391 カレーなる町
クローム大陸を出航した快速艇での船旅は快適の一言であった。
そもそも客人扱いだから仕事をする義務もないし、船足が速いので魔獣にも襲われない。数日グータラしているだけで、あっという間にジルバード大陸である。
これだけ速い船がなぜもっと一般化していないのかと思ったら、コストが凄まじいらしい。最新鋭の魔導推進機を搭載しているが、動かすのにはある程度の魔力を含んだ魔石を日に10個以上消費するという。しかも推進機が大きすぎて船体の半分以上を占めており、積載量も同型の船に比べて5分の1ほどである。
要人や、重要物品を輸送するのには適しているが、普通の輸送船としてはとてもではないが使えないらしい。
結局、船に乗っている間に大きな事件が起こったりすることもなく、俺たちは再びバルボラの地を踏むことができていた。
「ご入用の際はよろしくお願い致します」
「ん。ありがと」
快速艇の船長からは大分気に入られたな。船旅の最中に魚型の魔獣を釣り上げて、皆に振る舞ったからだろう。
また、次元収納も彼らからすれば垂涎の能力なんだとか。アイテム袋も、ある程度の広さになるといきなり値段が跳ね上がるらしい。コストをかけず大量収納できる次元収納は商人にとっては憧れの能力であるという。
『さて、まずはどこに行くかね? 冒険者ギルドに顔を出しておくか?』
「ん。ガルスの事が何かわかるかもしれない」
『そうだな。じゃあ、鍛冶師ギルドにも顔を出しておこう』
「ん。その次に、孤児院にいく」
あとバルボラで知り合いとなると、元ランクA冒険者の糸使いにして竜膳屋のオーナーシェフ、フェルムスかな。コルベルトや屋台の売り子を手伝ってもらった3人娘たちは冒険者だし、ギルドにいたら挨拶すればいいだろう。そもそも、依頼中で町にいない可能性の方が高いと思うしね。
『ルシール商会にも行っておきたいな。香辛料を仕入れたい』
「ん」
『フェルムスの竜膳屋はどうする?』
「もちろんいく」
『だよな』
フランが美味しいご飯をスルーするわけがないのだ。
とりあえず俺たちは冒険者ギルドに向かって歩き出す。バルボラには愛着が湧くほど長く居たわけでもないし、懐かしいと言えるほど昔の事でもない。それでも帰ってきたと思えるのは、色々と思い出があるからだろうか?
いまだに修復中の建物がチラホラと見られる住宅街を、トコトコと歩く。ただ、意外と注目されているな。冒険者ならフランのことを知っていてもおかしくないんだが、普通の人々からも視線が向けられている。
フランが美少女過ぎるからか? それとも、顔に傷がついて迫力を増したウルシが目立っているのだろうか?
だが、そうではなかった。
「あら、あなた黒しっぽ亭の女の子よね?」
「ん?」
「やっぱり! あの時食べたカレーパン、美味しかったわ! 今でも夢に見るくらい!」
以前からバルボラではカレーが大流行していると聞いていたが、今は少々行きすぎなくらい、ブームが盛り上がっているらしい。料理コンテストで話題になったカレーパンに始まり、その後俺たちがレシピを売ったルシール商会がカレーパンやカレーパスタなどを売りに出すことで一気に話題が広まったようだ。
その後レシピを買ったり、舌で味を盗んで真似をする者たちが現れ、いまやそこら中でカレー料理が食べられるようだ。そして、そのカレーを開発したカレー師匠という人物が話題になっているという。
『カレー師匠って……俺じゃねぇか!』
コルベルトたちが盛大に広めてくれたらしいな。そんなカレー師匠の弟子とも言われている、黒しっぽ亭の美少女売り子――フランのことも、人々の噂に上ることがあるそうだ。
それに、料理コンテストのせいでフランの顔を知っている人間は意外と多い。あのカレー料理を最初に出した黒しっぽ亭の娘ということで、人々の注目を浴びていた。
視線に嫌なものは感じないし、良くも悪くも鷹揚なフランは害がないと分かれば気にしないことにしたらしい。たまに話しかけてくるカレー信者に対しては「師匠のカレーは最高」と、俺の布教をしているな。
(師匠、人気者)
『俺がっていうか、カレーがな。もうすっかり定着してるみたいだ』
なにせ、目の前にある屋台には、さっそくカレー味の幟が立てられていた。というか、この通りの屋台は軒並みカレー味であるようだ。どこもかしこもカレーの文字が躍っている。
『むしろ、競合し過ぎて飽きられるんじゃ……』
(ここすごい! 夢の通り!)
