368 神誕世界
食後、まったりしながらアリステアたちと話をする。
『俺が呻いている間に、何かあったか?』
「何かと言われてもね。師匠が気になってるのは戦争の行方だろ?」
『まあ、一番はな。獣人国が負けてたら、フランも悲しむだろうしさ』
「すまんな。分からない。ここは外界の情報が入ってこないから」
そりゃあそうか。国の外れも外れだし、誰かが情報を届けてくれるような場所でもない。しかもアリステアは俺に何かあった時のためにスタンバイしてくれていたわけだしな。
アースラースは――国同士の諍いなんぞ気にするタイプじゃなさそうだ。というか、まだいたんだな。
『アースラースはアリステアに用事があるのか?』
「どういうこった?」
『いや、5日間もここにいるんだろ?』
そう言ったら苦笑されてしまった。なんと最後に俺に礼を言ってから出立するつもりだったという。悪いことを聞いてしまったな。それにしても律儀な奴だ。
「前も言ったが、恩に感じてるんだ。何も言わずに出て行くわけにはいかんだろ」
『そういえば狂鬼化はどうなってるんだ?』
「もう復活したよ。だが、戦闘をしてない状態だからな。しばらくは安心できる」
やっぱり数日で復活しちゃうんだな。俺がスキルテイカーで奪った上で改修で消滅したから、アースラースには復活しないんじゃないかと思ったんだが。そう上手くはいかないってことか。アースラースの内から勝手に生まれてしまうってことらしい。
「ああ、あとフランの装備に関してなのだが」
『それは俺も気になってたんだ』
実はフランはいつもの黒猫装備ではなかった。今はまるでパジャマのような、ダボダボの布の服とズボンを身に着けていたのだ。
サイズが全くあっていないので、裾や袖を大分折って着用している。折っていなかったら萌え袖どころの話じゃないだろう。
多分アリステアに借りたのかね? 性能はかなり高かった。黒猫装備には及ばないが、そこらの革の鎧よりは遥かに強力だった。盗賊のナイフくらいなら簡単に防ぐと思う。
『黒猫シリーズはどうしたんだ?』
「あれはかなりいい防具だな。だが、度重なる激戦で、かなりガタが来ていた。自動修復機能なども相当低下していたはずだが、気付かなかったか?」
『まじか?』
今回の戦いは激戦だった。フランの防具も破損しては自動修復され、直っている最中にまた破損という感じだったのだ。そのせいで、防具の自動修復機能が低下していることにも全く気付くことができなかった。
俺も自身が剣の体になったから分かるが、魔道具の機能というものは劣化する。俺が長い間をかけて処理能力が圧迫されていたように、魔道具は使えば使うほどスペックが低下していくものなのだ。
「修復……ではないな。あれも改造中だ。正直、お前らが強くなって、その激闘に耐えられなくなっていたようだしな」
確かに、黒猫シリーズを手に入れた時に比べて、戦う相手も強くなり、戦闘の規模も大きくなったことは確かだ。神級鍛冶師のアリステアから見たら、そういった強敵とやりあうには黒猫シリーズでも物足りないと感じてしまうのかもしれないな。
「フランとも相談したが、アタシが手を入れさせてもらうことになった。制作者に無断で改造することになっちまうが……。お前らの命には代えられん。この後会うんだろう? アタシが謝っていたと伝えてほしい」
うーむ。ガルスには悪いが、俺としても神級鍛冶師のアリステアに強化をしてもらえるのは有り難い。ここは不義理ではあるが、アリステアの提案を飲むべきだろう。フランもそう判断したに違いない。
『わかった。ガルスには俺から謝っておく』
「たのむよ。あの防具の方は、すでに下準備は終わっている。今日から改造を始めれば明後日には終わるだろう」
『すぐに作業を始めてもらえるのは嬉しいが、大丈夫なのか? 5日寝てないんだろう?』
「大丈夫さ。10日寝なくても平気なんだ。7日徹夜程度は普段からやってる」
お元気そうでした。だったら、頼んでしまおう。
『よろしく頼む』
「ああ。最高の防具にしてやるから、楽しみにしてな」
アリステアは本当にいいやつだな。フランじゃないが、俺も彼女をかなり気に入っているみたいだ。
ただ、俺はまだアリステアに重大な秘密を隠している。それは俺が異世界の人間だったということだ。散々解析などをしてもらっておいて、重要な秘密を明かさないままというのは不義理になるのではなかろうか? そう思い出すと、罪悪感がハンパなかった。
