422 深夜の襲撃
ベルメリアとの模擬戦を行った日の夜。
「師匠!」
「オン!」
『ちっ! フラン、障壁!』
「ん!」
フランとウルシが高級宿のフカフカベッドから跳ね起きた。そして、俺は即座に転移を発動する。少しでもこの場から離れるために。フランはすでに障壁を全力で張り巡らせている。
ドゴオオオォォォォン!
俺たちが中庭の上空十数メートルへと転移した直後、フランが泊っていた部屋を中心に大爆発が起きていた。火炎魔術を叩き込まれたのだ。
『他の客だっているのに、無茶しやがる!』
「師匠、あいつ!」
『ああ! ここからでもビンビン感じる。あの魔剣だ!』
中庭の中央に、その無茶を行なった人物が静かに立っていた。何を考えているのか分からない無表情と、その右手に握られた半壊状態のロングソード。ハンドカバーに刻まれた苦悶の表情を浮かべる男性の顔と、半ばから折れた刀身を見間違えるわけがない。
それ以上に、自らの内から湧き上がってくる嫌悪感が教えてくれている。奴だと。
『ベルメリアとフレデリックは無事か……?』
「わからない」
ベルメリアたちは隣に部屋を取っていたはずなのだが、気配がない。敵襲を察知して気配を消したのか、それとも命を失ったせいで気配がないのか。前者だとは思うんだが……。
『ウルシ、二人の安否を確認しろ!』
「オン!」
俺たちは奴らの相手だ。
「――」
男は一切の感情を失った表情で、こちらを見上げている。
「今度こそ倒す!」
『まずは退路を塞ぎたいところなんだが……』
使えそうなのはグレート・ウォールかな? だが、この狭い中庭では使えない。四方をあの術で作った巨壁で覆ったら、四畳半くらいの空間しか残らないだろう。薄くしたら強度が足りなくて簡単に逃げられるしな。
宿ごと囲ってしまうことも考えたが、それをすると宿にいる人間が逃げることもできなくなる。結局、逃げられないように注意を払うしかないってことか。
『フラン、逃がすなよ!』
「ん! 任せて! はぁ!」
再び魔剣の所持者が放ってきた火炎魔術を、同じように火炎魔術を放って相殺するフラン。そのまま眼下にいる男に向かって一気に駆け下りた。
「覚醒――」
覚醒したフランは空を蹴って加速すると、全力で斬り掛かる。だが、男は魔剣を使ってその一撃をいなすのだった。かなり腕が立つな!
攻撃の際に男を鑑定したが、剣聖術がレベル5とハムルスよりも高い。各種スキルも強力なうえ、剛力、腕力強化、高速再生といった強力なスキルを有している。明らかにハムルスよりも強かった。
そして、ハムルスと同じ狂信と潜在能力解放状態である。だが、少しだけ気になる事があった。
ハムルスは潜在能力解放時に、再生、筋肉肥大、格闘術のスキルが追加されていたはずだ。しかし、目の前の男――ゴードンにはそれらのスキルがない。再生は高速再生があるので統合されたのかもしれないが、他の2つはどうしたのだろうか?
あの3スキルは剣が与えた物ではなかったのか? 潜在能力解放で、眠っていた才能が開花したことで得たスキルだったのかね。
まあ、剣を破壊してから考えればいいか。
『できればゴードンは生かして捕らえたいところだ』
「ん」
話を聞ければ背後にアシュトナー侯爵がいるかどうか、明らかにできるだろう。魔剣を逃がさず破壊して、ゴードンは殺さず捕獲する。
『高速再生があるから、多少は傷つけても平気だが……』
潜在能力解放状態である以上、もたもたしてたらすぐに死んでしまう。その前に剣を破壊して、普通状態に戻さないといけないのだ。
「はぁ!」
「――」
フランの狙いはゴードンの手首だ。まずは魔剣とゴードンを切り離し、その後魔剣に大火力を叩き込む。
とは言え、そう上手くはいかない。ゴードンは高速再生を利用して、多少無理矢理でもガンガン攻めてくるのだ。しかし、剣の腕で勝るフランは、ゴードンのわずかなスキを見逃さなかった。首への抜き打ちをフェイントに、その攻撃を魔剣で受け流しに来たゴードンの手首を、突きで狙ったのだ。
「――」
だが、ゴードンはそれにも反応してみせた。だが、回避したとか、突きを弾いたとかではない。なんと、ゴードンがフランの突きの前に、あえてその身を晒したのだ。
「っ!」
ゴードンの鳩尾を、俺が深々と貫いた。するとゴードンは魔剣を手放し、両手で俺の柄に掴みかかってくる。剛力と腕力強化スキルのせいで、かなり力が強いな。
俺も抜け出そうとするのだが、ゴードンが全身の筋肉を締め付けて俺を逃がさないように固定していた。本気を出せば振りほどけるが、この状態で暴れるとゴードンを殺してしまうかもしれない。
「汚い手を師匠から離せ!」
「――」
「はぁ!」
「――」
「あうっ!」
フランが俺の柄を握ったままゴードンに蹴りを入れた。ゴードンの足やあばらがへし折れる音が響く。しかし、その程度ではゴードンはビクともしなかった。それどころか、ゴードンの足元に落ちていた魔剣の放った魔力放出に吹き飛ばされ、俺から手を離してしまう。
『フラン!』
「くっ! 師匠!」
よかった。無事か。しかし、その後のゴードンの行動は俺たちの予想を超えていた。なんと背を見せてフランから逃げ出したのだ。
『こいつ……フランじゃなくて、俺が狙いだったのか!』
「待て!」
フランが追いかけようとしたところに、魔剣が立ちはだかるのが見えた。俺とフランを分断する気だ!
『させるかよ!』
「――」
俺は念動を使って、ゴードンの足をもつれさせる。そのまま片膝をついたゴードンの片足を、風魔術で破壊した。それでも俺を離さない。
このまま俺はゴードンを確保して、魔剣をフランに任せるか?
『だが、武器無しで魔剣の相手は……』
見守っていると、高速で突っ込んだ魔剣の攻撃をフランは障壁を集中させた拳で受け流しているのが見えた。いくら速くてもあれだけ直線的な攻撃では、フランを捉えきることはできないだろう。フランの拳が多少傷ついてしまったが、その軌道を大きく逸らすことが出来ている。
その直後だった。
キィィン!
『我ニ従エ!』
機械で合成して作ったかのような、無機質で甲高い声が頭の中に鳴り響く。
感覚で理解できる。フランの耐性スキルが発動し、何かを弾いたことが。前は全てをスキル任せであったが、魔力の流れを操る訓練をした今ならどの耐性スキルが発動したのか理解できる。
精神異常耐性と支配無効だ。
『フラン、大丈夫か!』
「ん? 今の声なに?」
大丈夫だな。鑑定しても異常はない。だが、奴に確実に精神支配系の能力を使われたことは確かだ。ハムルスやゴードンの姿を見れば、人を操る能力があることは間違いない。斬った相手にもその効果を発揮できる可能性は十分にあった。
俺にも声が聞こえたのは、フランと繋がっているからだろう。
『我ニ従エェ!』
「うるさい」
『フラン、奴に斬られるな! 精神支配系の能力を持っている!』
「わかった」
地面に落ちている剣が身じろぎをする。支配できなかったことに驚いているように思えるのは俺だけか?




