363 二人の出会い
アリステアが改修作業に入ってから数時間。俺の中にあるシステムを利用すると言っても、その起動や制御の準備に、相当時間がかかるらしい。
相変わらず、目を瞑ったまま微動だにしなかったアリステアだが、不意に目を開き、顔を上げた。
「よし、準備が出来た。これでいつでも改修作業に入れるぞ」
そう言って、額の汗をぬぐう。数時間も飲まず食わずでジッとしていたのだ。かなり消耗していると思うんだが、その顔に大きな疲れは見られない。
『なあ、休まなくていいのか? もう夜だぞ?』
この部屋にたった一つだけ備え付けられた小さい窓からは、いつの間にやら夜の闇が見えている。部屋がピカピカ明るすぎて全然気付かなかった。
「アタシは大丈夫だ。疲労も感じにくい体なのさ。とは言え。先はまだ長い。少し休憩しておくか……」
『フランも疲れただろ?』
「へいき」
「アタシが疲れたから、休憩に付き合ってくれ」
直前に疲れない体だって言ったばかりなのに。あからさまにフランを気遣ってくれている。ただ、フランもその気遣いを無にする程空気が読めない子ではないので、アリステアの言葉にコクリと頷くのだった。
「わかった」
「じゃあ上に行くぞ」
「ここじゃダメなの?」
「作業場で飯は食わせん」
そこは職人としてのこだわりであるようだった。良かった、解析の途中でハラペコのフランが料理を取り出して食べ始めなくて。アリステアの集中力がガッツリ乱れていたことだろう。というか、解析作業が中断されていたかもしれない。
「でも、それじゃ……」
フランがチラリと俺を見た。ここに俺を置いていくのが心配なんだろう。
『フラン、大丈夫だ。もう痛みもないし、心配するな』
「でも……」
『俺と違ってフランは疲れるんだし、休憩は必要だ。俺が治っても、フランがダウンしたら意味ないだろ?』
なんてやっていたら、アリステアが普通に俺を持ち上げた。
「別に、修復は一応済ませたし、激しい戦闘をしなければ動いていいぞ」
もっと早く言ってよね! 普通にしんみりしたやり取りしちゃったよ!
「ほらフラン」
「ん」
おおー、フランの背中はやっぱり落ち着くぜ。ガルス爺さん特製の鞘も。俺にジャストフィットするし、包まれてる感ていうの? もしくは我が家に帰ってきた的な? とにかく安心が凄いのだ。
「こちらだ」
アリステアに先導されて階段を上がると、そこは意外と普通の邸宅だった。多少高級な宿屋よりも豪華かもしれない。石造りの、瀟洒な別荘風の内装である。
アリステアが潜った扉の先は、食堂になっていた。大理石製の大きな食卓テーブルの前には、すでに先客がいる。
「終わったのか?」
「まだだよ。休憩中なだけだ」
「そうか……」
「おい、もっと詰めろバカ鬼」
「お、おう。すまん」
やっぱりアースラースはアリステアには弱いというか、遠慮している感じがするよな。親しさはあるんだが、それ以上にアースラースが一歩引いている感じだ。
あのキアラにさえ命令口調だったアースラースのそんな姿は、激しく違和感があった。同じ人物とは思えん。
フランも同じように感じたらしく、小首を傾げながら疑問を口にした。
「ねえ、二人は仲が悪いの?」
ど直球な質問だった。アリステアは眉根を寄せ、アースラースは困ったような顔だ。聞いてはいけない事だったか?
