410 シドレ・ベイルリーズ伯爵
自分の雇い主に会ってほしいというコルベルトの言葉に、俺たちは乗ることにした。知っている情報は教えてくれるというし、その相手に興味もあるからだ。
道中コルベルトにその雇い主に関する質問をしてみる。
「雇い主って誰?」
「俺の雇い主の名はベイルリーズ伯爵。王都を守護する4つの騎士団の1つ、西門騎士団の団長を務める人物だ」
名前だけは聞いていたが、想像以上の大物だな。しかも、雇い主とやらがベイルリーズ伯爵の関係者ではなく、本人だったとは。コルベルト曰く、貴族の中では珍しく信頼できる人物であるということだった。
2人の会話を聞きながら、不満げに鼻を鳴らすのがベルメリアだ。
「ふん」
ベルメリアはまだフランのことを信じ切れていないらしい。前を歩きながら、時おり険の籠った視線をこちらに向けてくる。それでも、コルベルトの決定に異論を挟む気はないらしく、文句を口に出すことはなかった。
その隣を歩くフレデリックは分からんな。ポーカーフェイスで静かにベルメリアの隣に侍っている。
そのまま貴族街を歩くこと十数分。
ああ、因みに単に歩いているだけではない。きっちり全員が隠密スキルに、フレデリックの暗黒魔術で気配を消している。
そうやって貴族街を進んでいくと、こじんまりとした屋敷にたどり着く。門兵もいない、典型的な下級貴族の屋敷という感じだ。
「ここ?」
「ええ。こちらです」
ベルメリアは表門を使わずに、裏門から屋敷に入る。念には念を入れてということなのだろう。
屋敷の中にはさすがに兵士がいるのだが、ベルメリアの姿を見ると静かに頭を下げた。この兵士、かなり強いな。比べるのは真面目な兵士さんに申し訳ないかもしれないが、アルサンド子爵が副団長を務めていた、腐敗しまくりアレッサ騎士団の騎士よりも強い。平民だから騎士になれないのか?
そう思っていたら、次に出会った兵士たちも同じ程度に強かった。思わず鑑定してしまったが、全員が武術と武技を使えるし、ステータスも中々高い。
これがここの兵士の平均であるらしかった。王都内で出会った巡回兵よりも数段強いだろう。
フランもそれに気づいたようで、兵士たちを横目で見ているな。
「どうしたフラン嬢ちゃん?」
「兵士が強い」
「まあ、ここは少し特別だよ。武闘派が揃ってるからな」
主が騎士団長ともなれば、末端の兵士まで鍛え上げられているってことなのかもしれない。
ベルメリアはそのまま階段を上がり、1つの部屋にフランたちを通してくれる。応接間であるようだ。派手ではないが、落ち着きのある内装だった。
「ここで待っていなさい」
「ん」
同時に使用人の女性がお茶を持ってきてくれる。ベルメリアは未だにこちらを警戒しているが、一応客として扱ってくれるらしい。
『とは言え、監視はあるか』
(屋根裏に1人。隣の部屋に1人)
『下手なことするなよ? お貴族様の屋敷だからな』
(ん)
フレデリックに気付けなかったこともあり、俺たちは細心の注意を払って周囲の気配を探っている。スキルも魔術もウルシの鼻も総動員だ。これで発見できていなかったら、それはもうランクSクラスの実力者だと思う。
「ズズ」
そんなのぞき穴付き応接間のソファで、監視相手に注意を払いつつお茶を飲んで時間を潰す。さすがに貴族の屋敷で次元収納から大量の料理を出すのは控えさせたよ?
