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421 ベルメリアの事情

「確かにガルス師の姿がオルメス伯爵邸で目撃されていたようです。我々の手の者が、目撃したということですので、間違いないかと。ただ――」

「ただ?」

「園丁として潜入していた者からの報告ですので、邸内のどこにいるかまでは分かりませんでした。さらに言えば、現在も伯爵邸にいるかどうかも不明です」


 普段は隠し部屋であるとか、地下室であるとか、そういった場所に押し込められている可能性が高いんだとか。しかし、何らかの理由で1階の広間に連れ出されたところを偶然目撃しただけであるらしい。


「つい先日の事だそうです」

「わかった」


 ベルメリアの言葉にうなずいたフラン。だが、すぐに慌てたようにベルメリアが言葉を続けた。


「今、ベイルリーズ伯爵家の権限において、オルメス伯爵邸への立ち入り捜査の準備を進めています! 早まった真似はしないでください!」


 知らず知らずの内にフランから立ち上っていた闘気を感じ、このままでは単身突っ込みかねないと考えたのだろう。


 実際、フランはそのつもりだったと思う。ただ、俺としてもフランだけで伯爵邸に突っ込むのは反対だった。悪事を働いているとはいえ、貴族なのだ。


 絶対にこちらが悪者にされてしまうだろう。ガルスを救出してそのまま国外に脱出する覚悟でもあれば別だが、俺にはそのつもりはない。また、ガルスを確実に救出できるかどうかも分からないのだ。


「アシュトナー侯爵邸への立ち入りは難しいですが、オルメス伯爵への捜査という名目であれば許可が下りるはずです。絶対に。数日内に、必ず我々が動きます。その時にフランにも声をかけるので、それまでは様子を見てください」


 ベルメリアが懇願するようにフランを見つめてくる。


『フラン、ここは頷いておけ。ガルスの居場所を詳しく調べてもらった方が、救出できる確率は上がる』

「ん。わかった」

「あ、ありがとうございます」


 ホッとした様子で胸をなでおろすベルメリア。


 フランとしては多少不満そうだが、ここはもう少し我慢してもらおう。ただ、一度やる気になったことで戦闘スイッチが入ってしまったらしい。その体からは未だに闘気が滲むように漏れ出している。


 それをフレデリックも察したのか、ここまでずっと閉じていた口を開いた。


「ベルメリア、黒雷姫に稽古を付けてもらったらどうだ?」

「え? フレデリック? 何を言ってるのです?」

「格上との稽古は、得る物が多い。それに、黒雷姫も体を動かしたいのではないか?」

「ん!」


 フレデリックの提案に、他でもないフランが最も乗り気だ。すでにベンチから立ち上がり、俺を抜き放っている。


「ベルメリア、やる」

「……わかりました」


 ベルメリアも、フレデリックの言葉を聞いてフランのやる気をここで発散させるべきだと気付いたのだろう。フランの誘いの言葉に素直に頷く。


 いや、それだけではなく、ベルメリアも乗り気であるようだ。彼女もまた、戦いの中に身を置く人間だということなのだろう。


「抜かなくていいの?」

「はい。私の構えはこの状態です」

「分かった」


 ベルメリアは手に何も持たず、一見無手の状態でフランと向き合う。だが、それは素手での戦いを得意としているという訳ではない。


 鑑定で確認すると格闘術も使えるが、それ以上に短剣術、暗器術、投擲のレベルが高い。消音行動や気配遮断と組み合わせた暗殺者チックな戦いが得意に違いない。


 まあ、フランにはあえて伝えないけど。その方がフランも楽しいだろうし、フランの特訓にもなる。さて、フランは初見でどこまで対応するかな?


 フレデリックが周囲を闇で包む術を使い、二人の姿が外から見えないようにしたことが合図となり、模擬戦が始まる。


 先に仕掛けたのはベルメリアだ。ただ、これは正しい選択だと思う。軽装なうえに、意表を突く戦法のベルメリアが格上であるフランの攻撃を待つ意味がないからな。


 自分より強い相手でも、暗器で急所を突けば倒せる可能性があるのだ。


 暗器術のスキルを持たない俺から見ても、相当手慣れた手付きで何かを打ち出すベルメリア。どうやら袖に仕込んであった鏃のような物を投擲したようだ。


 事前の殺気や気配を上手く抑えているし、挙動もほぼない。だが、少々焦り過ぎだったな。フランに近づかれる前に攻撃を仕掛けようと考えすぎて、攻撃を放つ間合いが遠すぎた。


