367 師匠の変化
俺はスキルの統廃合に満足していたんだが、アリステアが難しい顔で唸っている。
「これは、成功したと言って良いのかどうかわからんな……」
『どういうことだ? う、上手くいっただろ?』
「そうとも言えん。スキルの数が、思ったよりも減っていなかった」
あ、そういえば……。成長部分にばかり目が行ってたが、一番の目的は無駄なスキルを減らして、処理容量を確保する事だった。
「まだ150近く残ってしまっている。師匠、痛みや違和感はないのか?」
『あ、ああ。今のところは……』
上位スキルの使用に苦慮してはいるものの、使用時に痛みが走ったりすることはない。
「一度しっかり解析をしよう」
『頼む』
フランに抱きしめられたままの俺を、アリステアが解析をしてくれた。時間がかかるかと思ったが、一度詳細に解析したことがあるので、再解析にはそこまで時間がかからなかったようだ。数分後、アリステアが驚愕した様子で目を見開いている。
『ど、どうだった?』
「まさか、これほどの……師匠、お前はやはり興味深いな」
アリステアが言うには、俺の内部構造にかなりの変化が起きているらしい。
「謎の魂と謎のシステムが、ケルビムの残滓の領域に連結している。多分、不足している処理能力を補っているんだろう」
つまり、破損したアナウンスさんの担当している部分を、他の部分が補うように変化したってことか?
「あともう一点。師匠への力の流れが変わったかもしれん」
『どういうことだ?』
流れが変わった?
「まあ、ザックリ言うなら、師匠自身の成長率が大幅に低下し、その分処理に回された可能性がある。今後、魔石値が溜まってランクが上がっても攻撃力などの成長がほとんどないかもしれないな」
『え? まじか?』
せっかく能力が上がったと喜んだのに……。憧れの攻撃力1000台なんだぜ? テンション上がるだろ? なのに、これ以上の成長は見込めないかもしれないって……。
「その代わり、スキルの運用に関しては今まで以上に効率が上がるだろう。言ってしまえば、剣本体の能力を犠牲にして、スキル特化型に生まれ変わったということだ」
『うーん……。でも、フランの為にはスキルが強化される方がいいのか……』
まあ、俺の強みは剣としての攻撃力じゃなくて、スキルだからな。成長率が落ちたということは心の底から残念だが、スキルの運用の可能性がさらに広がったというのは素直に嬉しかった。それに、完全に成長しなくなったわけじゃなさそうだし、希望はまだあるよな。
「師匠の内部構造は私が思っていた以上に柔軟だったようだ。謎の魂とシステムが、まさかこれ程の変化を見せるとは思わなかった」
『なあ、それ大丈夫かな? 今度は謎の魂とか謎のシステムに負担がかかってたりしないか?』
「うーむ。そこはなんとも言えないな。だが、負担が全くないということはないだろう。それが今後どう影響するかまでは……」
『アリステアにも分からないか?』
「わからん」
まあ、俺の体は色々と分からないことだらけだしな。当面の危機は去ったということで納得するしかないか。
『完全に安心はできないけど、前よりはましになったってことだろ?』
「そこは保証しよう。師匠への負荷は大分軽減しているはずだ」
『なら、当面は様子を見るしかないか』
高みに昇れたことは間違いないし、俺の処理能力の確保にもつながったのだから、改修は大成功と言えるだろう。今は無事にフランの手元に戻れたことを喜んでおくことにする。むしろ、そこが最も重要なのだ。
ある程度確認が終わった俺たちは、2階の食堂へと戻ってきていた。アリステアがひと眠りの前にカレーが食いたいと言うので、出してやったら、なぜかアースラースにも食べさせてやることになってしまった。
「やっぱ美味いなこれは」
「ああ。毎日でも食いたいよ」
「オン!」
フランはウルシの背に乗せつつ、念動で支えながら運んだ。ウルシは途中途中でしっかり睡眠をとっていたようで、普通に元気いっぱいだった。
フランは不眠不休で見守ってくれていたというのに、この駄犬め……。美味そうにカレー食いやがって。こうしてくれる。
『ふん』
「ヒャイン!」
尻尾を引っ張ってやったぜ。
にしても、カレーが凄まじい速度で減っていくんだけど。あとでフランに怒られないよな? カレーをがっつくアリステアたちを見ていたらちょっと心配になってしまった。
チラッと、俺を抱きしめたまま食堂の隅にあるソファに寝かされたフランを見る。すると、フランの鼻がスンスンと動いていた。直後、フランの瞼がゆっくりと開く。
「……うにゅ……カレーのにおい……」
『み、みんなに振る舞ってるんだよ』
「……たべゆ……」
呂律が回ってないな。だが、それも仕方がない。寝落ちしてからまだ1時間も経ってないんだぞ? まだ凄まじく眠いはずだ。それでもカレーに反応するとは……。睡眠欲よりも食欲であるらしい。
俺はカレー皿を取り出してやる。ただ、フランが起き上がらないな。
「むゆみゅ……」
『フラン?』
「……かれー」
眠すぎて体が動かないようだった。もうお眠りなさいと言ってやりたいが、カレーを食べるまでは気持ちよく眠れないだろう。
『仕方ない』
「ん――?」
『ほら』
俺は念動でフランの体を起こしてやる。そして、カレーをスプーンでよそって口に運んでやった。
「もむもむ……あーん」
『ほい』
「むぐむぐ……あー」
『はいはい』
親に餌をねだる雛鳥のように、口の中のカレーが無くなると口を開けるフラン。俺はその口の中にカレーを少しずつ入れてやる。
フランが寝ぼけ眼でカレーをついばむ姿は可愛いし、ちょっと楽しくなってきたぞ。結局、カレーを三杯も食べさせてしまったのだった。
「おお、あんな器用に念動を使えんのか」
「なるほど。あれなら料理も作れそうだ」
なんか感心されてしまった。どうやら俺がどうやって料理を作ったのか、疑問に思っていたらしい。俺たちはもう当たり前になってしまったが、そりゃあ俺のことを詳しく知らないやつからしたら謎だよな。




