねーか」
「もしや、向こうには本物の神剣があるのか?」
神剣と言えば神話に語られる超兵器。それが敵の手中にあるかもしれないのだ。彼らの悲壮な表情も理解はできる。
フランを完全に信用してくれているのか、その言葉を嘘だと言われないのは嬉しいが、戦意を下げてしまったな。
「聞いた話だと、ファナティクスは破壊されたはず」
「では、ファナティクスの製造法だけを手に入れた可能性もあるか……」
「とはいえ、あの剣が大量にあるってだけでも厄介だぜ!」
コルベルトが悔し気に声を上げた直後だ。この屋敷に入ってくる気配があった。とは言え、敵意は感じられない。そもそも気配を消そうともしていなかった。
「し、失礼します! だ、誰かいらっしゃいますか!」
「こ、これはひどい……」
「誰だ!」
ベイルリーズ伯爵が誰何の声を上げると、男たちが所属を名乗り始める。それは、巡回の兵士であった。彼らを率いているのは騎士である。そういえば、貴族街でこれだけ騒いだのに、来るのが遅かったな。
だが、話を聞くと襲撃はこの屋敷だけに留まらなかったらしい。この屋敷と同時に、複数の屋敷や民家が襲われ、かなりの被害が出ているそうだ。この近辺の詰め所も襲われたという。
この一帯の兵士を纏める指揮官が死んだせいで引き継ぎが上手くいかず、ようやく新たな指揮官によって兵士が派遣されてきたらしい。
ベイルリーズ伯爵は襲われたことなどを話し、怪我人の治療などを行うための人員の派遣をお願いしていた。
兵士たちが慌ただしく出て行くと、険しい顔をしている。他の場所も襲撃されたことを聞いて、事態の大きさを憂慮しているのかと思ったのだが、それだけではなかったらしい。
「……オルメス伯爵別邸を強制捜査するために密かに準備をさせていた者たちが襲撃されたようだ」
なんと、襲われた屋敷や民家は、ベイルリーズ伯爵家の用意した隠れ家であったそうだ。この屋敷の情報だけではなく、全ての情報が漏れていたということなのだろう。
「……被害を確認せねば。だが、確実に戦力不足だな」
ベイルリーズ伯爵の暗い声に、フレデリックが疑問を投げかける。
「では、戦力が整うまで、静観されるとおっしゃるのですか?」
「そうは言っておらん。それだけの戦力を保有した反逆者を放ってはおけんからな。王都内で反乱でも起こされれば、我が国の威信は大きく傷つく。いや、すでに反乱と言ってもいい。これ以上の侯爵家の暴走は防がねばならん。多少の無茶はしてでもな」
そう語ったベイルリーズ伯爵は、生き延びた配下たちに矢継ぎ早に指示を下していく。
「俺は王城へ向かう。かなり混乱しているようだからな。事態の説明をする必要があるだろう。他の騎士団の力を借りられるはずだ。フレデリック、お前はオルメス邸査察班に連絡を取れ! 生き残りを救助し、戦える者には2時間で用意を終わらせるように伝えろ! 仲間の仇を取らせてやると伝えろ。それで奮起するはずだ!」
「了解しました」
「その後は、密偵部隊の指揮を任せる。表での戦闘に合わせて、侵入しろ。オルメス伯爵邸だけではなく、アシュトナー侯爵邸への作戦行動を許可する」
「はっ!」
「ベルメリアをわざわざ攫っていったということは、すぐに殺すつもりはないだろう。今は、堪えてくれ」
「……はい」
そうやって全ての指示を出し終わると、最後にフランとコルベルトに向き直る。
「コルベルト、黒雷姫。2人には冒険者ギルドへの繋ぎを頼みたい」
「繋ぎ?」
「ああ、エリアンテ殿に、戦力の派遣を頼んでほしい。無論、徴発しようというのではない。ちゃんと雇おう」
「なるほど。冒険者で戦力を補おうってことか!」
「うむ。戦力になりそうな冒険者であれば、誰でも構わん。上限もなし。依頼料は相場の倍出す。ただし、危険な任務であるということは、きっちり説明しろ。途中で怖気づかれてはかなわん」
相場の倍かよ。太っ腹だな。コルベルトも感心している。冒険者を使うと情報がダダ漏れになる恐れもあるが、今は戦力の補充を優先するってことなんだろう。
「上限なしって、何百人も雇うはめになったらどうするんです?」
「仕事はいくらでもあるし、戦力が多ければ多い程こちらが有利なのだ。その分、娘を無事に救出できる可能性が高くなると思えば安いものだ」
「へへ。そうですかい」
「作戦開始は3時間後だ。交渉は全て任せる」
「わかりました。俺たちがギルドに行ってきましょう!」
「ん!」
「ここまでは完全に後手に回ってしまったが、今度はこちらが反撃する番だ!」




