361 フェンリル?
解析が完璧でなかったことを悔やむアリステア。
「それに、師匠が剣に封じられた理由もわからん」
『俺が封じられた理由?』
「ああ。時期的に考えると最初に廃棄神剣・ケルビムの残骸に、謎の魂が保護の意味で封じられた。その後、何者かが謎システムを構築し、謎の魂の力を剣の主人格――つまり師匠が使えるように整えた」
『ああ』
「そうした理由は推測でしかないが、謎の魂のためだと思う。魔石を吸収すればするほど強くなれるのであれば、装備者は自主的に魔石を吸収し続けるだろう。そうすることで、謎の魂の回復は早まる」
なるほどね。つまり、俺たちは剣の制作者たちの思惑通りに行動してるってことか。いや、俺は制作者側なのか? だとしたらフランが思惑通りと言うべきか?
それでも、それがフランのためにもなっているわけだから、文句は言わないけどね。むしろそういうシステムにしてくれたおかげで、俺もフランに出会えたわけだし。
ただ、次のアリステアの言葉で、俺は冷や水を浴びせかけられたような気分になった。
「だが、師匠の存在は本当に必要か?」
『え?』
「多分、師匠の魂が剣に封じられたのも、謎システムが構築されたのと同時期だろう。対になっているわけだからな。だが、このシステムに本当に師匠は必要なのか?」
「師匠は必要!」
これまで言葉を発さずに、じっと俺たちの話を聞いていたフランが、久しぶりに口を開いた。俺たちの邪魔をしないように、静かにしてくれていたんだろう。難しい話も居眠りせずにきっちり聞けるようになっただなんて、成長したなフラン! ちょっと感動だ。
そして、聞き逃せない言葉が耳に入り、思わず声を上げてしまったらしい。
「そう睨むな。別に悪口を言ってる訳じゃない。ただ、気になっただけだ。わざわざ師匠を間に挟まずとも、剣の装備者が直接剣の力を振るえるようにすればよかったんじゃないか?」
言われてみたら……。スキル共有の能力がある訳だし、アナウンスさんもいる。俺がいなくても、装備者がスキルを自分の意思で選び、力を引き出す使い方も可能なんじゃないか? あれ、俺っていらない子……?
「師匠はいる! だって、師匠がいたら頼もしい!」
『フラン……』
「ん!」
やっぱ俺はフランの剣で良かった! 心底そう思ったぞ。
「まあ、アタシだっていらないとは言ってないさ。剣が意思を持つことにはそれなりのメリットもあるしな。それに、これだけの剣を作り上げる奴らが、何の意味もなく人間の魂を剣に封じるなんて真似するはずがない。絶対に何か、師匠を剣の主人格に据えた理由があるはずなんだ。まあ、アタシの解析ではそこまで探り当てることはできなかったが……」
『いや、色々と判明したんだ。俺としてはかなり有意義だった。本当だぞ?』
自分の力がどういう物だったのか理解できたし、エルメラという名前も分かった。俺が神剣を利用して作られた存在だというのも判明した。これは大きな進展だろう。
「その師匠の役割に関係あるのかは分からないが、剣の中に1ヶ所だけアタシの解析が全く及ばない場所がある。最深部とでも言えばいいかな? 剣の最も深い部分にだ」
『全くか?』
「ああ、全く、完璧に。この部分だけは他と違って、解析や鑑定を防ぐための仕掛けがしてある」
『どんな役割があるのか、想像もつかないのか?』
「情報が少なすぎる。その役割も効果も全くわからない……。分からないばかりで済まん」
再び自嘲気味に笑うが、アリステアは本当によくやってくれたと思う。彼女でなければ、ここまでの情報は得られなかっただろう。それに、何も分からなかったわけじゃない。俺はここまでのアリステアの解析結果を聞いて、ある可能性に思い至っていた。
『謎の魂の正体に関して、少し仮説――というよりかは妄想に近いかもしれないが、ちょっと心当たりができた』
「ほう? どういうことだ?」
『まあ、あくまでも可能性の話だが――』
俺が考えた謎の魂の正体。それはフェンリルだ。まあ、伝説の大魔獣さんが俺の中に封じられてるとか、ちょっと自己評価高過ぎかなーと思うが。
俺の柄の狼のエンブレム。俺が刺さっていた台座があった場所の名は魔狼の平原。その平原に残るフェンリルの伝説。ウルシが所持している神狼の眷属という称号。謎の魂が魔獣であるという事実。
可能性はいくらでも挙げることができる。これだけの情報が揃っていれば、俺でもさすがにその可能性に思い至る程度には。
「なるほど……フェンリルか」
『どうだろう?』
「可能性はなくはない。神剣の中には、そういった魔獣等を剣に宿し、力を借りる物もあるからな。魔剣の中にも魔獣を封じて使役する、魔獣武器という種類の物もある」
『それは、魂を操ったって事にはならないのか?』
「魂だけを操るのが難しいだけだ。密接に結び付いた肉体ごと剣に封じ込めることは不可能ではない」
「他の神剣は、どんなのがある?」
『それは俺も興味があるな』
「魔獣を封じている物だと、魔王剣ディアボロス、暴竜剣リンドヴルム、蛇帝剣ヨルムンガンド、すでに破壊されてしまったが過去には金竜剣エルドラドなどもあった」
アリステアが指折り数えながら、名を上げていく。ただ、フランは違う所が気になってしまったらしい。
「神剣なのに、壊れるの?」
『それは俺も気になったな。前に見た神剣のリストの中にも、すでに破壊されたという剣の名前があったが……』
神に命じられて廃棄されたという、ケルビム、ジャッジメント、メルトダウン以外にも、破壊された神剣としてファナティクス、ホーリーオーダーという名前が記されていたはずだ。さらに今、エルドラドという名前を口にしたな。意外と破壊されてる?
