417 魔石オークション
ハムルスの襲撃を退けた翌日。
ベルメリアと相談した俺たちは、予定通りオークションの会場へとやってきていた。ベルメリアには、そのままオークションへ参加するように頼まれたからだ。アシュトナー侯爵家の思惑がどうであれ、今日1日は普通に過ごす方がベイルリーズ伯爵家の邪魔にならないという判断らしい。
俺たちが今日狙うのは魔石だ。
『最初は、ゴブリンキングの魔石だな』
「ん」
オークションでは、事前の鑑定によって魔石の持ち主であった魔獣の名前が分かっていることがほとんどだ。
ただ、さすがにスキルまではわからない。当然だけどね。普通の人にとっては意味のない情報だし、そもそも知ることも難しいだろう。天眼スキルを持った俺の鑑定だって、その魔石に封じられたスキルは分からないのだ。
もしかしたら、それを解析したりできるスキルがある可能性もあるが、聞いたことはない。手に入ったら便利そうなんだけどね。
そこで、俺たちが狙うのは脅威度C以上の魔石。もしくは人型魔獣の魔石であった。やはり人型をしていると器用だし、鍛錬などをして新スキルを覚える可能性が高い。今までも、ゴブリン、オーク、悪魔など、人型に近い魔獣は多くのスキルを持っていることが多かった。
理想は午前の部の終盤に出品される悪魔の魔石だが、どうだろう。狙ってるやつは多いだろうし、厳しい戦いになるはずだ。
いや、手持は2000万ゴルドもあるし、落とすだけなら問題ない。ただ、相場の何十倍もは出したくないし、あまり相場を無視すると他の参加者やオークション主催者に睨まれるかもしれん。最悪、それで目立ちすぎてアシュトナー侯爵家に目を付けられたりする可能性だって、ゼロではないかもしれない。
なので、あまりにも値段がつり上がるようなら諦めるつもりだった。
「では行きましょうか」
「ん」
『フラン、今日はコダートの言う事、大人しく聞くんだぞ?』
(わかってる)
実は、今日は俺たちだけではない。
目立たないように、冒険者ギルドで代理人を用意してもらったのだ。フランのような子供が高額な魔石に入札したら絶対に注目されるし、いくつも落札したら絶対に身元を探る奴が出てくるだろう。
それを懸念した俺たちがエリアンテに相談すると、冒険者の中でもオークションに詳しい者を紹介してくれたのだ。
コダートというランクE冒険者なのだが、なんと鑑定スキルを持っており、元々オークショニアをやっていたという経歴の持ち主だった。しかし長年冒険者に憧れており、貯めた資金で装備を整え冒険者になったという面白い経歴の持ち主である。
それ故、35歳という若いとは言えない年齢でありながら未だにランクEに上がったばかりという遅咲きの冒険者でもあった。彼自身は雑魚魔獣の退治や、王都内での雑用などと楽しくこなしているらしい。
また、強い冒険者への憧れも持っており、フランに対しても凄まじく丁重な態度であった。若くして異名を付けられたフランを、心の底から尊敬しているようだ。
エリアンテはそういった部分も加味して、コダートを紹介してくれたんだろう。
「では、こちらのリストに載っている物を落札ということで構いませんね?」
「お願い」
隣に座りつつ、入札はコダートが行うことになっている。予め入札する商品はカタログを見て決めてあり、上限もコダートと相談して設定してある。コダートにはその上限内で落札をしてもらう予定だ。
もし上限を超えそうな場合でさらに入札を続行する時は、フランが風魔術でこっそり声をかけ、いくらまでなら超えていいか指示することになっている。
他に欲しい物が新たに出たら、自分たちで落札すればいい。オークション会場にやって来てなにも入札しないのはむしろおかしいからな。
カタログに載っていない当日出品や、鑑定人ですら鑑定できなかった謎の魔石などが出品されるコーナーが何度かあるらしいので、俺たちはそれを狙っている。
「特別席でよろしいですか?」
「ん」
あそこなら飲み食いも許されているからね。そして、コダートと一緒に、特別席の一角に陣取る。あとは彼に任せるだけだな。
普通だとこういう場合、代理人には上限金額と落札金額の差額から何割とか、歩合制で報酬が支払われるはずだが、コダートはかなり格安で引き受けてくれていた。
その代わり、フランに1度でいいから訓練に付き合ってほしいと提案してきたのだ。その分、報酬は格安で良いという提案だったので俺たちはその条件でコダートを雇っていた。
今日の早朝、早速コダートと訓練をしたばかりだ。正直、30歳から冒険者を始めたということであまり筋は良くない。ただ、非常に真面目だし根性もあるので、訓練を続ければもう少し上にはいけるだろう。
特に今日は武技を使う感覚を指導してやっていた。フランが武技を放つ姿を見せたり、その技を構えた剣で受けさせたりしただけだが、コダートはかなり感激していたな。
遥か高みにいる冒険者が真面目に指導してくれたのが嬉しかったらしい。何度フランに転がされても、嬉しそうに笑っていた。
「では、後はお任せください」
「ん」
1時間後。
「なんとかゴブリンキングは落札できましたね」
「もぐもぐ」
「次は午後の序盤に登場する悪魔の魔石ですか」
「もぐもぐ」
コダートの言葉を聞きながら、フランが両手に持ったおにぎりを交互にほおばっている。匂いが強い食べ物を出すのはさすがにまずいと思ったので、フランにはおにぎりやサンドイッチを食べるように指示してあるのだ。
因みにおにぎりの具は艦砕マグロの身で作った自家製ツナマヨと、昆布に似た海藻の甘辛煮である。
それにしても、ゴブリンキングの魔石があんなに高額になるとは思いもしなかったな。
オークショニアが入札開始時の説明で「生命魔術で無限に再生を続け、冒険者を苦しめたゴブリンの王の魔石です!」なんて言うからどうしても欲しくなって、いきなり限度額の倍までなら使っていいという指示をコダートに出すことになってしまった。
その落札額200万。ゴブリンキングの魔石の相場の4倍以上である。
どうやら魔石マニアが競ってきたらしかった。
どんな世界にも蒐集家というのはいるもので、魔石の世界にもそれらをコレクションするマニアが存在しているらしい。彼らが求めるのは珍しい魔石。もしくは形が美しい魔石であるそうだ。
魔石というのは同じ形の物がなく、ほとんどが歪な形である。だが、ごく稀にカットを施した宝石のように、整った形をしたものが存在している。
魔石は研磨が出来ない。いや、研磨は出来るが傷つけば魔力が大きく失われる。それでは魔石としての価値が失われてしまうのだ。その関係で、形の綺麗な物は非常に希少だ。それ故、高ランクの魔獣の魔石で、かつ美しい形のものは値段がつり上がる傾向にあるという。
別にコレクションとして飾るだけなら魔力なんか関係ないと思うんだが、魔石コレクターたちはそうは思わないらしい。あくまでも強力な魔石であり、なおかつ美しい物が好まれるそうだ。今回のゴブリンキングの魔石はまさにそれであった。
オークションに出品されるような魔石は、逸品揃いであるため、ランクだけでは落札額を想定できないらしい。事前にコダートにもそう言われていたんだが、改めてオークションの難しさを思い知った。
『午後の悪魔の魔石……。どうなることやら』




