416 魔剣の正体?
ハムルスとの戦闘が終了した直後。ベルメリアたちが地下道に下りてきた。
心配そうな表情でフランに駆け寄ってくる。フランにつく監視兼護衛とは、ベルメリアたちのことだったのか。
「申し訳ございません。フランに接触してくる敵がいないか、警戒する為だと言っていたのに……」
「まさか、このような場所でしてやられるとは……。不覚だ」
どうやら人払いの結界が張ってあったという俺の想像は当たっていたようだった。フレデリックの分析では、一定以上のステータスを持っていないとこの地下道を認識できないようになっていたらしい。
しかも、その一定以上が相当高かったようだ。何せベルメリアたちでも侵入できなかったというのだから。
そのせいでベルメリアとフレデリックはフランを見失い、この辺で立ち往生してしまったのだ。かなり高性能な結界で、地下道に入ったことも認識できないようになっていたらしい。
2人とも相当落ち込んでいるな。結局相手の正体も知れず、自分たちが役に立たなかったのだからしょうがないが。
「なにがあったのです?」
「辻斬りに襲われた」
「辻斬り……。逃げられたのですか?」
「倒した。今は仕舞ってある」
「ああ、あなたは時空魔術の使い手でしたか。ということは殺したのですね?」
「ん」
フランが頷くと、ベルメリアが考え込む。
「それにしても、たかが辻斬りがあれほどの結界を張れるとは思えないのですが」
確かに。だが、ただの辻斬りだったかは分からない。
「変な剣を持ってた」
「剣?」
「ん。魔剣だった」
フランが、ハムルスの持っていた魔剣の情報をベルメリアたちに聞かせる。だが、それだけではさすがに魔剣の正体を特定することはできなかった。
しかし、ハムルスを操っていたように見える事や、その能力を大幅に底上げしたこと、魔剣だけで動いて逃走したことを告げる。
「馬鹿な……人を操る? そのような魔剣があり得るのですか?」
「そうだな……。確実ではないが、アンデッドソードであれば、あり得るかもしれない」
フレデリックには心当たりがあるらしい。
「アンデッドソード?」
「ああ、死霊が乗り移った、剣のことだ」
フレデリックが説明してくれる。ゴーストの依代になった武器であり、装備者はゴーストに憑依されて操られてしまうらしい。さらに、操られている者はゴーストの能力によって強化される場合もあるんだとか。確かに、あの魔剣の特徴に合致する。
いや、アンデッドソードであるなら、魔剣ではなく魔獣の一種ってことか。死霊系の魔獣だ。
「ただ、アンデッドソードはそこまで強い魔獣ではない。脅威度はF。多少強い人間であれば操られたりはしないはずだ」
「ん? でも、凄い魔力を感じた」
「そこが引っかかる。黒雷姫が強いと感じる程の魔力を発するアンデッドソードなど、聞いたことがない。もしかしたらユニーク個体や、上位種である可能性もあるだろう」
いくら特殊個体とはいえ、元が雑魚魔獣であんなに強くなるのか?
「閣下に報告して、捜索をしなくてはならないわね。それと、辻斬りの身元を調べるためにも、その見分をしたいのですが?」
「わかった」
「この側に拠点用の部屋を確保してあります。そこへ行きましょう。この騒ぎでは衛兵たちがすぐにやってきます。拘束されては色々と面倒ですから」
ということで、ベルメリアたちの案内で歓楽街の集合住宅に用意してあった小部屋へと移動した。そこで、ハムルスの死体を次元収納から取り出して、ベルメリアたちに見せる。
ハムルスはやはり単なる辻斬りではなかったらしい。
「え……? ハムルス!」
「……間違いないな」
なんと彼女たちの知り合いだったようだ。フレデリックが冷静にハムルスであることを確認する横で、ベルメリアがフランに詰め寄る。
「フラン! どういうことなのですか!」
「襲ってきたから戦った。そしたら、魔剣のパワーアップに耐え切れずに自滅した」
「たしかに外傷は有りませんね」
よかった、フレデリックは冷静だ。正直、ここで2人に詰め寄られたら面倒所の話じゃないからな。部下の態度を見て、ベルメリアも自分が興奮し過ぎていると気付いたらしい。
「申し訳ありません。フランが悪いわけではありませんね」
「知り合い?」
「知り合いも何も、同僚です! アシュトナー侯爵家の内偵中に行方不明となっていたのですが……」
それはきな臭い。つまりあのアンデッドソードは、アシュトナー侯爵家が出所なのか? それとも偶然? そもそも、神剣の研究をしているのに、アンデッドソード? あり得なくはないのだろうか?
