374 戦争の結果は?
黒猫族の皆への説明が終わった後、その場に騎士たちがやって来た。どうやら黒猫族たちの集団号泣を聞きつけたらしい。
「何やら騒ぎが起きていると通報があったのだが……」
「な、何があったのだ?」
「責任者はいるか?」
どうやら他の避難民が騎士に通報したらしい。まあ、何が起きたのかと思うよね。
村長が騎士たちに事情を聞かせると、彼らの視線がフランに向いた。ただ、それは騒ぎの元凶を睨む様子ではない。むしろ目を輝かせ、フランを見ていた。
「貴女が黒雷姫殿ですか!」
「お噂は聞いておりますよ」
グリンゴートの領主マルマーノや、俺たちが戻る少し前にこの都市を訪れたメアがフランの武勇伝を色々と伝えてくれたらしい。
フランは騎士たちに是非にと頼まれ、領主の館に向かうこととなった。道中でフランの姿を見た多くの獣人たちが、その場で固まったり、跪いたり、拝み始めたりするのでちょっと困ったね。
黒雷姫の噂はグリンゴートの獣人の間で広く知られているらしい。どうも、黒猫族たちが黒雷姫の素晴らしさを宣教師の如く説いて回ったらしかった。
さらにメアのもたらした情報により、黒雷姫が魔獣殲滅の先頭に立ち、命を削って獣人国を守ったという話も知られているようだ。そんな中、進化した黒猫族が歩いていればあっと言う間に正体がばれるのも当然だった。
そうやってグリンゴートの住人たちに見送られながら領主の館にたどり着くとすぐに応接室へと通され、領主のマルマーノと面会できた。
戦時中ということで、重装鎧を着込んだ勇ましい姿だ。魔獣襲撃の夜に面会した時に見たネグリジェ姿とは違うな。
「ようこそいらっしゃった黒雷姫殿!」
「ん」
「ご活躍は王女殿下よりうかがいました! グリンゴートを救ってくださり、ありがとうございます」
「仲間を守りたかっただけだから」
「それでも、我が都市が救われたことは確かです。万を超える魔獣の群れを蹴散らし、邪人どもを殲滅したとか!」
メアが大分大げさに伝えてくれたらしい。確かに万の魔獣の群れを足止めし、倒したことは確かだが、マルマーノが聞いた話は大分誇張と美化が入っているようだな。
マルマーノがメアに聞いたフランの防衛戦の話を目を輝かせながら語る。一振りで千の魔獣を斬り殺し、魔術の一撃で万の魔獣を打ち倒すって、どこの英雄だ。神剣を持ってても難しいんじゃないか?
「いやー、強大な魔獣たちの威を前にして、恐怖に震えながらも、同胞のために涙をぬぐって立ち上がる黒雷姫殿の可憐な姿! 直接見てみたかったですな!」
誰の話だ。大幅には間違ってはいないんだけど、フランのことじゃないって感じ? メアもなんだかんだでフランのこと大好きだったからな。大げさに語って聞かせたんだろう。
そして、マルマーノが深々と頭を下げた。
「あなた方の頑張りのおかげで、グリンゴートだけではない。我が国が救われた。改めて、礼を言わせてください」
「さっきも言った。特別なことはしてない」
「ふははは。貴方が特別ではないとなれば、我が配下に褒美もくれてやることができませぬ。よいですか。あなたは凄い事をした。増長しろと言っているのではありませんぞ? ですが、手柄は手柄として、きっちり自覚なさいませ。そうでなくてはむしろ余計な敵を作る事にもなりかねませぬ」
急に真顔になったマルマーノが、真剣な声色でそう忠告してくれる。だが、彼の言う言葉にも一理ある。
フランが自分は何もしてない。当たり前のことをしただけだと言って賛辞も何も受け取らなければ、他の兵士や騎士たちも胸を張って褒美を受け取り辛いのではなかろうか?
