406 盗賊ギルド
エリアンテやカルクに屋敷探しを依頼した翌日の夜。
『結局自力じゃ見つかんなかったな』
「ん」
「オン」
夜には貴族街も見回ってみたのだ。だが、ドラゴンの石像とか、獅子のレリーフ、天使っぽい銅像はあっても、蠍獅子に睨まれた戦乙女に合致するものは発見できなかった。
エリアンテも目ぼしい情報を得ることが出来なかったらしく、まだ情報集めを続けてくれるそうだ。
自力でも、冒険者ギルドの情報網でも発見できなかった俺たちは、最後の砦であるカルクの下に向かっている。
(情報、あるかな?)
『まあ、なかったとしても、エリアは絞れるだろ?』
カルクの情報網であれば、繁華街や歓楽街はある程度調べることができるだろう。つまりカルクが発見できなかったとすれば、この辺りは探索範囲から外してもいいってことになるのだ。
『じゃあ、行ってくる』
「ん」
分体創造を発動して、分体を生み出す。ウルシの鼻によれば、カルクはすでに酒場にいるそうだ。
朽ちかけたドアを押し開け、酒場に入る。やはり視線が一斉にこちらに向くな。昨日、カルクと話をしていたということが知られているのか、侮る気配はほとんどなかった。
ああそうだ、酒場の中で分体を消したんだ。それを見られて、不気味な相手だと思われているのかもな。
今日は足をかけようとする者も、冷やかしの口笛を飛ばす者もいない。むしろ俺と関わり合いになりたくないのか、道を空けてくれるほどだった。
「よう、昨日ぶりだな」
「来たか。金は用意してきてるんだろうな?」
「ということは。見つかったのか?」
「ああ」
それは凄いな! 冒険者ギルドでも手がかりさえ掴めなかったのに。これは、カルクたちの情報網を侮っていたようだ。
「じゃあ、これを」
「情報を聞く前に払っちまっていいのか?」
「ああ。嘘を見抜くのは得意なんだ。それに、この金を持ち逃げしようとするほど、馬鹿じゃないだろ?」
「ふん」
信用を失うという意味でも、俺から逃げられる訳がないという意味でも、カルクが金だけを奪って逃げようとする可能性は低かった。
カルクは面白くなさそうに鼻を鳴らす。荒事に身を置く自分たちが、侮られていることが気に入らないのだろう。
「――サイレンス。さっそく聞かせてもらおうか?」
「こいつを」
「紙? なんの数字だ?」
「目当ての屋敷の住所だ。貴族街の中央。アシュトナー侯爵家の屋敷の裏手にある、オルメス伯爵家の別邸だな。向かいがベイルリーズ伯爵家の屋敷になっている」
「オルメス……」
「ちょいと前まではレセップス子爵邸だったんだが、不祥事で取り潰されたらしい。知ってるか? アシュトナー侯爵の妾腹だ」
レセップス子爵というのは、セルディオのことだ。アシュトナー侯爵家ともつながりはばっちりだな。
「この現オルメス伯爵別邸の前はベイルリーズ伯爵邸となっているが、マンティコアの石像がある。その像の視線は別邸の庭を向いていて、その庭には戦乙女の石像が飾られている。どうだ?」
この情報は当たりだろう。
「完璧だ。調べてくれて助かった」
「無理やり引き受けさせられたとは言え、仕事は仕事だからな。やるからには完璧にこなすさ」
「感謝する」
カルクに礼を言うと、そのまま消えることにする。もらった紙は、影にいるウルシにこっそり受け渡し済みだ。いや、まてよ。カルクの情報網にはまたお世話になるかもしれん。一応、断っておくか。カルクにとっては迷惑だろうが。
「また知りたいことが出来たらくる」
「もう二度とくるな」
「善処するよ」
「おい――」
俺は迷惑そうな表情を浮かべるカルクに軽く微笑むと、分体を消し去るのだった。
(師匠、どう?)
『まさかここまで上手く情報が仕入れられるとは思わなかったぜ』
(じゃあ?)
