419 売りません!
「貴方の剣を譲っていただけるのであれば、5000万ゴルド支払います。いい話でしょう? ささ、剣を渡していただけますね?」
断られるとは思っていないのか、ベッケルトが手を差し出す。ここで渡せってか? そりゃあ5000万は大金ではある。多分、庶民が一生遊んで暮らせる額ってやつだろう。しかし、この胡散臭い男から後払いで5000万ゴルドも支払われると信じる人間、この世にいるか?
フランを侮っているというか、完全に馬鹿にしてないかね? それとも、よほどお金に困ってそうに見えるのか?
しかし5000万ゴルドか。まあまあの評価じゃね? まあ、フランが俺を売るわけないけどさ。
「剣は売らない」
ほらね! 俺は信じてたよ!
「は? 今なんと?」
「売らないって言った」
「ははは! 御冗談を」
「冗談じゃない」
「5000万ですよ? これほど良い話はないと思いますが? 普通の冒険者が一生かかっても稼げない額ですよ?」
驚愕した様子のベッケルト。これで分かったが、こいつはフランの情報を何も知らないな。三下なのか馬鹿なのか。
フランがあの黒雷姫だと知っていれば、もっと違う対応があったはずなのだ。フランもベッケルトに完全に興味を失い、踵を返して歩き出す。まあ当然、威圧役の2人が逃がすわけないのだが。
「ちょっと待ちな」
「少し生意気すぎるな」
ニヤニヤと笑いながら、フランの前に立ちふさがろうと足を踏み出し――。
「がっ……!」
「ふぐ……!」
動けなかった。
俺が念動で両者の首を思い切り締め上げているからだ。イメージ的には、力持ちの大男に首をガシッと掴まれ、少しだけ持ち上げられている感じだろうか?
身動きも出来ない2人は足を軽くバタバタさせ、何とか逃れようともがく。しかし、こいつら程度が俺の念動から逃げる事などできるはずもなく、ほぼ同時に意識を失うのだった。
「え? な、何をした!」
「私は何もしてないよ?」
そう言って、ジッとベッケルトを睨みつけるフラン。その視線を受け、まるで次はお前だとでも言われている気分になったのだろう。
冷や汗を垂らしながら、口を開く。
「くっ……。分かりました! 6000万支払いましょう! これで十分でしょう!」
「幾ら積まれても売らない」
「では1億! 1億ならどうです!」
嘘だった。いや、5000万の時点で嘘なんだけどね。
あえて売られて主の正体を突き止めることも考えたんだが、謎の魔剣がまだ発見されていない状況では、フランのもとを離れたくはない。
それに、魔剣の輸送に際して、いきなり魔力を封じられる可能性もある。封印無効スキルはあるが、それでも防げない方法で魔力を無効化する方法がないとも限らない。ここで博打をする必要性を感じられなかった。
「? 耳が聞こえないの? 売らない。お金なんかに代えられる存在じゃない」
「ちょ、ちょっと待ちなさい!」
粘るね。だが、フランはもうベッケルトに興味を失ったらしい。焦った表情で叫んでいるベッケルトに背を向ける。
その態度が男の気に障ったようだ。
「こ、この……。下手に出てやっていれば調子に乗りおって……。その薄汚い剣を買い取ってやると言っているんだぞ! あり難く差し出すのが貴様ら平民のあるべき姿だろうが! とっととその剣を渡せ! 力ずくで奪ってもいいんだぞ!」
化けの皮がはがれたな。しかし、憐れな奴だ。
「……おい」
「ひっ……! な、何を……!」
「薄汚い? 師匠が薄汚いって言った?」
「ひ、ひぃぃぃぃぃっ!」
「それに、私から奪う? そう言った?」
フランの地雷を踏み抜いた。俺はフランに愛されているからな。俺を貶して、あまつさえフランから奪うと言ったベッケルトが、無事に主とやらの下に帰ることの出来る未来はその瞬間消滅したのである。
フランがベッケルトに王威スキルを発動して、心をへし折る。しかも怒りが深いせいか、王威スキルを周囲に撒き散らすことなく、ベッケルトだけに集中させることができていた。制御に成功したのは初めてじゃないか?