だが、フランに断りなく俺の秘密を明かすわけにはいかない。フランが目覚めたら、相談してみよう。俺は作業に戻るというアリステアの背中を見ながらそう思った。
「ん。いいよ」
『あっさりしてんな!』
「だって、師匠はアリステアに教えたい」
『まあ、そうだな』
「じゃあ、いいよ?」
『結構デカイ秘密なんだが……』
相談してみたらあっさりとしたものだった。俺の秘密なんだから、俺が話したい相手に話せばいいというスタンスらしい。まあ、俺もフランにはいつもそう言ってるからな。
「それに、私もアリステアに秘密にしたくない」
作業場に下りると、アリステアはちょうど休憩中のようだった。椅子に座って、汗を拭っている。
「アリステア、話がある」
「お? なんだい? もしかして師匠に何か変化があったか?」
『まあ、変化というか、まだ話してないことがあってな。聞いてもらえないか?』
俺たちの真剣な雰囲気が伝わったのか、アリステアはその場で居住まいを正した。
「師匠のことは解析済みなわけだが、まだ秘密があるっていうのか? ある意味神剣以上に特異な存在である師匠の秘密とは、なかなか胸が躍るじゃないか」
そして、期待の籠った瞳で俺を見つめてくる。
『あー、その……頭がおかしいと思われるかもしれないんだが……。その、だな……。俺は元々人間だったってことは話しただろ?』
「ああ」
『だが、単に元人間だったっていうだけじゃないんだ。実は俺は、こことは異なる世界で暮らしてたんだ』
「うん? 異なる世界? 異世界ってことか? つまり師匠は元異世界人?」
『まあ、そうなるな』
「それはもしかして、神誕世界のことなのか?」
アリステアが驚愕しているが、俺の思っていた驚き方とちょっと違うな。結構あっさりと、俺が異世界人だったと信じてくれたようだ。それにしても、神誕世界? なんだそりゃ?
アリステアに聞いたら、説明してくれた。どうやらこの世界の神様たちは、違う世界からこの世界にやって来て、大地や生物を作ったとされているらしい。
まあ、明確に語られているわけではなく、一部の神話などで語られるだけみたいだが。その神々が生まれ、元々いた世界を神誕世界と呼ぶそうだ。
『いや、どうだろう? そもそも、俺が生まれ育った世界は魔法もスキルもない世界だったからな。よく分からん』
「なに? ではどうやって物を作る?」
俺はしばらく、地球の文化や技術について、アリステアに求められるがままに説明を続けた。まあ、俺は元はしがないサラリーマン。専門的な事にはほとんど答えられないけどね。
彼女は好奇心が非常に強いようで、気になったことはバンバン質問してくる。スキルなどの恩恵がなくとも高い技術力を得るに至った地球に、強い興味があるようだった。
「いやー、興味深い! いつまでも聞いていたいな!」
『俺としては、あっさり信じてもらって、肩透かしだよ』
「神誕世界の逸話を知らなければ、こうはいかんよ」
『その神誕世界の話だって、真実かどうかわからないんだろ?』
「私は本当だと信じているよ。神級鍛冶師だからな」
「ん?」
神級鍛冶師がどう関係するのかと思ったら、なんと神級鍛冶師の成り立ちがその神誕世界神話に語られているらしい。
神話の中で、剣の神が神誕世界に置いてきた自らの分身とも言える武器を召喚し、邪神と戦ったという一説があるそうだ。その剣神の剣が神剣の元になっているらしい。つまり、最初の神剣は始神剣アルファだが、アルファはその剣神の剣を模したことから始まったのだ。
「まあ、今ではその神の名も、剣の名も分からないがな」
どうやら長い間に伝承が失われてしまったらしい。
「おっと、少し話が逸れたな。ともかく、アタシは異世界の存在を信じているし、そこからこの世界にやって来る存在がいるということもあり得ると思う。まあ、師匠が本当に神誕世界からやって来たかはわからないが……」
『確かに、世界がたくさんあってもおかしくはないか』
「ああ。だが、師匠が剣に封じられた理由はもしかしたらそこにあるのかもしれないな。何か心当たりはないのか?」
『全然。異世界人であるからと言って、特殊な力があるわけじゃない。異世界人であるということが特別なのかもしれないが……』
「そうか……。そりゃあ残念だ。まあ何か分かったら教えてくれよ」
『勿論だ』
むしろ、色々と相談に乗ってもらわないといけないからな。その時はぜひお願いしたいのだ。




