424 知性ある武器たち
『すまんフラン。もう大丈夫だ』
(ほんとに?)
『ああ』
俺が呻いている間に、またもや魔剣に逃走されてしまった。ウルシが何か情報を持って帰ってくれればいいんだが……。
しかし、どうして共食いが発動したのか分からない。同種の相手を殺したら、力を吸収する能力のはずなんだが……。
俺たちは無機物で、すでに命がない。つまり死んでいるから攻撃してダメージを与えれば発動するって事か? もしくは切断したことで、一部を殺した判定? もしくは他の理由なのか。
どちらにせよ、今後あの魔剣と戦う際は共食いを外しておかないと危険だな。また、あの感覚を味わうとか、勘弁してほしい。
だが、相手の力を吸収するということは、俺が強化され、魔剣が弱体化するってことだ。だったら嫌悪感は我慢して、共食いを使っていった方がいいかもしれん。うーむ……。
「フラン、大丈夫ですか?」
「ん?」
「途中で急に動きが鈍ったようでしたが……」
「あの剣は斬った者の精神を支配する力があった。影響はないのか?」
ベルメリアたちが心配そうに聞いてくる。フレデリックはすでにベルメリアの所持してたポーションで傷を癒してはいるが、その顔は僅かに顰められている。精神耐性で防いだとはいえ、支配スキルを食らったフレデリックだ。その恐ろしさは理解しているのだろう。
また、フランが操られてしまった際には、自分たちでは勝てないということも分かっている。それ故、警戒するようにフランの事を見つめていた。
「耐性スキルがあるから平気」
「そうか」
「よかったです」
どうやらその言葉に嘘がないと理解したのだろう。ホッと胸をなでおろす二人。
その後、俺たちは宿の人間の救助に向かう事にした。あの爆発だ、しかもまだ宿の一部が延焼中である。これをどうにかしないといけなかった。
消火活動は水魔術の得意なベルメリアに任せて、俺たちは逃げ遅れた人間を探す。だが、怪我をして動けない人間は意外と少なかった。
元々が高級宿ということで、宿泊客が少ないのだ。さらに、ランクC以上の冒険者御用達の宿だったこともあり、半数が自力で逃げ延びていた。
勿論、一般の金持ち客もいたが、彼らには護衛などがおり、すでにその手を借りて避難を済ませていた。
結局、俺たちが救出したのは逃げ遅れた従業員一人だけである。その青年も、ヒールで傷を癒した上で宿の外に誘導済みだ。
『一度中庭に戻ろう』
「ん」
『ゴードンの遺体を確保しないと』
この騒ぎだとすぐに兵士たちがやってくるだろう。当然、ゴードンの遺体を見たらその不自然さから、事件に関係があるものと疑われるはずだ。遺体も押収されるに違いない。
『その前に遺体を押さえたい』
「ん」
俺たちが中庭に戻ると、すでにフレデリックが遺体を検分しているところだった。上半身は破壊されてしまったが頭部は残っているし、魔剣の正体に繋がる手がかりが残っている可能性があるだろう。
「何か分かった?」
「多少は」
ほう? それは聞き捨てならないな。
「教えて」
「まずこの男の素性だが、間違いなくベイルリーズ伯爵家の配下であった、ゴードンという男で間違いない」
「ハムルスと同じ?」
「ああ、内偵中に行方不明になっていた」
ゴードンもフレデリックたちの同僚だったらしい。顔には哀悼の色が浮かんでいるが、その中にはややいぶかし気な表情もあるように思えた。
「だが――」
「だが?」
「ゴードンは我らやハムルスのような実働部隊ではなく、監視などを担当する部署だった」
「つまり?」
「当然鍛えてはいるが、戦闘力は低かったはずだ。短時間であっても、フランと正面からやり合えるような実力はなかったはず」
潜在能力が解放されていたことで実力は底上げされていたってことだろう。しかし、それでも違和感が残る点があるらしい。
「ゴードンは剣で戦っていたな?」
「ん」
「だが……ゴードンは槍使いで、剣の腕は大したことがなかったはずだ」
潜在能力解放は、元々持っている能力が増大する状態である。再生や筋肉肥大といった肉体強化系のスキルであれば、潜在能力が解放されたことで眠っていた才能が目覚めたという考え方もできるだろう。
だが、剣術の腕前だけが上昇するなんてことはあり得るか? 元々低レベルの剣術を所持していたとはいえ、剣聖術に変化するほど強化されるのはおかしい気がする。しかも、より高レベルだったという槍術は変化した様子はなかった。
「それに、火炎魔術もそうだ。ゴードンは初級の土魔術が使える程度で、火魔術は一切使えなかった」
「でも、火炎魔術つかってた」
「ああ。俺も見た」
剣聖術に火炎魔術……。どちらもそう簡単にゲットできるスキルではないはずだ。それこそ、俺のような能力が無い限り。
「魔剣の能力?」
「……分からん。だが、使い手を操り、新たなスキルを複数与えるような規格外の剣が存在するのか……? 死霊でないことは、間近で見て確信したが」
フレデリックも、やつがアンデッドソードではなく、魔剣であるということは理解したらしい。それは、俺の共食いが発動したことからも確かだ。
それどころか、インテリジェンス・ウェポンである可能性が高まった。
「斬られた時に声がした」
「俺もだ。我に従え、そう言っていたな」
「ん。あの剣に、意思がある」
「っ! イ、インテリジェンス・ウェポンだというのか! いや、だが確かにあの声は……」
フレデリックが目を見開いて驚いているな。インテリジェンス・ウェポンは伝説級の存在だという。それがこんな場所に存在して、破壊をまき散らしている可能性があるとなれば、驚くのは当然だろうが。
だがフレデリックの驚きは、それだけではないようだった。
「まさか……ゴルディシア以外にも存在していたとは……」
「どういうこと?」
「ゴルディシア大陸には、一振りのインテリジェンス・ソードがある」
フレデリック曰く、なんとゴルディシアの悲劇の主人公でもあるトリスメギストスの愛剣が、そうなのだという。天才的な錬金術師であったトリスメギストスが、自らの持つ知識を総動員して、苦心の末に作り上げたらしい。
神罰によって、自らが生み出した深淵喰らいを滅ぼすまで永遠に戦い続ける定めを負った彼は、今でもその愛剣とともにゴルディシアの地で戦い続けているそうだ。
もしかして、俺を作ったのってトリスメギストスだったりしないよな?
神級鍛冶師ではないようだが、元となる廃棄神剣などがあれば可能性はゼロじゃないんじゃないか? 何せ世界を滅ぼしかけるような天才錬金術師だ。
『ゴルディシア大陸か……』




