403 師匠の鞘
鞘を絶対落札すると勢い込んでみたものの、落札するのは容易な事であった。簡単すぎて驚いちまったぜ。
やはりサイズ調整がついていないということで人気がなかったらしい。競合していた相手も、魔獣素材なら再利用可能できるかも程度の理由だったらしく、こちらが入札したのを見てすぐに手を引いたのだった。
落札額は3万ゴルドである。相場がいまいち分からないが、超高級品ではないだろう。素材もそこまで高価じゃないし、鞘のみではこんなものなのかね?
ただ、結構目立ってはいるな。そもそもフランみたいな子供が武具オークションにいること自体が場違いな感じだし、かなりの視線を感じる。
もしかしてまずいか? ガルスがこんな回りくどい方法を取ったということは、直接の接触はできないってことだろう。もしかしたらアシュトナー侯爵家の監視があったり、まだ捕らえられているのかもしれん。
いや、鞘を出品することができたのだから、監禁とまではいかないのか? ただ、普通に大手を振って出歩ける状態ではないのだと思う。
最悪このオークションでガルスが作った鞘をフランが落札したということも、アシュトナー侯爵家にすぐにばれるかもしれない。そして、それがセルディオの死に関わった黒雷姫だと判明したら? 目を付けられることは確かだと思う。
『とりあえず、この後の商品を落札しよう』
(なんで?)
『目くらましだ』
この程度で誤魔化せるとも思えないが……。本命は別にあり、鞘を落札したのは衝動的だったという体を装うのだ。
ということで、午後で2番目に登場した、風除けの腕輪というのを落札することにした。馬に乗っている時に、風を和らげてくれるアイテムらしい。ウルシに乗っている時に役に立つだろう。
ただ、これが意外と人気の品らしく、かなりの人数と競合してしまった。しかし、俺たちが本気であると見せつけねばならないので、引くわけにもいかん。結局、47万ゴルドもかかってしまったのだった。今の俺たちはかなり金持ちではあるが、やはり無駄遣いはモヤモヤするのである。
『じゃあ、落札品を受け取って、宿に戻るか』
「ん」
落札した商品は、支払いさえ可能であればその時点から受け取ることが可能だ。まあ、大金を持ち歩くのは物騒なので、大抵は後日に支払いをする形になるらしいが。
かなり強そうな冒険者が警備員として見張っている、商品の受け渡し口に向かう。大オークションだけあって、警備員もかなりの腕前だな。フランを見て、即座に警戒を強めたことからも、実力の高さがうかがえる。
冒険者の中でも、ランクG~E程度だと、フランの実力は全く感じ取れない。絡んでくるやつらは大抵この辺りのランクだ。
ランクD、Cになると、フランの実力を見抜けないまでも、何かあると感じ取れるらしい。また、ある程度の実力者なので慎重な冒険者が多く、フランに積極的に絡んでくる者は少なかった。
B以上になれば、見ただけでもフランの実力を感じ取れるようになるらしく、喧嘩を売ってくる者はほぼいなくなる。まあ、代わりに戦闘狂に目を付けられる場合があるが。
それを考えると、この警備員たちの実力はC程度であると考えられた。感知能力などにもよるから、確実ではないけどね。
「ねえ」
フランが受け渡し窓口の係員に声をかけると、警備員たちの緊張が最高潮に達する。逆に、戦闘力がない係員は、迷子が声をかけてきたとでも思ったらしい。暢気な顔でフランに返事をしている。
係員の暢気さに、警備員たちがイラッとしているのが分かるな。
「はい、何か御用でしょうか? こちらは商品の受け渡し口ですので、ご案内でしたら入り口の係の者にお声がけください」
「落札した物を受け取りにきた」
「これは失礼いたしました。では、参加証のご提示をお願いできますでしょうか?」
「ん」
フランが参加証を渡すと、それを水晶にかざしている。あの水晶が魔道具となっており、色々と情報を管理しているらしい。