それに、マルマーノは気の良い男だから問題ないが、貴族の中にはフランの態度を不快に思う者もいるはずだ。そういった相手には下手に遜るよりも、多少は手柄を誇った方が嫌われずに済むかもしれない。
人というのは自分の物差しで他人を測るものだからな。欲もなく、どう操ればいいか分からない一騎当千の不気味な少女よりも、褒められれば調子に乗る、年相応の操りやすい冒険者という評価の方が貴族には警戒を抱かれないだろう。
「ん。わかった」
「そうですか! いやいや、申し訳ありませぬ。急に説教のような事を」
「ううん。わたしのためにありがとう」
「黒雷姫殿は器も大きいらしい! いやー、さすがですな!」
「ほめ過ぎ」
「がははは。北から挟撃されていれば、我が国は危機的状況に陥っていた。その片方を防ぎ、ダンジョンを破壊して魔獣を消滅させたというのは、此度の戦争において比類なき功績。黒雷姫殿、ネメア殿下、キアラ様は救国の英雄と呼ばれても不思議ではない。伍する者がいるとすれば、南部戦線で獅子奮迅の働きをした2将くらいでしょうか」
南部戦線。その話は気になるぞ。活躍した2将というのも気になるが、それ以前に勝敗はどうなったんだ? マルマーノの顔に暗い色はないので、負けたわけではないと思うが……。
「南部の戦いはどうなった?」
「我が国の大勝利に終わりましたぞ!」
「もう終わったの?」
まだ開戦から1週間くらいじゃなかったっけ? しかも互いにかなりの大軍を投入していたはずだ。下手したら数か月、数年単位で戦争が続いてもおかしくはないと思うんだが。
「元々の戦力が違うというのもありますな。動員兵数、兵の質ともに獣人国が圧倒的に勝っています」
「でもバシャール王国は魔術が凄い得意って聞いた」
「まあ、確かに。魔術的な面で言えば、魔術師の質、魔道具の開発力、共にバシャール王国には負けておりますね」
遠距離通話の魔道具は確かバシャール王国の魔術師ギルドが作ったはずだ。多分、それ以外にも有用な道具をたくさん開発しているんじゃなかろうか。だとしたら、兵士の数で勝っていても、圧倒的に勝利できるとは言えないんじゃないか?
そう思っていたんだが、一般兵が弱兵過ぎて魔術面での優位を全く生かせないそうだ。
「何といいますか、種族差もありますがそれ以上に意識の差が大きいのでしょうな」
「意識?」
「ええ」
勿論、獣人と人間を比べたら、獣人の方が戦闘力が高い。だがそれだけではなく、両国の末端の兵士の意識に大きな違いがあるそうだ。
「我が国では常備兵も多いですが、戦争となれば農民などからも兵士が集められます」
まあ、この世界でそれは当然の話だよな。むしろ、常備兵と騎士は平時の治安維持や、魔獣討伐などがメインの仕事であって、彼らだけで戦争を行うには圧倒的に人手が足りていないのだ。
「ですが、我が国とバシャール王国では、徴兵の時からすでに差があります」
「どんな差?」
「バシャール王国は各村に徴兵官という役人を派遣し、無理やりに兵士を集めます。各村では嫌々ながらも国に逆らえず、兵士を差し出すそうです」
当然の話だろう。誰だって家族を危険な戦場に送り出したくなどない。
「ですが、獣人国の場合はそんなことをする必要がありません。ほとんどの場合、周辺の村から志願兵が勝手に集まってきますから。中には狩りに行くような感覚でやってくる者もいます。むしろ、増えすぎた志願兵を帰す方が大変なほどなのですよ」
さすが戦闘民族。一般の方々も中々に猛々しいらしい。
「両国ともに主戦力は半農兵ですが、バシャール王国の兵士は自らを農民と考えています。そして、出たくもない戦に無理やり連れて来られたと思っている。ですが、我が国の兵士たちは――特に開拓村の者たちは本職が兵士で、普段は兵站に必要な物資を作っているという感覚なわけです」
なるほど、兵士の戦意が圧倒的に違うわけか。しかも、獣人国の兵士たちは普段から鍛錬も欠かしていないらしい。黒猫族は特別に弱いと思われているので、そういった雰囲気とは無縁だったが……。
他の種族は一般人でも兵士としての気構えがきっちりできているんだろう。
「確かにバシャール王国の魔道具は優秀でしょう。ですが、結局は兵士の差が戦の差となるのですよ。まあ、今回のように、裏をかかれる場合もありますが……」
戦に確実はないってことなんだろう。
「ですが、逆に言えば奇策が無ければ戦力差をどうしようも出来ないということでもあります。北からの侵攻に失敗したという情報が伝わった途端、バシャール王国軍は総崩れしたそうですよ」
その戦いで活躍したのが、獣人国でも有名な大地魔術師と、白犀族の現族長であるらしい。援軍がたどり着くまで激戦の中、寡兵で国境線を堅守し、撤退するバシャール王国軍に対して痛撃を加えたそうだ。
戦士としてだけではなく、指揮官としても優秀な人物たちってことなんだろうな。




