425 同族嫌悪
「あと、手がかりになりそうなのはこれ」
「魔剣の欠片か」
フランが取り出したのは、切り落とした魔剣の刀身である。正体に迫れる可能性はあるだろう。魔力の大部分が抜けたおかげで、すでに嫌悪感は大分薄くなっていた。
『……うーん。素材は……俺の刀身に似ている気がするんだが……』
鍛冶スキルがあるので、ある程度の見分けは付く。少なくとも鉄ではない。はっきりとこの金属の正体が分かるわけではないが、最も近いと思われるのは俺自身に使われている金属であった。
確か、神級鍛冶師だけが使えるオレイカルコスという金属だったはずだ。ただ、神級鍛冶師だけが扱えるというだけあって、通常の鍛冶スキルでは特別なものかどうかが分からない。
あのガルスでさえ、俺の刀身の素材を理解できていなかったからな。それでも、俺と魔剣を構成する金属がとても似ているということは分かった。
だがそうなると話がよりややこしくなる。なにせ、あの魔剣が神剣の可能性さえ出てくるからだ。まあ、アースラースに見せてもらったガイアと比べたら遥かに弱い魔力しか感じなかったし、神級鍛冶師がオレイカルコスを使って作った、神剣未満の魔剣という可能性が高いと思うが。
そう考えると、俺が共食いを発動できたことも納得できる。神級鍛冶師が作った、同じ素材でできたインテリジェンス・ウェポン。同種と言っておかしくはないだろう。トリスメギストスよりは、神級鍛冶師に関係ある確率が高そうだ。
「これを調べたいのだが、預けてもらえないか?」
(師匠?)
「調査が終われば、必ず返そう。フランの戦利品だからな」
まあ俺たちが持っていてもこれ以上は自力で調べられんし、貸し出すということなら構わないだろう。
『いいと思うぞ』
「ん。わかった」
ゴードンの遺体を前にフランとフレデリックが話をしていると、ウルシが戻って来た。
「オン!」
「ウルシ、おかえり。何か分かった?」
「オン!」
お、ウルシが自信満々だ。どうやら追跡は上手くいったらしい。
「……アシュトナー侯爵の屋敷?」
「オン!」
フランの問いかけにウルシは大きく頷いた。まじか? フランも、とりあえずアシュトナー侯爵の名前を出しただけだったんだが、いきなり正解だったとは。
「本当に?」
「オンオン!」
フランが疑わし気に聞き返すと、ウルシが必死に信じてちょうだいアピールをする。これは、本当にアシュトナー侯爵の屋敷に逃げ込んだらしい。
前回はわざわざ住宅街で気配を絶って、後をつけられないように警戒していたのに……。今回はやけにあっさり逃走先を突き止められたな。
いや、フランの剣王技でダメージを負っていたせいで、追っ手を撒くような余裕がなかったのか。俺に力の一部を吸収されているだろうし。
因みに、共食いの結果俺の保有魔力、耐久値が50ずつ上昇していた。微妙な気もするが、魔剣の力を完全に吸収できればかなりの強化が期待できそうでもある。
「その狼が魔剣の逃げた先を突き止めたのか?」
「ん。アシュトナー侯爵の屋敷」
「本当か?」
「ん。信用できる」
「ガウガウ!」
フランに疑われた時には下手に出て「信じてくださいよ~」的な反応だったのだが、フレデリックの言葉に対しては「なんだと? 俺の言葉が信じられないのかテメー?」って感じの反応だった。ガンを飛ばしてフレデリックを睨んでいる。
犬サイズの状態でもそれなりに迫力はあるんだが、フレデリックは全くひるんでいない。さすがだな。
「睨まない」
「オン……!」
フランがウルシの頭をペシッと叩いて注意する。するとウルシは「だって!」という表情でフランを振り返った。
しかしフランはウルシを無視して話を進める。
「アシュトナー侯爵家にいく」
「いや、ちょっと待て」
「クゥン……」
うん、頑張れウルシ。
「ここで無理やり突入しても、断罪の証拠を発見できなければ、こちらが追及されて終わるだけだ。再度の捜査をするには、長い年月を要するだろう。慎重になれ」
「むぅ……」
「ガウ!」
ウルシが再びフレデリックを睨む。意訳すると「テメー、なに姐さんに意見してやがんだゴラァ!」だろうか?
再びフランに頭をペンと叩かれ、ウルシは「ちっ。今回は見逃してやる」的な態度でフレデリックから視線を外した。この子、こんなにチンピラみたいな子だったかしら?
結局、このままここにいては再び襲撃を受ける可能性もあるし、ベルメリアとともに火災を消し止めた後、場所を移動することにした。目指すのは貴族街にある、最初にベイルリーズ伯爵と出会ったあの隠れ家だ。
道中で、魔剣がアシュトナー侯爵邸へと消えたという話をすると、ベルメリアは納得した様子で頷く。
「やはり、関与していたようですね。アシュトナー侯爵家に立ち入るための理由が一つ増えたわ」
「あの狼が見た物が本当であれば、だ。裏取りをせねばならない」
「ガウ!」
フレデリックの言葉に反応したウルシが、「俺が嘘ついてるって言うのか! ああ?」って感じに唸る。いや、普段はもう少し可愛いやつなんだが、フレデリックには妙に絡んでいくんだよな。
同族嫌悪なのかね? スキル構成も似ているし、自分のポジションを脅かしそうなフレデリックに対抗心を抱いているのかもしれない。一応狼だし、集団での自分の立ち位置を気にしているのだろう。
『同族嫌悪か……』
俺があの魔剣に対して感じる嫌悪感も、同じものなのだろうか?
強大な力を持った魔剣であり、独立した意思を持って独自で行動が可能。さらには使用者にスキルなどを与えて、通常ではありえない程強化することができる。
勿論、これらの情報が確定している訳ではないが、現状では俺に似た力を持ったインテリジェンス・ウェポンである可能性が高かった。
あまりにも似通っている。似すぎている。
俺はあいつのやり方に怒りを覚えた。だが、ハムルスは潜在能力解放状態が長く続いたせいで死んだのだ。それは俺たちにだって起こり得る話だった。俺も奴も、使い手に死をもたらす可能性がある危険な剣である。認めたくはないが……。
『うーん』
(どうしたの?)
『いや、ちょっとな……。あの魔剣と俺、似ているのは何故かと思っただけだ』
(似てない)
『いや、外見は似てないが、能力はかなり似てるだろ?』
しかし、俺の言葉をフランがいつになく強い声で否定した。
(似てない! あいつは使用者を殺した!)
『だが、潜在能力解放を使い過ぎれば命を落とすのは、俺たちも同じだ。途中で止めたかどうかの差でしかない。まあ、ゴードンを殺したのは確かだが……』
(似てない! あいつは自分で使用者を殺した。師匠はいつも私のこと考えてくれてる。全然違う)
『……そうか?』
(ん! あいつは悪い剣。師匠は善い剣)
正直、俺としてはあいつと俺にそこまで大きな差は無いように思える。使い手に対するスタンスの差だけだ。
だが、フランが違うと言ってくれるのなら、きっと違うのだ。そう思う事にしよう。
そんな風に考えただけで、心のもやもやが晴れるのが分かった。我ながら現金なものだ。
『……ありがとな』
「ん!」
師走が終わったのに忙しい……。何故でしょう?
今週と、もしかしたら来週も3日に1度の更新になってしまいそうです。
申し訳ありません。