『おう。例の屋敷の場所が分かったぞ。ただ、住所を教えられても正確な場所が分からないんだよな』
一応、アシュトナー侯爵邸の裏手ってことは言われたが、その場所も分からないし。
「オン!」
『戻ったかウルシ』
ウルシが影渡りでフランの影に戻ってきた。カルクから渡された紙を見るが、やはり俺たちだけでは正確には理解できない。
(じゃあ、エリアンテに聞く)
『そうだな。それが一番早いか』
(ん)
俺たちはそのまま冒険者ギルドへ向かうことにした。まだ宵の口だし、いてくれるといいんだけど……。
「ああ、フラン。どうしたの」
要らぬ心配だったらしい。事務作業のし過ぎで疲労困憊の様子のエリアンテが、力のない声でフランを出迎えてくれた。
「悪いけど、まだ情報は入ってきてないわ」
「ん。それはもういい、情報を手に入れた」
「え? 自力で見つけたの?」
「違う、情報屋に話を聞いた」
「情報屋って、私だって情報屋をしている冒険者たちに依頼したのよ? 私達よりも早く、情報を仕入れたって言うの?」
エリアンテが書類に判をおす手を止め、こちらに視線を向けた。余程驚いたらしい。
「ん。酒場で話を聞いた」
「もしかして盗賊ギルドに伝手があるのかしら?」
驚きから一転、エリアンテの目が鋭く細められる。今、盗賊ギルドって言ったか?
「ん? 盗賊ギルド?」
「知らないの? この王都で活動している、盗賊たちの元締めみたいな組織よ」
「知らない」
「じゃあ、どうやってその酒場とやらを見つけたの? 偶然中に入って、闇雲に情報屋を探しても、見つかるわけがないわ」
どうも、エリアンテの雰囲気からすると、冒険者ギルドと盗賊ギルドは仲が良くないらしい。これは大人しく話した方がいいだろう。
とは言え、俺のことは教えることが出来ないので、裏路地で出会った相手の匂いをウルシが覚えており、その鼻を頼りに再度その男に会いに行ったという話をした。
「なるほど……。商業地区のあたりなら、話が通じる相手もいるか……」
「ん」
「分かったわ。信じましょう。でも、できるだけ関わり合いにはならない方がいい」
エリアンテ曰く、盗賊ギルドは必要悪として黙認されているらしい。王都ほどの大都市になれば、様々な人間がその裏では蠢いている。彼らを単に野放しにしていたら王都は大混乱だ。そんな脛に傷を持つ奴らや、犯罪者たちを押さえつけ、ある程度管理するのは盗賊ギルドにしか無理な事だった。
勿論、黙認と言っても全てを許しているわけではない。盗賊ギルドがやり過ぎれば、国が取り締まる。そのギリギリの線を見極めるのが上手いらしい。兵士などが動かなくても、盗賊ギルドの構成員に賞金がかけられることもある。
となれば、賞金稼ぎなども所属する冒険者ギルドとは相いれないのは当然だった。盗賊ギルドの構成員を捕らえたりして報復されないのかと思ったが、そこは問題ないようだ。盗賊ギルドも、冒険者ギルドと事を構えれば潰されることが分かっているんだろう。それに、彼らの世界では捕まった奴がマヌケだと言われることの方が多いらしかった。
「まあ、裏がどうであれ、結局は犯罪者と、その予備軍、協力者の集団よ? 下手に関わればろくなことにはならない。注意なさい?」
「ん。わかった」
フランが直接カルクと接触した訳じゃないからな、そこは問題ないだろう。
それよりも今は住所の場所だ。フランはその住所の場所と、アシュトナー侯爵邸の裏にある、オルメス伯爵の別邸だという情報をエリアンテに告げる。
どうやらエリアンテはその場所が分かるらしい。住所だけでもある程度場所を割り込めるらしいが、アシュトナー侯爵邸は有名であるらしい。その場で地図を描いてくれた。
「ここよ」
「ん。ありがとう」
「……貴族相手に無茶は厳禁よ? 場所を確認したら、一度戻ってらっしゃい。絶対に1人で潜入しようとはしないで」
「わかった」
さすがに俺たちだって、いきなり伯爵の屋敷に潜り込もうとは思わんさ。まずは場所をチェックするだけだ。だが、エリアンテは不安そうな表情だ。
「本当に分かってる?」
「ん」
「……ああ、心配だわ」
うーむ。エリアンテはいったいどんな噂を耳にしているのか、一度聞いておいた方がいいか? どうもフランをところ構わず喧嘩を売る、暴れん坊だと思っているみたいなんだよな。
「だいじょぶ。馬鹿なことはしない」
「絶対に絶対よ?」
月刊バーズ1月号に掲載されている丸山先生描き下ろしの短編、最高です。フランがメチャクチャ可愛いんです。
しかも、作中に登場するパンケーキがこれまた美味しそうなんですよ!
思わずパンケーキを食べに行ってしまいました。男1人で……。
凄く美味しかったですよ? ははは……。
 