怒りのあまり周囲を巻き込んでしまうどころか、怒りのおかげで制御に成功するとは……。フランらしいと言えば、フランらしいのかもしれん。
「あ、あ……あぁぅ……」
あー、ベッケルトのやつ、もしかして漏らしちゃってないか? 服の下半身に黒い染みが広がっていく。
あ、フラン、そんな近づいたらばっちいぞ?
「……ふん」
「げががががが!」
だが、フランはベッケルトの醜態を気にする様子はなく、その前に立つと手をそっと伸ばした。まるで倒れたベッケルトに手を差し伸べてやるかのように、その手を握りしめる。握手しているようにも見えるが、当然握手なわけではない。
「あばばばば!」
その姿からは想像もできない超握力を誇るフランに力いっぱい手を握られ、その手は中身の入っていないゴム手袋のように、潰れて変形している。ベッケルトが口から泡を飛ばしつつ悲鳴を上げていた。
手を離した瞬間、ベッケルトがその場にドサッと倒れ込む。一度はボッキボキに握りつぶした手はすでにヒールで治療済みなので証拠は残っていない。
そこにいるのは、少女の前で失禁したあげく、手を差し伸べてくれた少女の手を握りながら絶叫を上げて、最終的には蹲ってしまった変態デブ貴族である。
『こいつどうしよう』
(主を聞き出す)
『聞き出してどうするつもりだ?』
(当然ぶっとばす)
うん、だよね。それはぜひ止めてもらいたいんだけど。相手は貴族だし、後々厄介な事にならないといいんだが……。
あーもう! 面倒だな! 早く宿に戻りたいのに! もうこのままここに放りだしてっちゃおうかな?
ベッケルトの処遇に悩んでいたら、新たに近づいてくる気配があった。フレデリックだ。あえてわざと気配を残して、こちらに自分の存在を知らせてくれているらしい。
「黒雷姫。その男たち、こちらで引き取ろう」
「でも……」
フランはこいつを尋問して、その主とやらに落とし前を付けさせる気満々だ。だが、ベッケルト如きにこれ以上時間を使うのは勿体ない。そもそもフレデリックたちの方が尋問は上手いだろう。むしろ、こういう奴に対処してもらうために、監視兼護衛についていてもらったわけだからな。
『いや、フラン。フレデリックの言う通りにした方がいい。絶対に』
(そう?)
『ああ!』
「わかった。任せる」
「こちらで背後関係などを洗い出す」
ベッケルトはフレデリックに任せておけばいいだろう。いい所で来てくれたぜ。
『じゃあ、こっちは解決したし、さっさと宿に戻ろう!』
(師匠)
『なんだ?』
(自分が早く帰りたいから、フレデリックに押し付けた?)
『ギクッ。いやいや、そんなことないよ?』
(……宿に戻る)
『そうそう! そんでもって魔石の吸収だ! ひゃはー!』
フランがちょっと呆れたような顔をしているように見えるが、気のせいだよね?
その後、さすがにトラブルが連続で起きるはずもなく、俺たちは無事に帰りつくことが出来ていた。
『ふっふっふ、ついに来ましたねー』
「ねー」
『ささ、フランさん。魔石を並べてしまいなさい!』
「……ん」
あっれー? フランは何でそんなジト目をしてるんだ? まあ、いいや。それよりも、今は目の前に並べられた魔石ちゃん達である。
『じゃあ、いっただーきまーす! ひゃははははー! 魔力が流れ込んでくるぜ! おほー! いい! いいよ! たまらん! たまらんねー! はあー……ゴ・ク・ラ・ク……』
「……師匠楽しそう」
「……オン」
フランに加えて、ウルシまでジト目? 何故?
『おほーっ!』
「……ん」
「……オフ」
 




