37 ゴブリン討伐戦 決着
「喰らえ、スキルテイカー!」
悪魔が叫びながら、その手を突き出した。
『くっ。やられた!』
名前からして、相手のスキルを奪うスキルだろう。悪魔が全然使ってこないから、接触型だとか、発動に時間がかかるとか、難しい発動条件があるとか、勝手に考えていた! 単に出し惜しみしてただけか!
しかも、接触せずとも発動可能だとは! あれだけ自信満々で叫んでいるんだし、発動条件は満たしているだろう。
フランの戦闘力を奪うと言っていたか? だとすると、剣術や剣技を盗られたか? せっかくここまでスキルを育てたのに! また育て直しだ! それ以上に、この場で剣術を奪われたら、戦えなくなる!
『ちっ、場合によっちゃ、転移の羽を使うぞ!』
「ん!」
「……」
悪魔が手を突き出した格好のまま、動かない。フランにも、何かが起きた様子はない。
あれ?
『……フラン、大丈夫か?』
「?」
「ちっ! 失敗か!」
良かった。何故か失敗したらしい。確実に奪えるわけじゃないのか?
それに、俺たちは少し特殊だしな。フランの使っているスキルは、フランの所持スキルではない。俺、つまりは装備している武器の、特殊能力の範疇と言える。フランに対して収奪系のスキルを使っても、その装備品からスキルを奪えるわけではないのかもしれない。
「くそがっ! 奪えねーもんは仕方がねえ。なら、こいつを喰らいな! ダークネス・ボルテッカー!」
悪魔は怒った様子で、暗黒魔術をぶっ放してきた。巨大な暗黒の渦が、ドリルの様に地面を削りながら、フランに迫る。
魔術を使い出したか。奴のステータスを見るに、本来は遠距離砲撃型だろうし。
「はっ!」
だが、フランには当たらない。
「おら! もういっちょう!」
「ほっ」
「ちっ!」
攻撃の威力は高くとも、その攻撃は単調だ。少し前の、フランみたいに。悪魔は確かに強いが、戦闘経験が浅いようだ。まあ、ダンジョンマスターに生み出されたばかりなのだろうしな。
「ダーク・スピア!」
『ファイア・ウォール!』
「ダークネス・ブラスター!」
「甘い」
「ちょろちょろとっ!」
暗黒魔術なのだから、もっと搦め手の嫌らしい魔術もあるだろう。それを使われた方が、数倍嫌なんだけどね。一撃必殺の攻撃魔術ばかりだ。
だが、この勝負はフランが不利だった。何せ地力が違いすぎる。こっちの攻撃は決定打にならず、奴の攻撃は必殺なのだから。
次第にフランの口数も減ってきた。余裕が無くなってきているのだろう。ここは逃げるべきか?
ただ、まだ大した成果をあげていないんだよな。内部で暴れることによってゴブリンたちを巣に引き付け、町に向かわせないようにするという目的は達成できていると思う。まあ、本来はC、Dランク冒険者の仕事ではあるが。
あとは、この悪魔だ。こいつさえどうにかすれば、このダンジョンは攻略したも同然だろう。俺たちが脱出することになったとしても、その後にこいつと戦うであろうドナドたちの為に、もう少し削っておきたい。
「ブラック・ボム!」
「む」
「うわぁ!」
業を煮やした悪魔が、広範囲魔法をばらまき始めた。これはヤバイ。巻き込まれかけたダンジョンマスターが悲鳴を上げているし。狭い空間で助かっていた。もっと広い空間だったら、さらに広範囲の上級魔法で殲滅されていたかもしれない。ここじゃあ、ダンジョンマスターも巻き込んじゃうからな。
『いや、まてよ』
閃いてしまったかもしれない。
『奴はダンジョンの魔獣だ』
ドナドの説明を思い出せ。実は、出発前にドナドから説明があった。要約すると、再利用できるからダンジョンコアを破壊するなと言う話だったのだが、その時にコアやマスターについての説明も一通り受けた。
ダンジョンの核はダンジョンコアだ。これを破壊すると、ダンジョンが死ぬ。生きているモンスターが、ダンジョンマスターを含めて全て消滅してしまうのだ。コアは高密度のバリアに守られているらしく、生半可な攻撃じゃ破壊できないらしいが。
そのダンジョンコアとつながっているのが、ダンジョンマスターだ。マスターが死ぬと、コアは休眠してしまうらしい。
今ここで重要なのは、ダンジョンマスターが消滅すれば、コア破壊時と同様に、生きている魔獣は消滅してしまうということだ。
という事は……。
『あのゴブリンを倒せば、この悪魔も消えるってことだ』
「――ファイア・アロー」
「あっ、てめっ! 卑怯だぞ!」
フランが放った魔術を見て、悪魔は慌てた様子で転移を行い、ゴブリンを庇った。やはり、俺の推測は間違っていないようだな。
ダンマスは身代りの腕輪を装備しているが、今の状況では蘇りからの即死という、最悪の流れが待っている。こいつは、ダンジョンマスターを庇わない訳にはいかない。支配を受けていないとはいえ、ダンジョンモンスターという括りから外れたわけではないのだ。
「ニヤリ」
「このガキ、調子乗りやがって!」
『ファイア・ジャベリン!』
「まじかよ、無詠唱持ちか?」
いいえ、俺がこっそり魔術を使っているだけです。
「ファイア・アロー」
『トライ・エクスプロージョン』
「ファイア・アロー」
『フレア・ブラスト!』
ボン、バン、ドゴォン!
