360 解析の結果
アリステアはアナウンスさんの補強作業を行いながら、再び口を開く。
「お次は謎の声についてか」
『おお、遂に』
解析はどうだったんだ? もしかして正体が分かったり、呼び出せてしまったりするのだろうか?
「とは言え、こちらはケルビムの残滓以上に分かったことが少ない」
『あ、そうなの?』
「ああ。ただ剣のかなり深い部分に、弱ってはいるが師匠とは別の魂を確かに感じ取ることはできた」
ということはアナウンスさんのような廃棄神剣の一部とかではなく、俺みたいに剣の中に封じられているってことか?
「魔石からスキルを得る能力は、元々この魂の持っていた能力だろう」
『魔石からスキルや魔力を吸収する力を持った存在ってことか? なんでその謎の魂の能力を俺が使えてるんだ?』
「そこがややこしいんだよ。師匠の内部はお前自身が想像している以上に複雑怪奇な状態だぞ?」
え? なにそれ? 複雑怪奇って……聞くのがちょっと怖いんだけど。だが、今さら後にも退けん。男は度胸、剣は吶喊!
『もっと詳しく聞かせてくれ』
「その前にまず、師匠が魔石を吸収する姿を見たいんだが、ダメだろうか?」
なるほど、確かに直接見せた方がより詳しいことが分かるかもしれないな。
「じゃあ、これ」
「この魔石をどうすればいいんだ?」
「こう、切るみたいにする」
「なるほど」
フランに渡された魔石を、フランの指導通りに俺の刀身に当てるアリステア。すると、いつも通りの吸収が行われた。弱い魔石だったせいで、あまり満腹感は満たされなかったが、間違いなく吸収できているだろう。
『どうだ?』
「ふむ、興味深い魔力の流れだ。だが、やはり私の解析は間違っていないな。結論から言おう。師匠が魔石を吸収しても、そこから直接力を得ているわけではないな」
『は? どういうことだ?』
「師匠ではなく、謎の魂の方へ魔力が流れていっている」
アリステアの説明をまとめると、こうだ。
俺が魔石を吸収すると、俺の中に封印されている謎の魂がその力を受け取る。どうやらこの魂はかなり損傷しており、未だに存在しているのが不思議なほどであるそうだ。曰く、神剣の中に封じられたことで逆に存在が守られているのではないかということだった。
そして、魔石を食らって力を取り戻したこの謎の魂から、俺へと力が分け与えられる。そういう流れになっているようだった。
「多分、この謎の魂が、謎の声とやらの正体だ。尋常なモノではあるまい。私でも解析できないレベルの、言ってしまえば格上の魂だからな」
『どこの誰かはわからないか?』
「済まない。ただ、邪悪な意思のようなものは感じられないな。むしろ進んで協力している印象だ」
まあ、この謎の魂が謎の声の正体だとしたら、敵ではないだろう。むしろ俺的には味方だと思っているし。
しかもさらにややこしい事に、自己進化ポイントで俺を強化する能力は、この謎の魂さんとは別の何かが担当しているらしかった。
『別の何かって……。謎の魂以上にあやふやな表現だな』
「それはアタシも分かってるよ。だが、そうとしか言いようがないんだ」
俺の内部ではケルビムの残滓や謎の魂が複雑に絡み合い、入り組んだ状況になっているらしいが、その中に第三の謎が存在しているらしい。この部分には魂や意思が感じられず、どちらかというと魔道具などの内部に構築された魔術プログラムやシステムに似ているんだとか。
「謎と言ったが、それは製作者や製作方法が分からないという意味で、その機能についてはある程度わかる。まあ、凄まじく高度過ぎて、解析が完全には追い付いていないが」
『神級鍛冶師のアリステアでも、解析しきれないのか?』
「正直言って。このシステムを作った奴は化け物だね。アタシはそんな職業があるかは知らないが、神級魔道具師とか、神級錬金術師とか、そういうレベルのやつがいたと仮定しなきゃ構築は不可能なレベルだ。少なくとも、鍛冶師であるアタシには一から作り上げることはできない」
『そ、それほどか』
「ああ。以前に見たことがあるダンジョンコアにも似ているかもしれない。複製も模造も不可能で、アタシが敗北感を覚えたという点ではそっくりだよ」
そう言って苦笑いを浮かべるアリステア。神級鍛冶師のアリステアが敗北を感じるレベル? それってメチャクチャ凄いんじゃないか? 興奮してきたんだけど。いったいどんな凄まじい能力があるんだ?