「ああ、それは単純だ。神剣は滅多に破壊されない。だが例外はある。神や神級鍛冶師が直接手を下した場合。あとは神剣同士の戦いで敗れた場合だな」
言われてみたら当たり前の話だった。神剣同士なら確かに互いを破壊できるだろう。
「ファナティクスはかなりの曰く付きだがな。彼の剣を作り上げた神級鍛冶師ディオニスは、癖のある剣を作り上げる鍛冶師なんだ」
「クセ? どんな剣がある?」
「使用者を無双の戦士に変える代わりに暴走させてしまう狂神剣ベルセルク。作り上げるのに聖女を生贄に捧げたといういわくのある、悪魔を使役する能力を持った魔王剣ディアボロス。他者を洗脳して操り人形にしてしまう偽善剣パシフィスト。どこか人の欲や汚い部分を反映している剣が多いのさ」
確かに、そんな奴が作ったファナティクスも、普通の剣じゃなさそうだな。
「ファナティクスは、言ってしまえば人と人を精神で繋ぐ剣だ」
「? 何が悪い?」
『念話みたいな能力があるのか?』
人と人が精神で繋がる……。互いの思ってることが全部伝わって、争いになるとか? だが、アリステアの説明はもっとえげつない物だった。
「言い方が悪かったな。ファナティクスは支配した相手の精神を、強制的に自らに統合する能力があるんだ」
『統合? 2人の人間が1人になるのか? だとしたら食われた方の肉体は?』
「これが中々にえげつないんだ」
ファナティクスは他者の精神を自らに統合しつつも、元の肉体との繋がりも維持し続けることができた。結果、肉体は個々に動いている別の生物のように見えても、中に入った精神はファナティクスの所有者という状態なのだ。
ファナティクスの所有者が精神的に繋がった複数の肉体を同時に動かしている状態と言えばいいだろうか。ただ、ファナティクスには元々のその肉体の持ち主が統合されているので、外面は今まで通りに振る舞うことも可能らしい。
「精神ごと他人を取り込んで、融合を果たす。結果、相手の記憶や経験、感情を全て自分のものとできてしまう。だが、何十人、何百人分もの記憶を取り込んでいった者は、果たしてまともでいられると思うか?」
『無理だろうな』
「そうだ。その剣を使い続けた所有者の精神は大きく肥大し、もはや何者でもなくなってしまう。そして、最期は暴走をはじめてしまうのさ。そのファナティクスを危険視した始まりの神級鍛冶師ウルマーによって作り上げられたのが、聖霊剣ホーリーオーダー。対ファナティクス用の特化神剣だったらしい。結果、双方がぶつかり、共に破壊されてしまったという訳だ」
神級鍛冶師にも色々な奴がいて、その間には色々とあるわけだ。
『ウルマーって、確か最初に神剣を作った奴じゃなかったか? 始まりの神剣、始神剣アルファの制作者だったはずだが』
「よく知ってるな。そうだ。神の啓示を受け、史上初めて神級鍛冶師となった伝説の男だ」
『そのウルマーとディオニスは、同じ時代に生きてたのか?』
「2人は兄弟だったんだよ。ディオニスはずっと兄の相槌だったらしい」
相槌って、たしか鍛冶をするときの相棒的な奴だったよな。弟子が担当することも多いはずだ。
「だが、ディオニスは神に認められ、最高の鍛冶師と崇められる兄に激しく嫉妬した。結果、兄の仕事を見て、神級鍛冶師の技法を盗み、自力で神級鍛冶師に至ったんだ」
『それって凄くね?』
「天才だったのだろうな。ウルマーの遺した書物にも、「弟こそが真の天才だ。だからこそ、危険である」と書き記されていたというからな。結果、同時代に2人の神級鍛冶師が生まれ、多くの神剣が生み出された」
今の説明で分かった。ディオニスって奴が変な剣ばかり生み出す理由だが、兄への対抗心とか、当てつけなんだろう。正統派の剣を作る兄を超えるために、尖った能力の特化型神剣を多く生み出したに違いない。
「少し話が逸れたな。フェンリルが封じられているという可能性は絶対ないわけではないと思う」
『となると、謎の魂さんを助けたい=フェンリルを助けたい誰かが、俺を作ったってことだよな?』
「謎の魂がフェンリルであればな」
でも、今後はフェンリルの話を調べる価値が出てきたってことだよな。まあ、謎の魂さんがフェンリルじゃなかった場合は、無駄な労力になる訳だが……。その時はその時だ。
『やっぱ、魔狼の平原に一度戻ってみるか』
「ん」




