385 獣人国からの提案
暴食の宴と化した慰労会が終わった後、フランは改めて宰相レイモンドから呼び出されていた。大き目の机を挟んで向かい合う。ちょっと真面目な話っぽい雰囲気だ。
「慰労会へと参加いただきありがとうございました」
「ん」
「おかげで、ネメア殿下の評判も上々です」
レイモンドの狙いは達成されたらしい。どうも、いずれメアが王女として表に出る時のために、その評判を上げておきたいらしかった。
武力が尊ばれる獣人国とはいえ、可愛くて性格も良いと思われている方が臣下だって付いてきやすいのだろう。
「あなたの評判の方がより上がってしまったようですが……。まあ、目的は達成されましたのでよいでしょう」
それはフランのせいじゃない。いや、フランが可愛すぎたせいか?
「また、この度の戦争でのご助力、改めて礼を言わせていただきます。ありがとうございました」
「いい。当然のことをしただけ」
「ふふ。獣王陛下のおっしゃる通りのお方ですね」
「? 獣王と話したの?」
「鳥を使って手紙のやり取りをしただけです。あなたへの褒賞も決めなくてはいけませんから」
「褒賞?」
「ええ、功労者に対して、なんの褒賞も無しという訳にはいきません」
それはそうか。今回は依頼でも、誰に頼まれたのでもなく、フランが自分の意思で戦っただけだからな。褒賞をもらえるとは思ってなかった。ただ、国を救った英雄の一人としてすでに名前が広まりつつある人物に対して、労いの言葉だけというのは外聞も悪いし、褒美は与えなくてはならないんだろう。
いや、俺はさらに嫌な想像をしてしまった。転生物のライトノベルなんかだと、活躍し過ぎた主人公を紐付きにしようとして、国が無理やり爵位を与えようとするというのはよくあるイベントの1つだ。
フランが爵位を欲しがるならもらってもいいが、どう考えてもフランは貴族になどなりたがらないだろう。領地をもらっても経営なんぞできないし、貴族になったら冒険者を続けることも難しい。
「この度の戦争で比類なき活躍をしたあなたに、男爵位と領地を与えてはどうかというのが、我らの意見でした」
ああ、やっぱり! まずい、受けたくもないが、断っても角が立つ。
だが、どうやってこの場を切り抜けるか思考をフル回転させていた俺の耳に、意外な言葉が聞こえてくる。
「しかし獣王陛下から、あなたは爵位など喜ばないだろう。むしろ嫌がるはずだから止めろという指示が来ました」
おお! 獣王ナイス!
「ん。いらない」
「あなたが望めば、黒猫族の村を領地として下賜することも可能ですよ?」
「いい。グリンゴートの領主が、きっちり面倒を見てくれるって言ってた。私は貴族なんてできないから、偉くなっても皆を困らせるだけ。だからいらない」
「なるほど、分かりました」
おお、単に面倒っていうだけじゃなく、きっちりとしたことを考えていたんだな。なんか、フランの成長が実感できてうれしいぞ。
「では、褒賞の内容に関してですが……。グイーサ君、説明を頼みます」
「はい。分かりました」
レイモンドに促され、後ろに控えていた犬獣人の男性が席に着いた。レイモンドが横にずれて席を譲ったところを見るに、そういった事の責任者であるようだった。
「私は財務大臣のグイーサです」
おっと、思ったよりも大物だった! うーむ、真面目そうだ。そして融通が利かなそうでもある。全く笑っていないし、その顔つきは鋭く怜悧だ。なんというか、真面目が服を着て歩いているっていう感じ? いったい何を言われるんだろう?
「まずは双方の立場を確認させていただきます」
「立場?」
「はい。まずはフラン殿。あなたはこの度の戦いにおいて、我が国から何らかの命令を受けたわけでも、ギルド等の組織から依頼を受けていたわけでもなく、現地の協力者として戦いに参加した。間違いないですね?」
「ん」
「そうなりますと、普通ですと他の協力者と同じように、規定の報酬をお支払いする形になりますな」
獣人国では戦時における、現地協力員に対する報酬などが決められているようだった。そして、法律に照らし合わせると、今回のフランは他にもいた協力者たちと同じ扱いということになるらしい。
戦果の違いを考えなければ、そうなるのか? 例えば、俺たちは魔獣との戦闘に携わったわけだが、中には傷病者を徹夜で診続けた旅の医術師や、無償で物資を提供した商人などもおり、一概に戦果という括りでは測れないということだった。
また、目撃者が王族とは言え、戦果の正確な集計もできていない。これはフランがダメということではなく、他にも人目のない場所の防衛などに貢献した傭兵や冒険者たちが大勢おり、彼らが納得しないだろうということだった。下手したら自分たちの戦果を水増しして報告しかねない。
つまり、フランだけを特別扱いすると、他にもいた協力者たちが納得しないということなのだろう。もしくは、他の協力者も特別扱いしなくてはいけなくなる。
つまり、色々頑張ったみたいだけど、報奨金には期待しないでねってことか?
「ん。別にそれで構わない」
フランがあっさりと頷く。もとより褒美のために戦った訳ではないし、得るものだって多い戦いだった。他に頑張った人たちもいるのであれば、同じ扱いでも構わないと思っているんだろう。
まあ、国と揉めても良いことはないし、わずかでも報酬が貰えるならいいか。そう思っていたら、レイモンドがやや焦った口調で再度口を開いた。
「と、とは言え、我が国としては貴方を蔑ろにすることはあり得ない。それは分かっていただきたい」
どうも、フランがあっさり了承したことに焦っているようだ。
「そうですな。フラン殿の功績を他の者と同一に扱ってしまえば、今後協力者など現れなくなるでしょう」
彼らとしても、フランの功績が断トツなのは分かっているようだ。しかし、法やしがらみ等、様々な事情から、単純に特別扱いにはできないということなのだろう。
「そこで、提案です。幸い、あなたにはネメア姫が同行していました。そこで、あなたがネメア姫の命令を受けて、魔獣の軍勢を食い止めたということに致しませんか?」
「どういうこと?」
首を傾げるフランに、グイーサが説明してくれる。
「説明させていただきます。まず、この提案を飲んで頂いた場合のデメリットは、フラン殿の功績の一部がネメア姫様に奪われてしまう事。あとは、我が国に好意的だということが対外的にも明らかになる事。まあ、我が国と敵対している国への渡航などに制限が付く可能性がありますな。今のところ、バシャール王国程度ですので、あまり気にする必要はないとは思いますが」
「なるほど」
「メリットとしては、それによってあなたの功績を大々的に喧伝する必要が出ますので、フラン殿が目指しているという黒猫族の地位向上には良い効果が見込めるでしょう」
フランの功績が英雄的であればあるほど、そのフランに権限を与えて戦いを任せたメアの功績にもなるからな。そして、黒猫族のフランが国を救ったという話が美談となって広まれば、黒猫族を見る目も良い方へ変わる事だろう。
「また、王族の特命を受けていたということにすれば、他の協力者との差別化が図れます。特別に褒賞を与えたとしても、許される」
そういうことか。確かに、ネメアの命令があったことにすれば、特別な報酬という名目も付く。王族を救ったとか、そういう功績も付加できるかもしれない。
まあ、フランが仲間の黒猫族の為に単身で立ち向かったという話が、ネメアの命令があって戦ったことになってしまうが、そこは些細な問題だろう。むしろ、国が進んでフランの功績を称えてくれるなら、黒猫族やフランにとっては都合がいい。
(師匠?)
『さて、どうしようか……』
もらえる褒賞にもよるかな? とりあえずなにをくれるつもりなのか聞いてみよう。




