387 獣人国、最後の夜
レイモンドと別れた後、俺たちはとある人物のもとを訪れていた。王城の将校サロンに併設されているバーに、押しかけた形である。
「少し、話がある」
「ほう? 私にですか? なんでしょう?」
リュシアス・ローレンシア。俺たちがバルボラで戦った邪術師、リンフォード・ローレンシアと同じ家名を持つ、大地魔術の使い手だ。
この場にはリュシアスとリグダルファ、バーのマスターしかいないが、人に聞かせていい話かも分からない。フランがチラリと両者に視線を走らせると、リュシアスはその意を理解したらしい。
「リグダルファ殿は戦友です。構いませんよ。マスターもプロですから」
つまりここで話せということだな。まあ、向こうがそう言うなら構わないだろう。
「……リンフォード・ローレンシアという名前に聞き覚えは?」
「っ! その名前をどこで……? も、もしかしてお会いになったのですか?」
「ん」
やはりリンフォードの事は知っているか。血族なのだろうか? ならば、リンフォードを倒した者の1人として、その最後を伝えておかねばならない。
だが、フランが口を開くよりも早く、リュシアスが静かに頭を下げた。
「申し訳ありません」
「ん?」
「あの男が他人に感謝されるようなことをする訳がありませんから。どうせ、碌でもない目にあわされたのでしょう?」
名前を出しただけでこの反応。リュシアスがいかに苦労しているのかが分かるな。沈痛な面持ちで、フランに頭を下げ続けている。
「息子として、謝罪させていただきます」
え? 息子? それにしてはめっちゃ年齢が離れてるんだけど。人間だよな? エルフとかならともかく、本当にリュシアスがリンフォードの息子だとすると、60歳くらいの時の子供になるんだけど……。
いや、全くあり得ない話じゃないか。フランも驚いた顔でリュシアスを見ているな。
『なあ、フラン。まさかリンフォードの息子だとは思わなかったし、別に正直に言う必要ないんじゃないか?』
(ダメ。私たちがリンフォードを倒したのは確か。子供だって言うなら、絶対に教えなきゃいけない)
「謝った程度で、許されるとは思っていませんが……」
おっと、フランが黙ってしまったのを、怒っているからと勘違いされたらしい。
「違う。息子だったことに驚いただけ」
「ああ、そういうことですか」
「それに、私も謝らなきゃいけない」
「謝る……ですか?」
「ん。リンフォードを倒した」
フランが緊張気味に告げた。俺たちは親の敵になるということだ。それでもフランは自分がリンフォードと戦い、他の冒険者とともに倒したということを、途中で多少俺に補足されながらもしっかりと語ったのだった。
さて、どんな反応をするだろうか。リュシアス自身はリンフォードを苦々しく思っていたようだが、それでも父親だ。襲いかかられるようなことはないと思うんだが……。
「リンフォードが……死んだのですか?」
リュシアスが呆けた顔で、聞き返してくる。やはりショックが大きいらしい。
「ん……ごめんなさい」
「いえ! 何を謝ることがありますか! あなたはバルボラを守っただけだ。何も悪くありません!」
「でも……」
「むしろ! むしろ……感謝を」
「ん?」
「私は長年リンフォードを追っていました。この手で引導を渡すために」
リュシアスは、邪術師の息子ということで長年迫害を受けてきたらしい。そのせいで、邪術師や邪人を憎む気持ちが強いようだな。リンフォードの事を語るその顔は、心底憎々しげである。
「父が多くの人間を不幸にするのを止め、私の代わりに止めを刺してくださった。本当に感謝いたします……」
リュシアスがその場で片膝立ちになり、右拳を左の手の平で包むようにして、顔の前に持ってくる。最敬礼のようなものなんだろう。
さすがに今回は、少し使うのを控えていた虚言の理を使っていたが、彼の言葉に嘘はなかった。本気でリンフォードを憎み、フランに感謝してくれている。
「これで、長年のわだかまりが消えました。母の墓にも、ようやくいい報告が出来ます」
その後、涙を流しながら何度も礼を言い続けるリュシアスは、リグダルファに連れられて自室へと戻っていった。
「友の悩みを解消してくれて礼を言う」
「うう……ありがとうございました」
本当に苦しんできたのだろう。勇気を出して、リンフォードの事を告げてよかった。いや、勇気を出したのはフランだけどね。
その後は、準備万端でやってきた冒険者ギルドの人間との話し合いだ。ギルド側が希望した魔獣を取り出し、演習場に並べていく。さすがに全ては無理だが、150程の魔獣をここで売り払うことができそうだった。
整然と並べられた大量の魔獣の死体を前に、ギルドの人間の顔が少し引きつっているな。強力な魔獣が心臓を一突きで殺されていたり、硬い魔獣の外殻が無残に砕かれている姿を見て、改めてフランの実力を思い知ったのだろう。中にはそれなりに強い魔獣も含まれているからな。解体や査定の担当者は戦闘力低めだし、仕方ないかもしれないが。
「で、では、明日の朝までに作業を終わらせますので! 代金もその際にお支払いいたします!」
「ん」
ただ、その恐れが畏敬に変わるのに時間はかからなかった。この辺が強い人間を素直に尊敬する獣人の良さだよね。明らかに英雄を見る目でフランを見ている。
『部屋に戻るか』
「ん」
明日の朝にはグレイシールに向けて出発だ。そろそろ寝ないと起きれんぞ。いざとなったら、俺が念動で運ぶけどさ。
なんて考えていたら、案の定ゆっくり眠ることはできそうになかった。
「フラン! 待っていたぞ!」
「メア、どうしたの?」
フランに与えられた部屋には、寝間着姿のメアが待っていたのだ。因みにメアが着ているのは白いダボダボのシルクパジャマである。似合いすぎているな。
「どうしたの? ではないわ! その、あれだ!」
「ん?」
「だから、そのだな……」
口ごもるメア。いや、今回は何を言いたいのか俺でも分かるぞ。
「お嬢様、最後の夜だから一緒に寝ましょうと、きっちり告げなくては」
「わ、わかっておるわ!」
ということでした。このコンビも相変わらずだな。
「ということで、一緒に寝るぞ!」
「ん。わかった。でも、ウルシも一緒でいい?」
「ウルシか?」
「オン?」
名前を呼ばれたウルシが、フランの影から顔を出して「何か御用で?」って顔をしている。ちょっとだけいじけた顔をしているのは、慰労会で御馳走を食べそこなったからだろう。
「今回は頑張ってくれたから、今日は一緒に寝る。いい?」
「なるほどな。構わんぞ。ウルシも戦友のようなものだしな!」
「オン!」
ウルシが嬉し気に吠える。あっさりと機嫌が直ったようで何よりである。
そしてフランの獣人国最後の夜は、メアとのガールズトークに花を咲かせるのであった。まあ、今まで戦った魔獣の話とか、死ぬかと思ったピンチ自慢だったけどね。楽しそうだからいいのだ。