「ですが、事態が尋常でないことは確かです。ハムルスほどの戦士を操ることが可能なアンデッドソードなど、前例がありませんから」
「……ハムルス。なぜ……」
ベルメリアがハムルスの遺体の顔にそっと手を添える。見開かれたままのハムルスの目を閉じさせてやろうとしているらしい。だが、その手が不意に止まった。
「これは……?」
「ベルメリア、どうした?」
「フレデリック、ハムルスの目を見て」
「目?」
「ええ」
「なるほど。この色……」
ハムルスの遺体を見たベルメリアたちが何かに気付いたらしい。同僚の死を悼んでいたその顔が、一瞬で引き締められる。プロの表情だ。
そのまま、まるで検死官のように、ハムルスの遺体を調べ始める2人。目蓋を開けて目を見たり、歯茎を確認したり、口臭を嗅いだりしている。さらにベルメリアがハムルスの遺体に謝ると、その指先を軽く傷つけて血の色をチェックし始めた。
「どうしたの?」
「ええ。このハムルスの遺体……魔薬中毒者の症状が出ているわ」
「体がかなりボロボロだ。短期間で大量に投与されたのだろう」
魔薬といえばセルディオだ。アシュトナー侯爵家の使用人でもあるパーティメンバーに投与され、正気を失っていた。
アシュトナー侯爵家を内偵中に捕まり、魔薬を投与され、アンデッドソードの宿主にされたってことか? 魔薬で正気を失っていれば、実力者であってもアンデッドソードの支配には抗えないだろう。
それにしても、鑑定で魔薬中毒者なんて分からなかったぞ? セルディオは魔薬常用者の称号があったのに。いや、常用者と中毒者は違うか。どうやら中毒者は称号として表示されないらしい。ハムルスの狂信という状態が、魔薬中毒者を表すのかね? 魔薬中毒と狂信……いまいち結びつかないが。
そんなことよりも俺たちにとって最も重要なことは、この襲撃にアシュトナー侯爵家がどこまで関与し、何を知っているのかということであった。
フランがガルスを探していることを侯爵家に知られており、排除もしくは警告の目的だったのか? ベイルリーズ伯爵の関係者と思われ襲われたか? 今回の襲撃にアシュトナー侯爵家は一切関与していないのか?
まあ、最後のはあり得ないと思うが……。さて、今後、俺たちはどう動くべきだろう。
「フラン、怪我はないのですか?」
「ん? ない」
「操られていた可能性が高いとはいえ、ハムルスほどの戦士を相手にして傷1つ負わないなんて……。本当に強いのね」
台詞は褒めているんだが、その口調は暗い。フランを責めているというよりは、どこか自嘲の色があった。
「あなたくらい強ければ父上も……」
「ん?」
「いえ、何でもないのです」
そう言って首を振るベルメリアの表情はやはり冴えない。そして、そんなベルメリアをフレデリックが静かに見つめていた。
その後、ウルシが戻ってきたのだが、追跡は失敗したらしい。悄然として項垂れている。だが、空を飛ぶ相手は臭いも残りにくいから仕方ないだろう。
それにしても、あの目立つはずの魔剣はいったいどこに消えたのだろうか……。
明けましておめでとうございます
今年もまたよろしくお願い致します
次回は7日に投稿させていただき、その後は平常運転に戻せたらいいなーと思っています。