「仲が悪いわけじゃない」
「まあ、な……」
「じゃあ、なんで?」
やはり歯切れが悪いな。それでもフランがグイグイ行く。俺も興味があるからね、ここは止めないぞ。
「はあ、こいつが初めてアタシの所に来た時にそのバカさ加減に呆れて、ちょいと説教をくれてやってね。それ以来、バカ鬼と呼んでるだけだ」
「説教?」
「ああ、こいつ、最初に会った時、なんて言ったと思う?」
アリステアが険悪な視線をアースラースに向ける。余程酷い初対面だったようだな。その時のことを思い出すだけで、未だに怒りが湧くようだ。
「こいつはな、私のもとを訪ねてきて開口一番、「神級鍛冶師なら神剣を破壊できるだろ? こいつをぶっ壊せ」と抜かしやがったんだ!」
「あ、ありゃあ、悪かったと思ってる」
「当たり前だ! アタシら神級鍛冶師にとっちゃ、神剣は子供みたいなもんだ! 他の神級鍛冶師が作った物だろうと、特別な存在に変わりはない! あろうことかそれを壊せ? ドタマをかち割られても仕方ないよなぁ?」
「……」
アースラースは無言で額を撫でる。本当に頭を割られたらしかった。しかもその後、血をダクダクと流すアースラースを正座させ、そのまま半日説教をし続けたらしい。そりゃあ、アースラースもアリステアに対して苦手意識を持つだろう。
「神剣ガイアは、一度持ち主を定めると、その人物にしか使えん。しかも、捨てても戻ってくるんだ。自由意思がある訳ではないようなんだがな……」
一瞬、ガイアにも意思があるのかと思ったが、そうじゃないらしい。アナウンスさんをもっと機械的にしたタイプの人造魂魄が入ってるのかもね。
「なぜ俺が選ばれたのかはわからんが――最悪だと思ったよ」
アースラースの気持ちは分かる。ただでさえ禍ツ鬼に変異して狂鬼化を得てしまい、苦悩していたところに、神剣である。捨てても手元に戻ってくるというのであれば、狂鬼化が発動した時に確実に手元にあるってことだ。
ハッキリ言って、大規模破壊を撒き散らす最悪の鬼の誕生だろう。狂鬼化を封じられないのであれば、せめて神剣をどうにかしようと思ったに違いない。
「今はもう受け入れてるさ」
「ふん」
「だから、人に迷惑をかけないように、辺境で魔獣を狩ってるんだからな……」
アースラースも今では神剣を受け入れているみたいだな。だからこそアリステアも文句を言いつつ、追い出したりはしないんだろう。ただ、今さら優しくも出来ないに違いない。
「……結局、お前らには迷惑をかけちまったがな」
「……キアラはあなたに殺された訳じゃない」
「分かる。あの女が、俺に殺されるようなタマじゃないことはな。話を聞いても……いいのか?」
「ん」
「私が話そう」
「いい。私が話す。話したい」
アリステアが気を使ってくれたが、フランは自らそれを断った。わずかな間しか一緒にいられなかったが、尊敬するキアラの最期だ。自らの口で語りたいのだろう。それが最期を看取った自分の役目だとも思っているらしかった。
悪い事ではないだろう。一人で抱え込むよりも整理がつきやすいと思うし。それに、フランが語るキアラの最後は、悲劇ではない。俺から聞いた話と、自ら見た姿をありのままに語る。それは、強敵と戦い、満足げに散っていった、戦士の最期だ。
アースラースはその話を聞いて、やはり悲壮な表情は浮かべない。むしろ笑っていた。
「そうか、笑って逝ったか……。自分の全てをぶつけても勝ち得ぬ強敵と戦い、命を削り合い、笑って果てる。キアラらしい最期だよ。それに……羨ましいな」
戦闘狂どもの考えを完全には理解できんが、それでもその呟きの重みは分かる。最後に満足の行く戦いをして、戦場で死ぬ。ただそれだけのことが、アースラースには本当に羨ましいと感じているようだった。
多分、今のアースラースには無理なことだろう。死ぬような戦いになれば、狂鬼化が発動してしまうはずだ。そうなれば、何も分からぬままに相手を殺すか、自分が死ぬか。そこにアースラースの意思はない。
「アタシには、お前らの気持ちは分からん……。ただ、あいつが王宮のベッドで、弟子に囲まれつつ穏やかに死ぬ姿が想像できなかったのは確かだ」
「そうだな。その通りだ」
「剣は戦場にこそ……。武人もまた同じってことなんだろう。棚に飾られるよりも、戦場で朽ち果てる方が幸せだと感じる奴らがいるってことは……分かりたく思う」
分かると言わないところがアリステアっぽいな。
次回は4日後の更新となってしまいそうです。
申し訳ありません。
来週になれば忙しさも落ち着くはず……。




