408 2人の半竜人
俺たちの前方を歩くコルベルト。周囲を警戒しつつではあるが、その足取りに迷いはなかった。どうやら明確な目的地があるようだ。
俺たちは声をかけたりはせず、そのまま尾行を続けることにした。
もしもコルベルトがどこかの貴族の屋敷や何らかの施設に入って行ったら、そこがどういった場所なのかエリアンテかカルクに聞けばいい。
宿屋などに入っていったらその場所を覚えておいて、偶然を装って再会する計画だ。あとは上手く情報を引き出すのである。そこが難しいわけだけどね。
『どこに向かってるんだろうな』
(貴族街?)
『方角的にはそうか……』
コルベルトは貴族街から出ようとはせず、貴族街の北区画までやってきた。この辺りは王城に遮られたせいで日中もあまり光が差さず、下級貴族ばかりが住んでいるという場所だ。
その中ほどにある、木々の生えた公園にコルベルトが入っていく。王都内には他にも公園があるが、貴族街にある公園はさすがに豪華だな。平民区画にあるような憩いの場ではなく、景観のためと、外から見る庭園としての役割が大きいからだろう。
ただ、日中に全然光が当たらない場所にあるせいか、ジメジメとしていて陰気だ。花なども咲いておらず、木々が鬱蒼としている。夜ともなると、お化けでも出そうな雰囲気である。何も知らなかったら、本当に墓地と間違えてもおかしくはないだろう。
『なんの目的だ?』
(誰かに会う?)
公園の中は一直線の道ではないし、急ぐのであれば使わないはずだ。単に通り抜ける目的ではないだろう。フランが予想した通り、誰かと落ち合うつもりなのか?
だとしたらその相手の正体も知りたいところだ。匂いさえウルシに覚えさせれば、そっちを尾行も出来るだろうし。
俺たちはそのままコルベルトを追って公園に侵入することにした。しばらくは公園の中をまっすぐ歩いていたコルベルトだったが、急に途中で足を止めた。
そのまま微動だにせず、周囲を警戒している。俺たちも離れた場所で立ち止まり、コルベルトを観察していたんだが……。
『あ!』
(む)
(オン!)
急にコルベルトが全速力で走り出しやがった。気付かれたか? しかも、俺たちが驚いている間に、新たな気配がやや離れた場所に出現したのだ。
その気配は出現すると同時に、こちらに向かって何かを投擲する。出現したというよりは、隠れていた誰かが攻撃する際に隠形の精度が下がり、俺たちでも感じ取れるようになったのだろう。
何を投擲されたのか分からないが、俺は咄嗟に直上への転移と、物理攻撃を透過させるディメンジョンシフトを発動させた。さらに大急ぎで物理攻撃無効を装備する。
シューッ!
公園の上空20メートル程に転移した俺たちは、眼下を見下ろす。今まで俺たちがいた周辺に、一瞬で緑の煙が満ちるのが見えた。謎の気配が投擲したのは、ガスを発生させるアイテムだったのだろう。明らかに毒物だった。
急に俺たちの気配が消えたせいで戸惑っているようだ。隠形が再び揺らぐのが分かった。隠密としての能力はかなり高いが、実戦経験が乏しいらしい。行動の度に、微妙に気配が漏れ出るな。
コルベルトの知り合いの可能性が高いし、殺すのはまずい。
『雷鳴魔術を叩き込んだ後、転移で強襲する』
(わかった)
『ウルシは隠れて待機』
(オン!)