だって、いきなりカレーを出そうとするんだもんな。とりあえずこの場で食べるのは串揚げだけにさせておいた。
え? 食べること自体を止めろって? ハハハハ。無理に決まっている。
そんなこんなで10分程待っていると、微かに串揚げの美味しそうな匂いが残る応接間にベルメリアたちが戻ってきた。50歳ほどの男性を伴っている。ただ、とてもではないが初老には見えなかった。
仕立ての良いゆったりとしたローブ風の服を着ているのだが、その下の鍛え上げられた肉体を全く隠しきれていない。ボディビルダーも真っ青なムキムキの体に、明らかに高位の戦士の身のこなし。腰に下げたサーベルは、強い魔力を放っている。着ている服が貴族っぽくなければ、高位の冒険者にしか見えないだろう。
「……寛いでくれているようでなによりだ」
男性が低音のバリトンボイスで話しかけてくる。メッチャいい声だな。地球で出会っていたら、声優になることをぜひおすすめしていただろう。
「ん? 誰?」
「あなた! この方は――」
「よい。強者に敬意を払ってしかるべきだ。特に、このような公の場ではないところではな」
フランの言葉にベルメリアが怒声を上げるが、それを男性が鷹揚な態度で制す。
「私はシドレ・ベイルリーズ伯爵。コルベルトの今の雇い主であり、この2人の主だ」
やはりこの男性がベイルリーズ伯爵だったか。王都の騎士団長を任せられるだけの実力者であるようだな。気さくな人柄なのか、笑顔でフランに握手を求めている。
でも、ベルメリアを娘とは紹介しないのか。何か理由があるんだろうな。
「冒険者のフラン」
「知っている。一度、話をしてみたかったのだ。あの黒雷姫とな」
「私を知ってるの?」
「ああ。何せ、武闘大会は私も観戦していたのだ。勿論、このコルベルトに君が勝利した戦いも、あの竜狩りのフェルムスを破った戦いもな。ふふふ。素晴らしかった。年甲斐もなく、興奮したぞ」
武闘大会を見ていたのか。じゃあ、フランを知っているのも当然だな。その目は冒険譚を聞く少年のように輝いている。
「あの時は言葉を交わすことはできなかったが、君を忘れることはない。それに、獣王陛下のお気に入りだからな」
「獣王と知り合い?」
「うむ。あの方とは轡を並べて戦った仲なのだよ。その時は獣王陛下はまだランクB冒険者で、私の部下だったがな」
「獣王はこの国にいたの?」
「あの頃は冒険者として世界中を回っておられたのだよ。そして、我が国に滞在中にレイドス王国との小競り合いが起こり、旅費稼ぎに傭兵としてその戦に参加したというわけだ」
旅費稼ぎに戦争に参加するのか。さすが獣王。まあ、獣人国だと冒険者が戦争に参加するのは普通みたいだし、稼ぎの良い依頼の延長程度の認識なのかもな。
「当時の獣人国は、レイドス王国の海上封鎖のせいで苦境に陥っておった故、それに対する意趣返しの意味もあったのだろう。その折に、私は傭兵部隊のまとめ役で、あの方は私の直属部隊の配属だったのだ」
すぐに立場で抜かれてしまったと言って笑うベイルリーズ伯爵。その時の獣王は、なんと王族であるということを隠していたので、生意気で見どころのある若い冒険者としか思っていなかったらしい。
しかし、妙に馬が合ったらしく、獣王と伯爵には今も付き合いがあるという。いや、立場や年齢を超えた友情と言ってもいいかもしれない。何せ獣王がクランゼル王国の王都に来た際は、必ずベイルリーズ伯爵邸に滞在するというのだから。
そして、武闘大会の後に王都へ来た獣王は、当然ベイルリーズ伯爵家に滞在し、フランが王都に来た際は気にかけてやってほしいと頼んで行ったのだという。
「獣王陛下の頼みだ。聞かぬわけにはいかぬだろう。まさかこのような出会いをするとは思っていなかったがな……」
全て本当だった。むしろ一切嘘がない。貴族なのに、腹芸という言葉をどこかに置き忘れてきたのだろうか? それとも、こちらを余程信頼してくれているのか? ともかく、この伯爵は味方と考えてよさそうだった。
「よろしく」
「うむ! こちらこそよろしく頼む!」