あとはあっさりしたものだった。普通にお金を払って、商品を受け取る。高額な品物は防犯のためにも屋敷などに運ばせることがほとんどで、この窓口で支払いと受け取りをする人間は多くないそうだが。普通はもっと安い品物を受け渡すことを想定しているらしい。
無造作にカウンターに積み上げられた50万ゴルドを見て、係の人が顔を引きつらせていたな。
『さて、一度戻ろう』
(ん)
ガルスからの接触は期待できないだろうし、この鞘に何かメッセージが隠されているのだろうか? 宿の部屋に戻った俺たちは、落札してきた鞘を調べてみた。
『別段、変わった部分はないな……』
「ん」
『ちょっと比べてみるか』
落札した鞘と、元々使っていた俺の鞘を並べて比較してみる。
「……同じ?」
そう、フランが言う通り、両者は全く同じに見えた。大きさも、作りも、色も、寸分違わぬように思える。
「オン?」
ウルシがクンクンと匂いを嗅ぐが、何も分からないらしい。
さらに細部まで慎重に比べて行く。持ち上げたり、叩いたり、魔力感知したり、色々だ。
『……分からん』
「ん」
俺はそのまま何気なく鞘の中をのぞいてみる。そこで気が付いた。全く同じに見えた2つの鞘だったが、一ヶ所だけ違っている部分があったのだ。
それは、鞘の内部。しかもほんの一部分だった。鞘の先端の内側の縫製に使われている糸が、赤い糸になっていたのだ。元々持っていた俺の鞘は、その部分は白い糸が使われている。正直言って、どれだけ見てもそこ以外に違いは発見できなかった。
『とりあえず糸を解いてみるか』
「ん」
『そ、そんな乱暴にしたら……! お、俺がやるから!』
「ん? わかった」
グイグイと糸を引っ張るフランに代わって、俺が念動で糸を解く。手を抜かずにキッチリと縫い合わされていたが、数分もかけるとなんとか解くことができた。
『お、鞘の内側の革が少しめくれるかな?』
「何かあった?」
「オン」
『あ、こら、そんなグイグイ押すなって』
気になって顔を寄せてくるフランとウルシを宥めながら鞘の中を探るが、期待したような手紙などは出てこない。
『うーん……何も入ってないが……。いや、めくった場所に何か書いてあるな』
「なんて書いてある?」
『えーっと、この鞘が、最高の剣に使われることを、知恵の神に望む?』
何かの暗号か?
「師匠に使ってほしいってこと?」
『どういうことだ?』
「最高の剣は絶対に師匠の事! それしかありえない」
『だから俺に使ってほしいって? いや。待てよ。知恵の神? 鍛冶の神じゃなくて知恵? もしかしてインテリジェンス・ウェポンにかけてるのか?』
フランの言う通り、これは確かに俺に使えというメッセージなのかもしれない。ただ、実際に使えって事じゃないだろう。もっと俺たちにしか分からない暗号が含まれているはずだ。
俺が言葉の意味を考えていたら。フランが俺をさっそく鞘に納めた。一部破壊しちゃったせいで、前の鞘の方が入り心地がいいんだが。
解いた先端部分は少しゴワゴワしてるし、刀身の根元の部分に少しだけ金属が当たっている。見た目では分からなかったが、背負い紐を留める金具が前の鞘よりも少しだけ大きいらしい。ガルスでもこんな失敗するんだな。
いや、待てよ。ガルスほどの鍛冶師が、こんなミスをするか? つまり、これがわざとなのか?
『フラン、金具の部分を少し見てみるんだ』
「ん!」
調べてみると、金具の裏側の金属が微妙に前の鞘の時と違っていることが分かった。微かに黄色がかった柔らかい金属が使われている。これは接着剤で貼り合わせているだけだし、力を入れれば剥がれるかもしれんな。
念動で慎重に金具の接合部分を剥してみる。すると、金属の内側に何やら文字が書き込まれていた。まさか、本当に俺に使ってという意味だったとは。
『えーと、蠍獅子に睨まれた戦乙女のいる屋敷?』
「また暗号?」




