359 修復開始
アリステアに、俺が廃棄神剣ケルビムと関係があるのではないかという予想を聞いたが、彼女も完全な確証はないようだった。
「まあ、今は修復の方が先決だ。そろそろ外部の修復が終わる。次は内部だ」
『内部って、どうするんだ?』
「そこは神級鍛冶師の腕の見せ所だ。任せておけ。ただ、解析と修復にはかなり時間がかかる、そこは覚悟しておけよ?」
『わかった』
「フランはどうする? 正直、見ていても何もできないと思うが?」
「いい。見てる」
フランは先程と同じように答え、その場から梃子でも動かないという決意の表情でアリステアを見つめた。
「オン!」
ウルシもその横に行儀よくお座りし、アリステアを見つめる。
「好きにしな」
アリステアはそう呟くと、それ以上は何も言わなかった。そして、フランたちに背を向けて、俺に向かい合う。
「始めるぞ。まあ、師匠がすることはないが。じっとしていることが仕事だな」
『わかった』
「ふふ」
『どうしたんだ?』
「剣の修復をするときに、まさか剣に向かって動くなという日が来るとは思わなかったよ」
そう言って軽く笑った後、アリステアは真剣な表情で俺に手をかざした。
「解析眼……!」
出会った時にも使っていた鑑定系のスキルだ。魔力の籠った瞳で、じっくりと俺を観察し始める。その眼は、最初の時よりも数段真剣で、鋭かった。
「……」
「……」
アリステアもフランもウルシも、言葉を一切発さない。アリステアは集中しているが故に。フランたちはその集中を乱さぬように。ただ、互いに真剣な表情だけは同じだった。
銀色に輝く部屋の中には、2人と1匹の呼吸の音だけが聞こえていた。
「……」
「……」
どれだけの時間そうしていただろうか。アリステアの額には玉のような汗が浮かんでいる。長時間魔力を集中させて、解析作業を続けているのだ。その消耗は、静かな様子からは想像できない程に大きいだろう。
フランは相変わらず微動だにせず、その作業を見守っていた。
「ふぅぅぅ~――」
そして解析を終えたのか、アリステアがゆっくりと顔を上げ、息を吐いた。その顔には強い疲労の色が見える。
『終わったのか?』
「一応は。すまんな」
なんかいきなりアリステアが謝った。え? どうした? なんで謝ってるんだ?
『も、もしかして修復ができないとか?』
「いや、修復はできる。それは明言しておこう。ただ、これだけ時間をかけておいて、完全な解析には至らなかった。それを先に謝っておこうと思ってな」
『でも、全くわからなかったわけじゃないんだろ?』
「まあな。修復に必要な情報は問題なく集まった」
なら構わない。何か分かれば嬉しかったが、最優先は俺自身の修復だからな。いやー。焦ったぜ。
「とりあえず、修復を行いながら解析結果の説明をしよう」
『頼む』
アリステアが再び魔法薬のような物を複数取り出し、俺の脇で何やら調合し始めた。剣にあわせて魔法薬の調合まで行うらしい。鍛治だけではなく錬金術師の腕まで一流ということなのだろう。
調合を終えたアリステアが、魔法薬を俺の刀身に振りかける。すると、体の中から何かが湧き上がってくるような感覚があった。
だが、悪い感じではない。狂鬼化に支配されていたときのような、激しく、暗いものではなく、もっと温かで、優しい感覚だ。そのじんわりと柔らかいモノが、全身に広がっていくのが分かった。
「よし、魔法回路の修復が始まったな。どうだ?」
『なんか、気持ちいい。温いお湯に浸かってるみたいだ』
「さすが元人間。面白い表現だ。しかし、剣から直接感想が聞ける機会など今後もないだろうし、非常に興味深い!」
アリステアが笑顔を浮かべながら興奮気味に呟く様子を見て、山場は越えたと感じたのだろう。フランが期待のこもった目でアリステアに問いかける。
「これで師匠は治るの?」
「いやまだだ。この薬で魔法回路の大きな傷を塞ぐだけだからな。次は細かい傷や深い場所の傷を塞いでいく。これだけの難作業、以前神剣を作り上げた以来かもしれん! ふふふ、腕がなるぞ!」
やり方は分からないが、かなり精密な作業になりそうなことは予想できた。アリステアがやる気であることは嬉しいが、時間はかなりかかりそうだな。
にしても、神剣を作ったことがあるのか。神級鍛冶師なんだから当たり前なんだけど、改めて聞かされるとちょっと驚く。俺、凄い鍛冶師に直してもらってるんだな。
だが、俺の修復はまだまだ先になりそうだと理解したフランが、落胆した様子で再び椅子に座り込む。
「そう」
「まあそう暗い顔をするな。時間はかかるが、師匠は確実に元通りになる」
「ほんとう?」
「神剣を賭けよう!」
確実に成功するって事を言いたいんだろうが、神剣を賭けるって……。俺の修復に失敗したら神剣がもらえるの? それって、フランにとっては失敗した方が良い剣が貰えるってことなんじゃ……。
「いらない。それより師匠を元に戻して」
『フラン!』
いい娘! さすがフラン!
