390 出航と別れ
「あと、こいつを持っていけ」
1分近く頭を下げていた獣王は、それが終わると何やら袋を手渡してきた。一見すると小汚い袋だが、魔力が感じられる。
「アイテム袋?」
「おう。うちの国からはたった1000万ぽっちしか渡してねーんだろ?」
た、たった1000万? 凄いスケールだぜ。
「英雄相手にケチくせー話だろ? 1億くらい渡せばいいのによ。だが、王とは言え国庫の金を俺の好きには出来ん。それをやっちまったら、ただの独裁者に成り下がるからな」
意外とまともなことを言うな。もっと暴君的な王なのかと思っていたが、そうではないらしい。
「そもそもうちの国じゃ文官が少なくてな。奴らの機嫌を損ねる訳にはいかねーんだ」
獣王が苦笑しながら言う。
獣人国では武官はなり手がいくらでもいるらしい。大人し目に見える草食獣系の獣人でも、脳筋が多いようだ。だが、その逆で文官のなり手は非常に少ないんだとか。
ましてや大臣級の職を任せられる優秀な文官となると、数えるほどしかいない。それ故に、獣人国では文官が尊重されている。武官が戦闘が苦手な文官を見下すような国もあるが、獣人国ではそれはあり得ないんだとか。
「獣人は大食らいばかりだからな、兵站が超重要視されてるんだよ。で、それを手配する文官の重要性も認知されてるって訳だ」
「なるほど」
「おっと、話が逸れたな。で、国からこれ以上の礼を渡すことはできねーが、俺個人からなら構わんからな。せめてもの気持ちだ」
「何が入ってる?」
「俺のポケットマネーなもんで、そこまで多くはないんだが、500万ゴルドくらいは入ってるはずだ。ちょいと散財しちまった後でな。しけてて済まねーが」
「ん」
うん。もう驚かん。500万ね……はははは。いや、まじで? 500万? 勲章の副賞とか、魔獣を売り払ったお金と併せたら、所持金が2000万ゴルドを超えそうなんだが……。
フランは相変わらず動じないね! 大金を手に入れる度に慌てる俺が馬鹿みたいじゃないか!
そんなことをやっている内に、出航の時間が近づいてきたらしい。船長らしき人物が、ゴドダルファやロイスとともにこちらへやってくるのが見えた。
「フランさん、乗船の準備をお願いします。5分後に、出航しますので」
「わかった」
「荷物があれば運び込むが?」
「だいじょうぶ。もう仕舞ってある」
「そういえば、時空魔術の使い手でしたね」
そして、船長たちに挨拶をしている内にあっと言う間に出航時刻だった。これで、本当に最後だ。船に乗ってしまえば、クローム大陸を離れ、ジルバード大陸へと向かうこととなる。
「フラン嬢ちゃん、次はのんびりするつもりで来てくれ!」
「ん」
「ありがとうございました」
「助かった」
獣王の言葉の後に、転移術師のロイスと、ゴドダルファが揃って頭を下げる。
「キアラ師匠のことも、礼を言うぜ」
「礼?」
「おう。進化して、強敵と満足いくまでやり合って、戦場で死ぬ。キアラ師匠の夢を全部かなえてくれたじゃねーか。しかも、最後は孫みたいに想ってたはずのフラン嬢ちゃんに看取られて……。羨ましい最期だ」
「私もそう思います。あの師匠が病床にあると聞いて、らしくない死に様だと思っていたのですよ」
「それを、フランが立ち上がらせた。お前が居なければ、キアラ師匠は進化を目指すことも、再び戦おうと思うこともなかったはずだからな」
「胸を張れ! お前は師匠を死なせたんじゃない! 最高の死に場所をくれてやったんだ! キアラ師匠もきっと感謝してるはずだ! 弟子の俺が言うんだから間違いない!」
ちょいと乱暴な理屈である気もするが、彼がフランを励まそうとしてくれているのは伝わった。フランもそれが理解できたのだろう。真剣な顔で、獣王にうなずき返していた。
「……ん」
「あと、剣神化について忠告だ。あの力に溺れるな」
「わかってる」
「ならいい。あれは道標だ。俺はそう思っている」
「ん」
「次に会った時には模擬戦でもしようや」
獣王も、槍神化は単に強化スキルというだけではないと感じているらしい。王術を得たものに、さらなる先を示すための道標。俺たちと似たことを感じたのだろう。
「フラン……」
「メア……」
最後にフランの前に立つのはメアだ。どちらともなく、胸の前で手を絡め合わせると、悲しげな表情で見つめ合う。
「……お別れだ」
「……ん」
メアだけではなく、フランの目も潤んでいる。いや、すでに瞳の端に涙が溜まっていた。流れ出すのも時間の問題だろう。
「……何か困ったことがあれば、呼べ。我が何をしていようとも……、お前がどこにいようとも、絶対に駆けつける」
「……わたしも、同じ」
「うむ」
「ん」
「……これが最期ではない。だから泣くな」
「……うぅ」
「ふふ、しかたのない、やつだなっ……」
「……ふぐ」
頬を濡らすフランの涙を、潤んだ目のメアが優しい顔でそっと拭った。そのせいで互いの手が離れ、距離ができる。それが、別れの合図であった。
「ほら、フラン。船が、でるぞ」
「ん……!」
船の出航合図の鐘が鳴り響き、フランが快速艇のタラップを駆け上がった。船の甲板と下から、見つめ合う2人。
「……さらばだ!」
「……あり、がとっ!」
最後の表情が泣き顔ではいけないと思ったのだろう。フランは顔を上げると、無理やり笑顔を作る。酷い笑顔だ。だが、それはメアも同じなので、お互いさまかな。
とても笑顔には思えない、でも最高の笑顔を向け合う2人の少女。
『世話になった』
「こちらこそ、世話になった。また会おう。次はリンドの真の力を見せてやる」
『楽しみにしてるよ』
「では、フランよ。また会おう!」
「ん! また、ね」
さすが快速艇と呼ばれるだけはある。桟橋を離れる船は、恐ろしく速かった。グングンと離れる陸地。
それでも、フランは手を振り続ける。互いの姿が見えなくなり、グレイシールが豆粒のように遠くになっても。ずっと手を振り続けていた。
「みんな、ばいばい」
今更ですが、キーワードの「チート?」を正式に「チート」に変更しました。
序盤は作者的には微チートというか、ギリチートじゃないかな~という感じだったのです。
途中で?を外すつもりだったのですが、すっかり忘れていました。すいません。最近、感想欄でチートと言われることが増えて、ようやく思い出しました。
チートの定義は読者様の数だけあると思いますので「まだチートじゃない!」「最初からチートだったろ!」等々、色々とご意見はあるかと思いますが、そこはサラッと流していただければ幸いです。




