405 カルク
ギルドでエリアンテの協力を取り付けた後、俺たちは観光を装って、冒険者ギルド周辺を見て回っていた。まずは身近から探そうと考えたのだ。
本命である貴族街だと、俺たちは目立ちすぎる。夜にこっそりと見て回るつもりだ。暗視がある俺たちなら夜闇は関係ないしな。
『石像、銅像。絵に旗。レリーフに彫刻。可能性は色々ある』
「ん」
『ウルシも、ガルスに関係ある匂いがしたら、教えてくれよ? 昨日の鞘に付着してた匂いだ。覚えてるな?』
「オンオン!」
あとは足で探すしかない。
しかし、朝から歩き続けても、目当ての物は見つからなかった。そもそもこの広大な王都で、あの文章だけを頼りにどんな形をしているかも分からない蠍獅子とやらを見つけ出せという方が無理なのだ。
『こりゃあ、時間がかかりそうだよな』
(知ってそうな人に聞けば?)
『エリアンテに聞いても、分からなかっただろ』
(カルクは?)
カルク。確かにエリアンテ以外に知り合いがいたな。いや知り合いというか、1度会っただけだが。チンピラの顔役みたいな人間だと思われるし、王都の裏に精通しているだろう。
しかし、信用できないんだよな。あれだけフランにビビッていた男だし、頼めば協力を約束するだろう。だが、表向きは協力すると言っておいて、どこかに俺たちの情報を流したりしないとも限らない。
ガルスがどういうルートで鞘をオークションに出品したのか分からないが、場合によっては俺たちが鞘を落札したことがアシュトナー侯爵家に知られている可能性もある。
それだけならまだ怪しいですむ。しかし、鞘を落札したフランが、何かを探していると分かったら? 蠍獅子に睨まれた戦乙女のいる屋敷という暗号めいたメッセージも、その屋敷の持ち主であればピンとくるだろう。確実にガルスを探しているとばれるはずだ。
そうなったら厄介だろう。侯爵家が明確な敵になるわけだしな。
だが、カルクの情報網が魅力的なのも確かである。そこで、俺は一計を案じることにした。
『まあ、分体創造で出来るだけ強い分体を作って接触するだけだが』
フランを介さず、怪しげな男が嗅ぎ回っている風を装うのだ。一般的な服装で、俺の分体を作り上げる。
『よし。こんなもんか』
能力的にはまあまあ。フランには遠く及ばないが、剣聖術は使えるし、ステータスは平均で200程ある。中堅冒険者程度の実力はあるだろう。ウルシの鼻があればカルクを探し出すことは容易だった。
ウルシは分体の影に隠れ、フランは気配を消して分体の後を付けている。俺は分割思考で分体を動かしながら、フランと会話することもできた。
(オンオン)
『こっちか』
ウルシの指示に従って、裏路地を進む。すると、一軒の酒場にたどり着いた。ボロボロの外見の、営業中なのかも怪しい場末の酒場だ。人の気配がなければ、廃墟だと思っていただろう。
少し手をかけただけで蝶番が軋んだ音を立てるスイングドアを押し開け、酒場に足を踏み入れる。俺に対して一斉に視線が向いた。酒場の中で管を巻いていた男たちは、値踏みするように不躾な視線を投げかけてくる。
そして、その表情はすぐに嘲るようなものに変わった。今の俺の姿は生前のものだからな。地味なボロ服を着た、冴えない顔の中肉中背の男だ。鍛えた様子もなく、魔術などの特殊技能がありそうでもない。侮るには十分な条件が揃っている。
まあ、目当ての人物だけは鋭い視線を俺に向けているがな。俺に足をかけて転ばせようとする男たちの間をすり抜けながら、カルクの座るテーブルに近づく。
「よう。あんたがカルクさんかい?」
「ちっ。よりにもよって俺に用事か……」
カルクが顔をしかめる。しかし、逃げようとはしない。
「そう邪険にしないでくれよ。ある人にあんたなら力を貸してくれるんじゃないかと教えてもらってね」
「……どこのどいつだ。余計な真似をしやがったのは」
ある人なんかいないけど、勝手に色々と考えてくれているらしい。
「おい、やめろ」
カルクのこの言葉は俺にかけたものじゃない。後ろにいたカルクの配下にかけられたものだった。厄介事だと考えて、俺を排除しようとしていたのだ。カルクの弱者眼であれば、この護衛程度では俺に勝てないことは分かる。それで止めさせたのだろう。
護衛もその言葉の意味が分かったのか、驚いた表情だ。なにせ、目の前の男が自分よりも強いと判断されたわけだからな。ただ、配下としてしっかり教育されているらしく、不満を漏らすことはなかった。カルクの目の信頼度が高いのも理由だろう。
「奥の部屋を使う。こい」
「いや、ここで構わんよ。――サイレンス」
「魔術師か」
カルクの顔がさらに苦々しいものになる。俺の得体の知れなさが増したからだろうな。護衛たちは突然カルクの声が消えたことに驚き腰を浮かしているが、カルクが身振りで再度抑えると、そのまま椅子に座り直していた。
「これで俺たちの声は周囲に聞こえない」
「用件は?」
大人しく話を聞いてくれるようだ。良かった。
「探している場所がある。蠍獅子に睨まれた戦乙女のいる屋敷だ。わかるか?」
「暗号か何かか? それだけで分かる奴がいたらお目にかかりたいもんだ」
「だよな。という訳で探してくれ。秘密裏に」
「おいおい……」
「これは前金。探し出してくれたら3倍出そう」
「ほう」
俺はカルクの前に5万ゴルドを置いた。無造作に置かれた大金に、カルクの目の色が変わったな。
「期限は?」
「明日の夜、またここに来る」
「そりゃ、ちと厳しいな」
「だからその金額だ」
「……期待はするなよ」
「期待してるよ。じゃあな」
「なっ……」
俺はカルクに向かってニヤリと微笑むと、あえて目の前で分体を消し去った。まるで煙が散るように、俺が消えるのが見えたはずだ。これで多少は不気味な相手だと思ってくれれば、依頼も真面目に熟してくれるかもしれない。
『よし、これでカルクへの依頼は終了だ。上手くいけば、明日の夜には情報が手に入る』
「ん」
『とは言え、自力での探索も続けるぞ』
「わかってる」
「オン!」
レビューを頂きました!
しかも韓国の方です。
猫耳の魅力は国境なんか関係ないんですね。