「分かってるって。絶対元通りに直すさ。まあ、その元通りが問題でもあるんだが」
『何だって?』
「いや、気にするな。今は修復に全力を傾けよう」
『? 分かった』
「とは言え、薬品によって修復が終わるまでもう少しかかる。それを待つ間に、分かったことを教えてやる」
「ん!」
『頼む』
修復が最優先とは言ったけど、知りたくないわけじゃないからね!
「あ、師匠はもう念話くらいなら使えると思うぞ?」
なに? まじか?
『あーあー、テステス。フラン聞こえるか?』
「ん! 聞こえる!」
おー、本当に使えた! 痛みもない。少しラグというか、使うときに少し発動が遅い気がするが、会話には問題ないだろう。本当に直ってきてるんだな。改めてそのことを感じて、感動してしまった。
「師匠は自分の中に2つの存在がいると言ったな?」
『アナウンスさんと謎の声だな』
「まずはアナウンスさんとやらの話からだ」
『おう』
「ん」
フランはいまいち反応が薄い。アナウンスさんの存在は知っていても、 直接話したことはないからだろう。
「かなり破損が激しいが、確かに剣と深く繋がる領域がある。剣内部全体に枝葉を伸ばす神経のようなイメージだな。情報の解析等に特化していて、本来であれば宿主――この場合は師匠だな。宿主を補助する能力があったはずだ」
『補助? レベルアップの通知設定とかは今でもあるけど?』
潜在能力解放でアナウンスさんが活躍した前も後も、そこまで大きな違いはない気がする。しかし、それは表面的な部分だけの話であったらしい。
「いや、それだけじゃない。本来は、スキルの発動を補助したり、演算を補助する役目があったはずなんだ」
『つまり、スキルや魔術の発動を手助けしてくれる能力があったと?』
「ああ。だがその恩恵に気づく前に、その部分が破損してしまった。本来は師匠がより成長してから必要となる能力だったのにな」
アリステアが言うには、俺が――この場合は剣の能力的な意味で――成長したときのために、あえて残されていた能力なのではないかという。もしアナウンスさんが万全でそのサポートがあれば、今回のように能力の使いすぎで痛みを覚えるなんていうこともなかったかもしれない。それどころか、限界を越えた時に注意してくれた可能性もあった。
だが、彼女の活躍と犠牲がなければ、俺たちは浮遊島でリッチに倒されていたはずだ。後悔の言葉は言うまい。
『それで、アナウンスさんは治るのか?』
「残念ながら無理だ。ケルビムの残滓は、今も僅かに残っていることさえ奇跡なんだ。ここまで壊れていては手の施しようがない」
残念だがアリステアができないと言うのであれば、本当にできないのだろう。
『そうか……』
「ケルビムの残滓に対しては、これ以上悪化しないように補強するくらいしかやることがないな」
『分かった』
考えてみれば初期の頃はアナウンスさんに色々とお世話になった。寂しさも紛れたし、知識も色々と得ることができたのだ。消えてしまうのが避けられるのであれば、それだけでも十分ありがたかった。
『アナウンスさんを頼む』
ちょっと仕事が立て込んでおり、次回は3日後の更新とさせていただきます。