断続的に放たれる魔術が、悪魔を包みこむ。
「くっ」
「ひぃぃぃ!」
爆炎に掠っただけでも、ダンマスは死にかねないからな。悪魔の野郎は動くことさえできない。サンドバッグ状態だ。
「この馬鹿野郎! だから、俺の戦闘場所は前の広場にしとけと言ったのに!」
「う、ううう、うるさい! お前がいなかったら、この部屋の防衛戦力がなくなるだろ!」
ダンマスが馬鹿で助かったな。
ジリジリと悪魔のHPが減っていく。ただ、予想以上に奴の魔法防御力は高かった。このままだと、こっちの魔力が尽きる方が早いぞ。
『フラン、作戦変更だ』
「分かった」
俺が二重詠唱で魔法を途切れさせないようにし、フランは覚えたばかりの風魔法を詠唱する。
Lv4風魔法、ソニック・シューター。まあ早い話が、投擲時に風の力を借りて、速度を上げる術だな。あと、軌道を多少操れる。
「いく」
『おう、いつでもいいぞ』
「はっ!」
『ひゃっはー!』
俺は悪魔を迂回する軌道で、ゴブリンに迫った。
「器用な真似を! 風魔術か? でも、させねーよ!」
フランからの魔術があるため、悪魔は下手に動けない。なので、右腕を大きく振り、俺を叩き落とそうとした。相当速いはずなのだが、悪魔には完璧に視えているらしい。
悪魔の拳が、俺をはたき落と――さない。
「なにぃ! がはっ!」
俺は直前に風魔術で軌道を変えると、溜めていた念動を一気に解き放つ。久々の念動カタパルトアタックだ。俺はがら空きの胴体に向かって突進した。
勿論、残った魔力のほとんどを、刀身に伝導させてある。これが最後の一撃のつもりだ。失敗したら、転移して逃げるしかないな。
「ばか……な……!」
『なんとか通用したか……』
さしもの悪魔も、この状況で念動カタパルトを防ぐことは出来なかった。悪魔の障壁をぶち抜いて、俺の切先が悪魔の胸に深々と埋まっている。
ただ、冷や汗ものなことに、空いていた左腕が剣と体の間に差し込まれていた。いつの間に! 伝導させる魔力をケチっていたら、左腕を貫けずピンチだったかもしれん。やはり侮れんな悪魔。
「ま、まさか、悪魔が……?」
「くおぉ……」
俺は魔石を完璧に断ち割っていた。魔石が俺の刀身に吸収される。
「がぁぁぁぁっ……――」
魔石を喰らい尽くされた悪魔は、断末魔の叫びをあげると、そのまま倒れ伏した。良かった。砂みたいになって消滅しないかと心配していたが、ちゃんと素材――もとい死体が残った。
死体は収納しない。勿体ないけど、悪魔の死体はギルドに渡そうと思う。先走ってしまった負い目もあるし。それに、こっそり収納したとしても、隠しておくことは難しいだろう。それは、ダンジョンコアのシステムに関係していた。
休眠中のコアは、魔力を注ぐと限定的に利用できる。ダンジョンマスターが生前に生み出したことのあるもの限定だが、ダンジョン内にアイテムや魔獣を発生させることも可能なのだ。人間の魔力では、大したものは生み出せないらしいが。そして、コアに触れた者は、それらのリストが見れるんだと。つまり、ここのダンジョンコアを再利用するときに、リストに悪魔の名前も出てしまうという事だ。
うん、こっそり悪魔の素材をいただいたとしても、絶対にばれる。そして、凄まじい嫉妬と恨みを買うだろう。
なので、悪魔の死体はギルドに任せることにした。そのためには、少々偽装工作をしないとな。エクスプロージョンの術で、心臓周辺を吹き飛ばし、胸に大きな穴を開ける。
これで、魔石はフランの攻撃で粉々に砕けて消滅してしまい、死体しか残っていませんという言い訳ができる。と思う。
魔石だけは頂きましたと言い張ることもできるが、それだと少々フランの取り分が多すぎるだろう。やはり、他の冒険者から恨みをかいそうだ。まあ、信じない奴も多いだろうけど、そこは仕方ないな。無い物は無いんだし。
剣はいただいておいた。これなら、出所を誤魔化して売れるかもしれない。最悪、鋳つぶして素材にしてしまえそうだしね。
あ、ついでにダンマスも殺っちゃいました。コアを利用するには、ダンマスが邪魔だっていう話だし。最初に身代りの腕輪を取り上げて、その後にザックリとね。身代りの腕輪、ゲットだぜ。
「勝利」
フランが拳を突き上げ、勝利のポーズをしている。ちょっとばかり卑怯な戦法だったが、格上に勝利したことが嬉しいみたいだな。
〈自己進化の効果が発動しました。自己進化ポイント40獲得〉
よし! さすが悪魔の魔石だ。
ここまでの戦闘で魔石値が2599/2800となっていたのだが、現在は3099/3600だ。実に、500もの魔石値を稼げてしまった。
『これで色々パワーアップできるな』
「ん」
〈フランのレベルが上昇しました――〉
〈フランのレベルが――〉
〈フランの――〉
〈フラン――〉
フランのレベルが8も上昇したぞ! 今回はダンマスの無能さのおかげで勝利した様なものだし、まさに棚ボタだな。
ゴゴゴ
お、どうやら扉の封印が解除されたらしい。
「おい! お嬢ちゃんいるのか?」
「こ、こりゃあ、悪魔じゃねーか!」
「ま、まじかよ!」