 普通のランクC冒険者であれば、動揺を誘う事が出来たかもしれない。上手くいけばダメージを与えられただろう。だが、フランには通用しなかった。この距離であれば、フランなら見てから反応出来るのだ。


 軽く首を傾けるだけで、ベルメリアの投げた鏃をかわすフラン。そして、そのまま一気に踏み込むと、前蹴りの要領でベルメリアの鳩尾を蹴りつけた。


「しっ」

「がふっ……!」

「へえ」

『ほう』


 手加減しているとはいえ、今の蹴りを後ろに飛んでいなしたか。ダメージを食らってはいるが、動きが止まる程ではないようだ。その基礎力は侮れないものがあるな。戦闘経験をもっと積めば強くなれるだろう。


「このまま終われるか! はぁぁ!」

「む!」

「しっ!」

「さすがですね……!」


 ベルメリアが両手に短刀を構え、そのままフランに躍りかかった。直前に煙幕を発生させたうえ、ネットのような物を投げつける念の入れようである。本気になったということなのだろう。


 フランは風魔術で煙と網を吹き飛ばしたが、その時にはすでにベルメリアが真横にいた。その姿を見て考え方を改める。奇襲狙いの暗殺者タイプかと思っていたが、その短剣の技量は相当高かった。


 しかも、ややトリッキーなのだ。体の軽さや、短刀の攻撃力の低さを遠心力で補うためなのだろう。クルクルと独楽のように回転しながら、両手の短刀をフランに叩きつけている。しかもその一撃はほぼ全てが急所狙いだった。


『なるほど、これなら決まりさえすれば一撃で形勢逆転もありえるな』


 彼女の師は、格上相手でも勝つ可能性がある戦いを仕込んだのだろう。勝てない相手には逃げることが一番だと思うが、逃げられない場面、逃げてはいけない場面というのがあるからな。


 とはいえ、やはりまだ経験不足。攻撃は俺で弾かれ、蹴りや拳をくらって度々吹き飛ばされていた。しかし、ベルメリアの顔から戦意は薄れない。水色のポニーテールを振り乱しながら、フランに向かってくる。心もきっちり鍛錬を積んでいる証拠だろう。


 ベルメリアに戦い方を教えているのはフレデリックなのかな? そのフレデリックといえば、非常に優しげな表情でベルメリアを見守っていた。まるで父や兄のような表情だ。


 この二人の関係もよく分からないな。ベイルリーズの姓を持つベルメリアと、その彼女にため口をきくフレデリック。一応、ベルメリアの部下扱いになっているようだが……。


 種族も半竜人同士だし、何か事情があるのだとは思う。ただ、それを聞いていいものかどうか迷うのだ。貴族のドロドロした内情に首を突っ込みたくはないしな。


 しかし、空気を読めない人がいたね。


「ねえ、ベルメリアとフレデリックはどんな関係? 同じ半竜人なだけ?」


 フランさんです。休憩の最中に普通に聞いている。すると、ベルメリアは意外とあっさり答えてくれた。俺が思う程秘密の話ではなかったらしい。


「どんな関係と言われると難しいけど、守役に近いのではないのでしょうか? 元々は私の母に仕えていた警護役だそうだけど、父が私を引き取る時に、一緒にこの国へ来たそうです」

「じゃあ、お母さんはこの国にいない?」

「ええ。父は――私の父上は先日フランも会ったベイルリーズ伯爵です。母とはゴルディシア大陸へ派遣されていた時期に出会ったそうですね」


 ゴルディシア大陸というと、大陸を飲み込むほど巨大な魔獣にそのほとんどを覆われた場所だったはずだな。確か、竜人の帝国があったという話も聞いたことがある。


「私の母は、父の世話役であったと聞いています」


 そこで伯爵とベルメリアの母は男女の仲になり、ベルメリアが生まれた。しかし伯爵は派遣期間が終わって国に帰還せねばならなくなり、その時にベルメリアは伯爵に引き取られたそうだ。


 無論、伯爵には妻子がいたが、貴族ということでその点は問題にはならないらしい。


「お母さんは、まだゴルディシア大陸?」

「ええ。母には何かお役目があり、ゴルディシア大陸を離れられないそうです」

「寂しい?」

「さて、どうなのでしょう? 記憶も殆どありませんし、そこまで会いたいとも思いませんが……。まあ、会えるのならば、会ってはみたいですかね?」


 結構あっさりした様子だな。幼い頃に引き離されて、会わずに育ったのであればそんなものなのかもしれないが。


 むしろ辛そうな顔をしているのはフレデリックだった。肩をすくめるベルメリアをみて、悲しげに目を伏せている。


 母親の記憶がないベルメリアを憐れんでいるのかもしれないな。


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