『殺すなよ?』
(ん)
謎の気配が隠れている木立に向かって、俺とフランがスタン・ボルトを連続で放った。青白い電光に照らされた闇夜に、小さな人影が一瞬だけ浮かび上がる。
その背後を狙って、俺たちは転移した。ダメージはあるようだが、まだ動けるらしい。しかし、空から降ってきた電撃に気を取られ、背後が完全にお留守だ。
「――」
俺たちは状態異常耐性に風の結界も併用しているが、フランは転移直前に大きく息を吸い込んで息を止めていた。念の為ってことなんだろう。この2つでも防ぎきれないような超強力な毒だったら、口塞ぐ程度じゃどうもならないと思うけどね。目とか肌とかまでケアせんと。
口をリスみたいに空気で膨らませたフランが、鞘に入ったままの俺を振りかぶった。そのまま人影に叩きつけようとしたんだが、動作を途中で止めると大きく後退る。
『外したか』
だが、仕方ない。先程までフランが立っていた場所には、暗黒魔術で生み出された漆黒の槍が付き立てられていたのだ。相手は2人だったらしい。
フランに攻撃を仕掛けてきた新たな敵は、謎の気配の持ち主に比べて圧倒的に強かった。そもそも、これだけの距離でも気配がかなり希薄なのだ。俺たちに自らの存在を全く気取らせなかったことを考えると、隠密に適したスキルや魔術を保持していると思われた。
「た、助かったわ」
謎の気配の持ち主が、暗黒魔術使いに声をかける。かなり若い。それもそうだろう。鑑定した結果、17歳となっているのだ。しかも少女である。
降ろせば背中までありそうな水色の髪をポニーテールに括った、勝気そうな美少女である。黒いレザー系の装備を身に着けた姿は、アメコミなどに登場するくのいちっぽいかな? 単に闇夜に溶け込むだけではなく、装備全てに気配遮断系の能力があるようだ。
ナイフを両手に構え、厳しい視線でこちらを観察している。
この若さで戦闘力はかなり高い。だが、それ以上に斥候としての能力は相当なものだな。しかも毒物の扱いも心得ているらしく、搦め手でも戦えるタイプであるようだ。
名前はベルメリア・ベイルリーズ。何度か名前を聞いた、ベイルリーズ伯爵家の関係者だろうか?
暗黒魔術使いはフレデリック。35歳となっているが、その落ち着いた雰囲気のせいで、もっと年嵩に見える。黒髪をオールバックにまとめたイケメンだ。装備は、やはり黒一色の忍者風レザー装備である。
剣聖術や暗黒魔術などの高レベルのスキルだけではなく、精神耐性:Lv8や火炎耐性:Lv5、暴風耐性:Lv4といった耐性スキルも充実している。さらに固有スキルである邪気誘引などの未見スキルも複数所持していた。
だがスキルに比してステータスがかなり低いな。それでも平均で100程度はあるので雑魚ではないんだが、どうも違和感がある。
この逆なら見たことがあるのだ。パワーレベリングや薬によってレベルだけを上げた貴族である。しかし、スキルのレベルが高いのに、ステータスが低いというのは初めて見た。
スキルだけ見ればランクB冒険者以上は確実。だがステータスはランクD程度である。多分、衰弱という状態のせいなんだろう。弱っているのだと思われた。
あと気になるのがその種族である。ベルメリアは半水竜人。まあ、これはいい。竜人という種族がいるらしいし、そのハーフなんだろう。問題はフレデリックの種族だ。半邪竜人となっていたのだ。邪気は感じないが、邪人に関係する種族なのか?
同じ半竜人でも、ベルメリアはほぼ人間に見える。だが、フレデリックは見た目からして異種族の血を引いていると分かった。
爬虫類に似た縦に割れたような瞳をしているし、右腕も黒い鱗に覆われている。左腕はガントレットに覆われていて、鱗が生えているかどうか分からない。いや、装備に魔導義手となっている。あれはガントレットを装着した腕ではなく、金属製の義手であるらしい。
「気を付けろ。この娘、凄まじい手練れだ」
「ええ。分かっているわ。それにしても、どうやって毒煙から逃れ、攻撃に転じたのです?」
「転移だな。今の動きはそれしか考えられん」
「転移術師……厄介な」
厄介という言葉はこっちの物だ。フレデリックは衰弱してステータスは下がっていても、その経験や洞察力が失われているわけではない。その証拠に、時空魔術を使えることを看破されてしまった。単にステータスが強いだけの相手の方が何倍もやりやすいぜ。
『フラン、フレデリックみたいな老獪なタイプと長期戦は怖い。一気に決めるぞ』
「ん!」




