375 一路王都へ
戦争の顛末をマルマーノから聞いた後、フランは最も気になっていることを尋ねた。
「メアはどうしてるか分かる?」
そう、メアたちが今どこで何をしているのかということだ。だが、マルマーノは申し訳なさそうに首を振る。
「分かりませぬ。姫様は南方の戦場へ向かうと、グリンゴートを出たきりでして」
「無事なの?」
「それも分かりません。お強い方ですので、無事だとは思いますが……」
「そう」
「詳しいことが知りたければ、王都へ行くとよいでしょう」
やはりそれしかないか。ミューレリアの遺言も気になる。ロミオという少年を助けてほしいとか言ってたんだよな……。
しかし、はいそうですかと王都ベスティアへ向かうことも躊躇われる。
「この町は平気なの?」
グリンゴートには黒猫族が避難しているからな。この都市の安全を無視して旅立つなんて、フランにできっこない。
「心配してくださるのですか? ですがご安心ください。戦争が終結し、我が都市から派遣した騎士や兵士たちがすぐに戻って参ります。志願した冒険者たちも同様でしょう。彼らが戻ってくるまでの間、都市に籠るための食料にも問題は有りません」
ということらしかった。まあダンジョンの魔獣がいなくなった今、それ以前の状態に戻ったってことだからね。食料にも不安が無いとなれば、そうそうグリンゴートが危機に陥るような事にはならないだろう。
「グリンゴートはもう大丈夫です。黒猫族のこともお任せください。悪いようには致しませんので」
マルマーノがフランの背中を押してくれたな。多分、フランの不安が分かるんだろう。
「お願い」
「お任せください」
その後、マルマーノに1泊していってほしいと言われたんだが、俺たちは出立を急ぐことにした。マルマーノの居城ではなく、黒猫族の下に1泊してもよかったんだが、フランが先を急ぎたがったのだ。
黒猫族たちの無事と安全が確認できた以上、次はメアたちの無事を知りたいんだろう。俺たちはこれから日が落ちようとしている中、黒猫族たちに見送られながらグリンゴートを出立したのだった。
兵士さんたちはかなり心配してくれたが、ウルシが居ればたいていの魔獣はどうにかなる。格下だったら暗黒魔術で倒せばいいし、そもそも雑魚ではウルシの足に追いつくことはできない。同格以上であれば、察知能力の高さを生かして回避も出来る。
「スースー」
フランなんて、もうウルシに乗っての強行軍に慣れっこだからね。その背の上でもぐっすり眠れるほどだ。毛とベルトをしっかりと掴みつつ、その毛に埋もれて寝息を立てている。念動の支えも必要なさそうだな。いや、念動を切ったりはしないけど。
寝る前には器用にゴハンも食べていた。それも串焼きとかパンじゃなくて、スープとパスタだ。上手くバランスをとりながら、フォークとスプーンで食べていた。
もはやウルシの背の上で生活できるレベルなんじゃなかろうか? 寝食に問題はない。
後は――お風呂? いや、さすがに風呂は無理だな。でもシャワーなら行けそうだ。ウルシはびしょ濡れになるけど。でも、風の結界を張ればそれも防げそうだな。
まじでウルシの背の上でも大抵のことはどうにかなりそうだ。まあ、ウルシにはいい迷惑だろうが。
「オン」
『どうしたウルシ?』
「オ、オフ」
ああ、どうやら抱き付いて寝ているフランの腕が、チョークスリーパー気味にウルシの首を絞めているらしい。巨大化中であるが故に、フランの手がいい具合に首に入っているようだった。
『がんば?』
「オ、オフ?」
『いや、下手にはがしたらフランが起きちゃうだろ? だからがんば?』
「オ、オン!」
別に、俺が改修で苦しんでいる時にフランは俺に付いていてくれたのに、ウルシはグッスリ眠っていたからって、仕返ししているわけじゃないよ? 本当だよ?
「う~……む~」
「ヒャイン!」
『がんば』
「キャインキャイン!」
そんなやりとりをしつつ、夜空を突き進んでいると、翌日の朝には王都へとたどり着けていた。
戦火に巻き込まれた形跡はない。以前に訪れた時と、全く同じ姿の王都がそこにはあった。門の外には、入場を待つ商人や冒険者の行列ができている。そこも以前と全く変わりがない。戦争の余波は、王都にはほぼ及んでいないようだった。
『手前で降りよう』
「オン!」
「師匠、あそこ」
ウルシに王都の手前の平原に降りるように指示を出していると、すでに起床していたフランが空の彼方を指す。
『なんだ? あれは――ワイバーン?』
「ううん。メア」
『そうか! リンドか!』
しっかし、良く判別できるな。見ただけでは、ワイバーンか何かが飛んでいるようにしか見えないんだが。
俺は改めて遥か遠くを飛ぶ影に対して、全方位察知を使用してみる。すると、微かに覚えのある魔力を感じ取ることができた。間違いなく、リンドだ。
『あんな遠くなのに、よくわかったな』
「友達は間違えない」
シンプルなお言葉でした。
『そ、そうか。まあいい。ウルシ、降りるのは止めだ。メアたちに合流するぞ』
「オン!」
あちらもこっちに気付いたようで、王都へ向かっていた進路から微妙に外れ、俺たちの方へと向かってくる。互いに高速で空を移動しているからな。あっと言う間に互いの距離が近づいてきた。
この距離ならもう間違えようがない。メア、クイナ、リンドであった。ミアノアはいないようだ。
「フラン! 師匠! ウルシ! 久しぶりだな!」
「ん!」
リンドの上からメアが手を振っている。ウルシとリンドは示し合わせるように、平原の一角へと向かって高度を下げていった。
地面に降りると、メアがリンドの背から飛び降りて駆けてくる。フランも同様だ。
「フラン!」
「メア!」
2人はまるで久しぶりに会う女子高生のように、手を繋ぎ合ってピョンピョン飛び跳ねている。そのキャッキャとはしゃぐ姿は、どちらも年相応のものだった。




