357 廃棄神剣
なんとアリステアは俺に関して何かを知っているらしかった。ただ、その顔には自信がなさげだ。
「ただ、確証がある訳じゃないんだ……」
「どういうこと?」
「ちょっと待て――創剣の真理、起動」
アリステアが目を閉じて集中した。そして、何やらスキルを起動する。直後、その目の前に透明で薄い板のような物が浮かび上がった。そこに文字や絵などが表示されている。
「それは?」
「神級鍛冶師の固有スキル、創剣の真理の機能の一部だな。まあ、ザックリ言ってしまえば、神剣やそれに関する知識が詰め込まれた図鑑みたいなもので、神級鍛冶師はそこから情報を引き出すことができる。情報はこうやって、外部に表示することも可能だ」
知識系のスキルなのか? でも、その情報を表示することもできるみたいだな。本当に、高性能な図鑑みたいなノリなのかもしれない。まるでホログラフィのような創剣の真理の情報表示機能を見たら、魔法やスキルというよりもちょっとSFチックな匂いさえするな。
「まあ、他人には閲覧できないようになっている情報も多いが……。どうだ? 読めるか?」
読めるかって言われても、そりゃあ目の前に表示されてるんだから――。
『ん? なんだこりゃ』
「読めない」
表示されている文字がメチャクチャだった。暗号化されてるんじゃなければ、完全に文字化け状態だ。だが、アリステアにとっては想定の内だったらしい。慌てることなく、うなずいている。
「やはりな。では、絵の方はどうだ?」
『剣が見えるな』
「ん。ちょっと師匠に似てる」
『そうか? まあ、そうかもな』
一番目立つエンブレム部分の形は全く違うものの、柄や刀身はそっくりだった。
「絵は問題ないようだな」
絵の方はアリステアが見せたかったものがきっちり表示されているらしい。というか、資格がない者が見ると文字化けするだけで、アリステアにはちゃんとした文字情報が見えているみたいだな。
『わざわざそれを見せるってことは、その剣が俺に無関係じゃないってことか?』
「ああ、フランも言っていたが、あまりにも師匠との共通点が多すぎる」
そう言って、アリステアがこの絵と俺の類似点を挙げていった。まず、柄。形も大きさも、組紐の色や編み方も完全に一致しているという。それこそ、真似たというだけではここまで似せることは難しいだろうという程に。
ついで、刀身。青い模様やそれ以外の細かい装飾も似ている。刀身の長さもピッタリと一致するそうだ。
ただ、もっとも目を引く鍔の部分が全く違っている。
俺は鍔元の部分に狼を模った勇壮なエンブレムがあしらわれているが、この絵だと人の顔っぽい物が並んで4つ描かれていた。目を閉じた4人の美しい女性と、4枚の天使の翼のような意匠のエンブレムである。
『確かに、エンブレム以外の部分は似ているかもな……』
「だろう。詳しい説明は時間がかかる。修復を行いながらにしよう。ちょっと待ってくれ」
アリステアが一旦話を中断し、アイテム袋から何やらバスケットボール大の金属の球体を取り出した。そのままアリステアが軽く呪文を唱えて金属球に触れると、一気にその形状が変化する。細い金属の糸が絡まったような、まるで金属でできた綿菓子のような、不思議な形をしている。
アリステアがその金属の綿を俺の刀身へと巻付けるように、さらに変化させた。その上から、何かの魔法薬をドボドボと振りかけ、術をかける。
「――ふぅ。これで、このオレイカルコスが師匠の刀身に吸収され、自動的に修復が始まるはずだ」
これがオレイカルコスなのか。伝説の金属らしいのに、大量に取り出したね。
「ありがとう」
「これが仕事だからな。それよりも、さっきの話の続きだ」
アリステアが研究室の隅から椅子を引っ張り出してきて座る。フランにも同じ椅子を勧めてくれた。
「さて、まずはアタシの所見から言わせてもらうが、師匠は複数の人間によって作り上げられたと思う」
『複数? 制作者が何人もいるってことか?』
「まあ、それに近いな。外身の剣と、中に人間の魂を封じたり魔石を吸収する能力を作り上げた者は、別人だろう。軽く見ただけでも、仕事の質が違いすぎる。その前提で話を進めるからな?」
「わかった」
『わかった』
意外と衝撃というか。驚きは少ない。そもそも何も分かっていなかった状態なんだし、実は複数の人間の手によって作られた剣でした! と言われたところで、「ふーん」という感じだ。人間だったら親が複数いて複雑な事情があるような状態なのかね?
