373 またまたグリンゴート
アリステアの館を出発した俺たちは、一路グリンゴートを目指していた。黒猫族も無事に避難できたかも知りたいし、戦争の情報も仕入れたいのだ。
「見えた」
「オン!」
朝に出発して、昼過ぎにはグリンゴートを視界に捉えていた。
「城壁がちょっと壊れてる」
『ああ、かなりの激戦があったみたいだな』
キアラやメアたちが魔獣の群れをある程度殲滅したとはいえ、討ち漏らしは当然あるだろう。そいつらがグリンゴートに襲いかかったに違いない。
かなり激しい戦いがあったことは、城壁や周囲の惨状から分かる。城壁には焦げたような跡があるし、周囲の森林の一部も焼失している。それだけではなく、木々は押し倒され、抉れた大地がそのまま残されていた。
だが、城門は傷ついているものの破壊されずに残っているし、城壁の上には兵士が巡回している姿が見える。都市の中に入り込まれることは阻止したらしい。
とりあえず俺たちは城門より少し手前に降りたつことにした。以前であれば町へ入るための審査を受けるための長蛇の列ができていたはずなのだが、今は城門は固く閉ざされ、人の姿は一切ない。
ウルシの背から降りて俺たちだけで城門に近づくと、城壁の上にいた兵士から誰何の声がかけられた。
「な、何者だ!」
同時に複数の弓がこちらに向けられているのも分かる。
『フラン、殺意は感じられない……多分』
「ん」
全存在感知が仕事をし過ぎて情報過多だが、城壁の上の兵士に殺気はないと思う。ただ、かなりの警戒と、怯えがあるな。
「フラン。冒険者」
「お前のような――」
「おい! 待て!」
さらに声を上げようとした兵士を、隣にいた同僚が慌てた様子でとめる。
「なにをするんだ!」
「あ、あの方は大丈夫だ!」
どうやらフランを覚えている兵士がいたらしい。これは余計な時間を使わなくて済みそうだな。
結局、その兵士によってフランの身元が確認され、都市の中に入ることができたのだった。中は大分人が多いな。ただ活気は全くない。なぜなら、その多くが周辺の村から逃げてきた避難民だからだ。
中央通りの両側にゴザを敷いて、家族で身を寄せ合っている。着の身着のままで慌てて逃げ出してきたのだろう。笑顔などなく、ただ疲れた表情で座り込んでいる者たちがほとんどであった。
ただ、通りを歩いて領主の館に向かっていると、他の避難民の寄り合い所帯とは様子の違う一角があった。ここはテントなどが規則正しく張られているし、簡易的な調理場まで作られている。そして、そこでは皆が気楽な様子で談笑をしていた。
『領主の館で場所を聞く手間が省けたな』
「ん!」
そこはシュワルツカッツェからの避難民たちの集まった区画だ。魔獣の群れから逃げ出すときも感じたが、黒猫族は逃避行に本当に慣れているらしいな。明らかに事前準備が行き届いているし、こう言った場所での順応力も他の獣人に比べて高いようだ。
さすが逃亡を続けた流浪の民である。シュワルツカッツェという安住の地を得ても、その逃げ上手っぷりは失われていなかったらしい。
フランが見覚えのある男性を発見して駆け寄る。
「村長!」
「おお! 姫様! ご無事でしたか!」
「みんな! 姫様が戻られたぞ!」
「姫様! お帰りなさい!」
皆が凄い笑顔で出迎えてくれる。フランは少し戸惑っているようだが、それ以上に喜びの想いが大きいのだろう。
「ただいま」
はにかみながら、皆にうなずいてみせる。やばい、メチャクチャ可愛い。その感想は黒猫たちも同じであるようで、全員が相好を崩してニコニコと笑っていた。
フランは黒猫族にとっては英雄兼アイドルだからね。あっと言う間に黒猫族の人だかりに囲まれてしまった。
「これこれ、皆で押しかけては姫様もお困りになられるじゃろう。あまり寄ってくるでないわ!」
「えー、村長だけ姫様と話すのズルい!」
「そうだそうだ!」
「えーい! うるさいわ! とにかく今は散れ! まずは姫様にお寛ぎ頂くのが先決じゃろうが!」
「はーい」
「ちぇ~」
村長が黒猫族たちを解散させてくれた。そして、そのまま黒猫族のテント村の中央に設けられた広場のようなところに案内してくれる。
「ささ、どうぞ。このような椅子しかございませんが」
「ん。ありがと」
「おい、お茶をお持ちしろ!」
広場には椅子に座ったフランと、その前の地面に胡坐をかく村長。そしてそれを囲む村の顔役たちが残っている。まあ、その周囲は黒猫族で埋まっているが。
「して、外では何があったのでしょうか? 村はどうなりましたかな?」
まあ、それが知りたいよな。当然、俺たちもグリンゴートに来る途中にシュワルツカッツェの状態は確認して来た。
「村は無事。壊れた家もほとんどない。魔獣も全部退治したから、いつでも戻れる」
「ほ、ほんとうですか?」
「ん」
「そうですか!」
「やったあ!」
「さすが姫様!」
「姫様ばんざい!」
フランが村の無事を教えた瞬間、村長を含めた黒猫族たちの喜びの感情が爆発したようだ。地響きのようなどよめきが起き、次いでドーッという歓声が上がる。彼らにとっては1番の懸念がそれだったのだろう。
「ありがとうございます! ひ、姫様が魔獣を退治してくれたのですか?」
「私だけじゃない。メアとかキアラたちも一緒」
「キアラ様と言うと、あのキアラ様ですか?」
「知ってる?」
「当然ですじゃ! 我等黒猫族にとって、姫様に並ぶもう1人の英雄ですからな!」
そうか、知っていたか。
「皆が喜んでくれて、キアラもきっと喜ぶ」
「それで、キアラ様はいずこに?」
「ん……キアラは――」
フランが言葉に詰まる。その姿を見ただけで、村長を含めた皆がキアラの死を悟ったらしい。沈痛な表情で口をつぐんでしまう。だが、フランはそのままキアラの最期を語って聞かせた。誰もが静かにその言葉を聞いている。
村長は若い頃にキアラに世話になったとかで、途中で大声を上げて泣き出してしまった。他にも、すすり泣く声が黒猫族たちの中から上がる。
だが、フランは最後に笑って話を締めくくる。
「皆、泣いてもキアラは喜ばない。皆が笑って、自分の事を英雄だって褒めてくれた方が嬉しいに決まってる」
「ひ、姫様……! そう、そうですな!」
「ああ、姫様の言う通りだ!」
いきなり笑うのは無理なようだが、少なくとも暗い顔で泣く者はいなくなったな。フランの影響力の強さの凄まじさを思い知ったぜ。フランが自分で涙を拭い、僅かでも笑顔を見せたことも大きいだろうが。
とは言え、それでも大勢の黒猫族が一斉に咽び泣いているのだ。その様は異様でしかなかった。だって、周辺の他の種族の皆さんが、不気味な物を見るような目で見ているからね。
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