(オン!)
『フランたちにとってはそうかもね』
これは冒険者ギルドにたどり着くのが遅くなりそうだ。
『そこはカレー味の串焼きか』
(いい匂い!)
(オンオン!)
フランが早速5本買っている。黄色いカレーパウダーがふりかけられた、タンドリーチキンを串に刺したような見た目である。
「もぐもぐ」
「モグモグ」
『味はどうだ?』
「……まあまあ」
「……オゥン」
すごい美味しいって感じじゃないな。どうやら普通の魚醤味の肉串焼きに、適当な香辛料のパウダーをぶっかけただけのようだ。研究などをあまりせずに、流行りに乗っかっただけなのだろう。
あと、カレーが流行り過ぎて香辛料の値段が上がっているらしく、そっちもケチったのだと思われた。
「3杯頂戴」
「はいよ!」
『次のスープはどうだ?』
「……うん」
「……オン」
これも微妙であるらしかった。段々とフランとウルシのテンションが下がっていくのが分かる。匂いは大好きなカレーなのに、味が期待外れなせいだろう。
それでも匂いに釣られてしまうのか、意地になっているのか、フランたちは屋台の料理を買うことを止めはしなかった。まあ買う量は1本とか1杯に減ってきたけど。
「1つ」
「らっしゃい!」
「……」
「……オフ」
もう感想さえ言わない! こんな死んだ魚のような目をしたフラン、初めて見た。闇奴隷にされても眼の光を失わなかったフランが! ウルシも食べる前から期待してないのが丸わかりだし。
「1個」
「はい、どうぞ」
「……!」
通りにある最後の露店は、肉まんの露店だった。どうやら中の具がカレー味であるらしい。フランがとりあえず割ってみると、いわゆるカレーまんではなかった。
地球で売っているカレーまんは、中の具がキーマカレーっぽいものが主流だが、これは普通の肉まんに見える。どうやらカレーパウダーで炒めた肉を具材にしているみたいだ。カレーまんではなく、カレー風味肉まんって感じなのだろう。
全く期待していない表情でかぶりついたフランだったのだが、1口食べてその表情が一変する。美味いのか不味いのかは、フランたちの食いっぷりを見れば一目瞭然だろう。3口でカレー風味肉まんを平らげたフランは、ここまでのフラストレーションを発散するかのように、肉まんを大量注文した。
「30個ちょうだい!」
「え? 30個ですか?」
「ん!」
屋台のお姉さんは目を白黒させているが、代金を先に渡すとすぐに用意してくれた。
『美味しいのか?』
(ん! 師匠、これ今度作って!)
(オンオンオン!)
大分お気に召したらしい。今度研究してみよう。まあ、冒険者ギルドにたどり着く前にフランの機嫌が直ってよかった。
もし不機嫌なまま絡まれたりしたら、血の雨が降るかもしれんしね。今だったらワンパンくらいで済むだろう。
最近は名前が売れてきたので因縁をつけてくる馬鹿は減ったが、やはり冒険者ギルドというとどうしてもそのイメージが強かった。初期の頃、散々絡まれたからだろうな。
『とっとと冒険者ギルドいくぞー』
「もぐもぐもぐもぐ!」
「モグモグモグモグ!」
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