『おお、じゃあこの謎システムはどんな機能を持っているんだ?』
「ああ、それは――」
システムの最大の目的は謎の魂の力の管理であるらしい。さっきは謎の魂から俺に力が流れていると言ったが、間をこのシステムが取り持っているようだった。
力を取り戻した謎の魂さんから力を取り出し、俺でも使える形に変換してくれているのがこの謎システムであるのだ。まあ、謎の魂さんが協力してくれるからこそ、その力を取り出すことができているらしいが。
謎の魂の力はかなり凄まじいらしく、ただ垂れ流しにしたところでそれを俺が自力で利用するのは難しいのだ。
スキルの習得に関してもそうだ。謎の魂さんは魔石からスキルを得る力があるようだが、それを俺がそのまま使うのは普通に考えれば難しい。俺の中に封印されていて、俺と繋がりがあると言っても、元々は別々の魂だからな。
だが、謎の魂が魔石から吸収したスキルを、謎システムが俺でも使えるように変換して譲渡してくれているというのが真相であるらしかった。俺とフランの間にあるスキル共有の力は、この謎システムの恩恵であるのだ。
つまり、この謎システムによって、謎の魂の力を俺でも使える形に調整された物がランクアップであり、自己進化ポイントであるらしかった。
「ただ、なぜ魔石値という物を設定しているのかは……正直分からん。そんな設定にせずとも、もっと手軽に師匠を強化できるようにシステムを構築できたと思うんだがな」
『つまり、魔石を吸収すればするだけ、その場で強化される的な?』
「ああ、正にそんな感じだ。わざわざ魔石値などというハードルを設ける必要はあるのか?」
『段階を踏ませる必要があるのかね?』
「かもしれん。まあ、この謎システムの製作者は正直言ってかなりの酔狂者というか、悪戯心が強い者のように感じる。私が解析した印象でしかないがな。単純に趣味の可能性もあるかもしれんぞ?」
趣味って……。魔石値のおかげで色々と苦労してるっていうのに……。本当に趣味だったら、きっと凄い性格がねじ曲がった奴に違いない。
「ああ、あともう一つ。強力な邪人の魔石からは魔石値を得られなかったと言っていたな? 多分だが、謎の魂が邪気を吸収しきれないんだろう」
つまり、邪気が強すぎる魔石では謎の魂が回復しない。だから俺に力が譲渡されず、魔石値も貯まらない。邪術スキルがゲットできなかったのも、謎の魂が邪術を吸収できなかったからであるようだ。
ゴブリンなどの邪人は、邪気だけではなく普通の魔力も含んでいるから、ある程度は力を吸収できているらしい。
『えーと、本当にややこしいな。ちょっと整理しよう』
まず、俺の中にいるのは、ケルビムの残滓であるアナウンスさん、謎の魂、謎のシステム。
アナウンスさんは外部からの情報を処理する能力や、俺の内部で起きていることなどを俺に伝える役割を担当してくれている。いわゆるアナウンス能力だが、俺が剣でありながら視覚を持っているのも、アナウンスさんのおかげであるらしい。念話なども、多分アナウンスさんの能力だろうな。なんというか秘書っぽい? 秘書アナウンスさん、いい響きだね。
謎の魂は俺の中に封印されている何か。それ以上の素性はアリステアでもわからない。ただ、非常に傷ついており、魔石を吸収して回復をしているらしい。そして、回復して得た力を俺に譲渡してくれている。俺が魔石を吸収する時に快感を得るのは、この謎の魂の歓喜を感じ取っているからであるらしい。つまり、魔石を食べて気持ちよくなるのは俺じゃなかった! 変態的な性癖なのは謎の魂さんの方だったのだ! だから魔石を食べて「おほーっ!」って言っちゃうのは俺の責任じゃない!
その謎の魂からの力を俺でも使えるように調整しているのが謎のシステム。これが無くては、謎の魂から発せられる凄まじい力で、逆に俺が蝕まれてしまう。自己進化ポイントなども、この謎システムの恩恵であるようだ。製作者が誰かも分からず、しかも性格が悪い疑惑有り。
『うーん、分かったこともあるけど、より製作者に関する謎が深まってしまった気もするな』
「アタシが解析した限り、師匠の製作には最低でも四人以上が関わっていると思う。確実なのが、ケルビムを製作したと言われている神級鍛冶師エルメラだな」
『エルメラ……』
これは俺の素性を調べるにあたって、大きな情報だ。今後は、エルメラの足跡を追えば何か分かるかもしれないからな。
「あとは謎の魂本人。多分、人間ではなく魔獣の類ではあると思うが、自分の意思でシステムに組み込まれることを承諾せねば、これだけ緻密なシステムは造り上げられないだろう」
『魔獣が自分で協力したって言うのか?』
「魔獣の中には人以上の知性を持った存在もいる。それこそ神獣クラスになれば人の力など遥かに超越しているんだ。事情があればおかしいことではないさ」
バルボラでジェスチャーで謝罪をしに現れた時には人の姿で現れたからてっきり人間かと思っていたが、そうではなかったらしい。
妙に人間くさかった気もするが、考えてみればウルシも人間くさい所がある。高位の魔獣になれば、内面は人間と変わらないのかもしれないな。
「あとは謎システムを組み上げた人物。エルメラの仕事なら、同じ神級鍛冶師のアタシにわかるはずだ。絶対に違う奴だろう」
アリステアが言うのであれば、そうなのだろう。エルメラの協力者ね。神級鍛冶師でも作り上げることができない凄まじい魔術システムを作り上げた人物がいるわけか。
『残りは何だ?』
ケルビム、謎の魂、システム。いや、そもそも俺をこっちの世界に連れてきたやつがいるはずか。そして、アリステアの見立てではそれは前者の三人ではないってことなんだろう。
『俺か?』
「そうだ。師匠本人だよ。そもそも、師匠を剣に封じた存在が分からん。少なくともエルメラには無理だ。これだけ傷ついている謎の魂にも無理だと思う」
『システムを組み上げた奴は?』
「それだけは可能性がある。ただ――」
『ただ?』
「これは本当にあやふやな、神級鍛冶師の勘みたいなものになっちまうんだが、仕事のクセが違うように感じる」
『仕事のクセ?』
「ああ。謎システムの魔力回路と、師匠と剣を繋ぐ魔力回路が、同一の製作者には思えないんだ」
そこはもう、神級鍛冶師の言葉ということで信じるしかない。素人では全くわからない違いを見抜ける職人というのは、地球でもいたはずだ。
「師匠と謎の魂を剣に封じる方法が見当もつかない。謎だ……。なんか謎とか不明ばかりで済まないな。混沌の女神の眷属扱いとなっている理由も分からなかったし、全ての解析も追いつかなかった。神級鍛冶師だ何だと威張っておきながら、このざまだ。情けない」
アリステアはそう言って、自嘲気味に笑っていた。




