423 嫌悪感
一刻も早くフランの下に戻ろう。今は耐性スキルが支配を防いでくれているが、何度も食らいたくはない。
俺は取りあえずゴードンを大地魔術で拘束することにした。これだけ強い相手ではそんな長く捕まえてはおけないだろうが、放置するよりはましだろう。
ゴードンの姿が岩の蔦に覆われて、飲み込まれる。その様子を見届けると、俺は転移でフランの手元に戻った。
『フラン、ただいま』
「師匠!」
『大丈夫か?』
「ん!」
転移でフランの下に戻ると、フランが抱きしめて出迎えてくれる。数秒間とは言え、俺を意図せず奪われた事が余程痛恨だったのだろう。
「許さない……!」
「――」
このまま逃走するか、再度フランに襲いかかるか迷っている様子の魔剣。その挙動は、本当に感情があるように見える。フランはそんな魔剣に殺意をまき散らしながら斬りかかった。
「はぁぁぁ! 閃華迅雷!」
神速で距離を詰め、俺を振り下ろす。だが、魔剣はその直前に大きく飛び退いていた。
『逃げる気か!』
いや、違っていた。魔剣はフランから距離を取ると、魔力を撃ち出す。だが、フランに向かってではない。ゴードンが捕らえられていた岩の檻を吹き飛ばしたのだ。少々手荒な方法だが、これでゴードンが解き放たれる。
魔剣はやはり長時間の単独行動が得意ではないのだろう。戦闘を継続するには使い手が必要なのだ。
魔剣がゴードンに向かって飛翔する。
『させるかよ!』
「はぁ!」
俺たちは風魔術でゴードンをさらに吹き飛ばして体勢を崩す。その後、転移して魔剣に斬り掛かった。転移直後に俺が念動で魔剣の動きを封じ、フランが剣王技で攻撃。そのつもりだったんだが――。
『転移を察知された!』
魔剣は急加速してすでに俺たちの目の前にはいなかった。察知能力にも優れているらしい。そこに起き上がったゴードンが突っ込んできた。魔剣を握っているわけでもなく、無手だ。
だが、こいつは格闘術も拳闘術もないのに、何をするつもりだ? そう思っていると、そのままフランに覆いかぶさってきたではないか。それほど鋭い動きではないが、捕まってしまうとその膂力によって大きなダメージを負うだろう。
しかし、フランも俺もこいつを攻撃することをためらってしまった。既に生命力が残りわずかだったのだ。ここで下手に攻撃したら殺してしまうかもしれない。
フランは咄嗟に後ろに飛び退いて、襲い来るゴードンをかわす。
その瞬間だ。
ドバン!
ゴードンの胴体が鈍い音を立て、内側から爆ぜた。いや、違う。いつの間にか魔剣がゴードンの背後に移動し、真後ろから突進してきたのだ。
どうやら魔剣は、ゴードンの体にぶつかる時は自らに纏った魔力刃をあえて丸めてハンマー状にし、ゴードンの体を貫通するのではなく、その肉体が破裂するように仕向けたらしい。いくら高速再生を持っていても、上半身を粉々に破壊されてはさすがに即死だ。
『こいつ! 自分の使い手を殺しやがった!』
その所業に怒りが湧く。
『同じ魔剣として、こいつだけは許せん!』
存在そのものが不愉快だった。
魔剣は飛散するゴードンの血肉を目くらましにしつつ、魔力刃で攻撃してくる。その形状は再び変形し、複数に枝分かれした刃がそれぞれ違う方向からフランに迫ってきた。
精神支配を警戒し、転移で距離を取る俺たち。そこに魔剣は追撃をかけてこなかった。むしろ、こちらが逃げることを予期していたようだ。一切速度を落とさず、超高速で俺たちの脇を抜けて宿の方へ向かって飛んでいく。
『やられた!』
「逃げる気?」
『違う!』
魔剣が飛翔する先に、人影があったのだ。
「逃げて!」
「くっ!」
「ベルメリア!」
それは、ウルシによって助け出されたベルメリアとフレデリックだった。宿の中で息をひそめ、俺たちの戦いを見守っていたのだ。しかし、魔剣はその姿をしっかりとらえていたらしい。
フランの警告が聞こえたのか、ベルメリアが慌てて踵を返すが、遅かった。あわやベルメリアが魔剣に斬られる寸前、隣のフレデリックがベルメリアを吹き飛ばす。ベルメリアの体を貫くかと思われた魔剣の刃は、フレデリックの腕を深く切り裂いていた。
「ぐぁぁ!」
「フレデリック! 大丈夫?」
「だい、じょうぶだ! しかし、この声は何だ? 俺を従わせたいなら、相応の力を示してみせろ!」
そうか、フレデリックたちを新たに支配して使い手にしようと画策していたのか! だが、失敗したらしい。フレデリックは精神耐性を持っている。それが奇跡的に魔剣の支配を防いだのだろう。
だが、ベルメリアにその手のスキルはない。彼女が攻撃される前に決着を付けなくてはならなかった。
『跳ぶぞ!』
「ん!」
転移を察知されるのはすでに織り込み済みだ。
転移で室内に現れたフランに対して魔剣が魔力放出を放ってくるが、ディメンジョン・シフトでその攻撃を透過する。
驚いた様子で体を震わせる魔剣に対して、フランが俺を振り抜いた。
「……剣王技・天断」
『ギイイイアアァァァァァ!』
すでに半ばから折れていた魔剣の刀身を、フランの放った剣閃がさらに切り落す。甲高い悲鳴を上げる魔剣。
明らかにダメージは負っているが、その中に渦巻く薄気味悪い魔力は未だに失われていなかった。核のような部分を潰さなくては倒せないのか……。
もう一発だ! そう叫ぼうとした俺は、声を上げることが出来なかった。
『っ……!』
「師匠?」
『くうぅぁう!』
大きな力が流れ込んでくる感覚を前に、呻き声を上げる事しかできなかったのだ。どうやら共食いが発動したらしい。
強大過ぎる力に押しつぶされそうであるとか、暴走しそうであるとか、そういった事ではない。魔剣の魔力が流れ込んできたことで、嫌悪感で何も考えられなくなってしまったのだ。
少々汚い表現で申し訳ないが、汚物と生ゴミとくさや汁を混ぜて、それを全身に塗り込まれているような感覚とでも言おうか。とにかく、気持ち悪くて仕方なかった。生身があったら絶叫して転げ回っていただろう。
『ううおおぉぉぉぉぉぉ!』
「師匠!」
魔剣がその隙を見逃すはずもなく、一気に加速して部屋から逃走していた。
「ウルシ! 追って!」
「オン!」
『ぐううぅぅ!』




