389 剣王と槍王
リンドに乗っての空中遊覧が終了し、俺たちは港町グレイシールに到着した。
港には大きな船が停泊し、中々に賑わいを見せている。
『獣王はすでに到着しているみたいだな』
「ん」
この気配のデカさ。顔を合わせていなくとも分かる。気配に導かれるようにグレイシールの中を進むと、港で部下たちと会話をしている獣王が見えた。
向こうもこっちに気付いたようで、1人でこちらに近づいてくる。
「よお! フラン嬢ちゃんに、バカ娘!」
「お久しぶりです、馬鹿親父殿」
「がははは! メア、少し見ない間に強くなったじゃねーか!」
「ふふん。我とて、日夜成長しているのですよ」
獣王とメアは父娘という雰囲気はあまりないが、仲は良さそうだった。獣王はメアの成長を素直に喜んでいるし、メアの表情には言葉ほどの棘はない。
「ふむ……」
メアと軽く話をした後、ふと獣王がフランに視線を向けた。値踏みするように、頭の上からつま先まで、じっくりと見つめる。
そして、いきなり動いた。背負っていた槍を引き抜くと、電光石火の速さで振り下ろしたのだ。
そのまま獣王の槍がフランの頭をかち割るかと思われた瞬間、フランはその攻撃をギリギリかわしていた。本当に間一髪だ。前髪が数本舞い上がり、風圧で衣服がはためいている。
しかし、フランはそこで終わらない。体を半身にして槍を避けた直後には、抜き放った俺を獣王に向かって突きだしていた。獣王はとっさに引き戻した槍の柄で命からがらその斬撃を受ける。
ギィイィン!
俺の刃は獣王の首まであと数ミリのところで止められていた。
互いに殺気さえ感じさせる、鋭い攻撃である。フランは剣王術を、獣王は槍王術しかスキルを使ってないとはいえ、目線や体の動き、殺気などを使ったフェイントを織り混ぜていた。たぶん、やられたのがメアだったら攻撃をくらうか、大きく体勢を崩していただろう。その程度には殺る気が込められていた。
力を込めた互いの武器が擦り合わされ、ギリギリと音を立てる。
だが、すぐに両者は軽く距離を取ると、互いに申し合わせた訳でもないのに同時に武器を収めていた。
「今のをかわすか」
「そっちも」
フランにも獣王にも俺にも、怒りや戸惑いの表情はない。今のやりとりが確認のための小手調べだと理解しているからだ。
そう、それは余人ではただでは済まない、高度な一撃の応酬。王術を持ったもの同士でなくては防ぐことのできない攻撃のやり合い。つまり、お互いが同じ高みに在るということの確認だった。
「な、何をやっているのだ!」
それが分からないメアだけが、驚愕の表情で二人を見ていた。そう、メアには意味が分からなかっただろう。剣聖術を持ち、勘も良く、強力なスキルを有した彼女でさえも、獣王とフランのやり取りは殺し合いに見えたはずだった。それはつまり、メアはまだその域にはないという証である。
「だははは! なに、単なる挨拶だよ! なあ?」
「ん」
「あ、挨拶? 今のが……? だ、だが。万が一があったらどうするのだ!」
「大丈夫だって! いざとなりゃ、スンドメするさ」
「ん?」
「おいおい……まさか嬢ちゃん」
「槍王術を持っているなら、絶対に平気なはず」
「そりゃ、そうなんだが……」
獣王はフランが躱しきれなかったら寸止めするつもりだったらしい。まあ、寸止めといっても、殺さない程度の怪我にとどめるという意味だろうが。
「にしても、やっぱ剣王術を手に入れたな? しかも……剣王だ」
「何で分かる?」
「ふふん。嬢ちゃんは気配を消すのは上手いが、実力を隠すのは下手だな」
「実力を隠す?」
「おう。嬢ちゃんは気配を読む力もあるし、相手の力量を読む目も正確だ。それ故、ギリギリを見極めちまう」
「ん」
「例えば俺と相対した時、最初はあまりにも無防備に見えた。嬢ちゃんほどの戦士が、信用はしてても信頼はしていない俺に対して、無防備な姿を晒すか? 否だ。だとしたら答えは簡単。その状態でも、安全マージンを残していると考えるべきだ。嬢ちゃんとは以前に軽くやり合ったことがある。俺の実力は知っているはずだ。なのに、この距離感を保てるってことは、答えは1つ。この状態で俺の槍を捌くだけの実力を得たということ。つまり、剣王術を持っているとしか思えない。しかも今の挨拶で確信した。剣王になったな?」
うーむ、凄まじい洞察力だ。さすが獣王。
「まあ、剣王かどうかまでは同レベルの人間じゃなきゃ気付かんだろうが……。その辺の情報は、ギリギリの戦いじゃ重要だぞ?」
「ん。わかった」
「こ、これが王級職同士の会話か……」
メアは分かり合っている獣王とフランを見て、戦慄の表情を浮かべている。彼女には、話を聞いても理解が及ばないのだろう。
「弱く見せるって、どうする?」
「簡単だ。もっと周囲へ警戒心を持て。それでも実力をある程度隠せる」
なるほど、強いから余裕がある。強くなければ余裕がなくて、警戒心が高い。そういうことか。
「それで侮る馬鹿なら楽勝だし、まだ警戒してくる奴は強い。そういうことだな」
「ん」
「まあ、他にも色々あるがな。手っ取り早いのはナヨナヨすることだ。雑魚ならそれで騙せる。俺には無理だがな! 嬢ちゃんなら可愛くやれんだろ?」
すいません。それは無理です。でもまあ、実力隠すというのが重要で、方法も色々あるというのは理解した。
「ありがとう」
「なあに、この程度じゃお前さんへの借りは返しきれねえよ」
「借り?」
「本気で分かってねえな? あのな、俺はお前に救ってもらった国の王だぞ? 本来なら土下座でもせにゃならん」
「馬鹿親父、それはさすがに……」
「分かってる」
いくら気さくで平民とも親しく話す王であろうとも、さすがに土下座は出来んだろう。俺でもさすがに分かる。
「だが、この程度は許されるだろう」
「?」
そう言うと、獣王はフランの手を握り、深々と腰を折った。その巨躯を折り曲げ、最大限の感謝の意を示している。王がその頭部を相手の前に無防備に晒しているのだ、ある意味最高の敬意の示し方だろう。
「この度は、ご助力感謝する。助かった」
獣王は真摯な声色で、感謝の言葉を口にするのだった。