俺たちが一応理解したのを確認すると、アリステアは未だに表示されている剣の絵をフランの前に移動させた。
「この剣だが、銘は智慧剣・ケルビム。今は失われし神剣の1振りだ」
『神剣? これが神剣だと? え? 俺に似ているこの剣が?』
こっちの情報の方は無視できない。だって、神剣だよ? 世界最高の剣と、俺が似ているだって?
「どういうこと?」
「まあ、いくつか可能性は考えられるが……。師匠は廃棄神剣なのだと思う」
『廃棄神剣? また知らない単語だな』
「知らない」
「む、そうか。確かに広く知られている話でもないしな。まずはそちらの説明からしよう」
廃棄神剣とは、その名の通り廃棄された神剣のことであるらしい。廃棄神剣が生まれる理由は大きく2つある。
「1つが、色々な理由で作製に失敗した場合。神剣に準ずる力を持ちながら、その能力が中途半端で、暴走する危険性もあるので大抵は廃棄される」
神剣になれなかった失敗作というわけだな。廃棄してしまうのはもったいない気がするが、暴走する可能性は確かに見過ごせないだろう。
「もう1つが、出来上がった神剣があまりにも危険すぎたため、廃棄を命じられる場合」
「命じられる? 誰に?」
「神だよ。過去に、神から廃棄するように命じられたとされる神剣は3本ある。どれもあまりにも危険すぎたため、能力をほとんど発動させることなく、神級鍛冶師本人によって廃棄されたとされている」
なるほど、成功したけど想定以上に危険な能力だったため、廃棄せざるを得なかった場合か。神様が廃棄を命じる程の危険な能力って、想像もつかないな。
「神剣といえばアタシらにとって子も同然。その廃棄を命じられた過去の神級鍛冶師たちの心の痛みはいか程のものであったのか……」
アリステアが神妙な顔で呟く。
「だが、世界に仇為す剣を、世に出す訳にはいかないのも確か。仕方ない事だろう。だからこそ、今健在の神剣はそのまま残ってほしい。何らかの理由で破壊を逃れた廃棄神剣であろうともな」
それがアリステアが俺たちに好意的な理由だろうか? 単に剣オタクなだけかと思ってたよ。
「その3つはどんな剣だったの?」
「3本の内の1つが、核撃剣・メルトダウン。詳細は創剣の真理にも記されていないが、凄まじい力と毒を生み出す、恐ろしい神剣だったそうだ。放っておけば、世界から生物が消え去る恐れがあるとして、廃棄が命じられた」
力と毒……。核エネルギーと放射能のことか? 名前もメルトダウンだし。どれくらいの威力は分からないが、世界各地でポンポン使われたら、そりゃあ危険だろう。神様が危険視する程度の威力はあったんだろうな。
「もう1つは断罪剣・ジャッジメント。神罰を疑似的に再現できる神剣だったそうだ。だが、これも世界の理を捻じ曲げる可能性があるとして廃棄された」
こっちは全く想像ができん。ただ、神の職分を侵す可能性があるってなると、確かに危険視されるかもしれない。
「そして最後の1つが、智慧剣・ケルビムだ。神域に蓄積されたあらゆる知識を閲覧し、干渉して書き換える事さえ可能だったという。問題視されたのは、知識の閲覧能力だったみたいだがな。人が知ってはいけない、知るべきではない知識さえ閲覧できてしまうということだったらしい」
なるほど。危険な知識を世に広めてしまう恐れがあるってことかね? でもさ、そのケルビムさんが、俺と何か関係があるかもしれないってことなんだろ? ちょっと怖いんだけど。




