355 アリステアとの道中
アリステアの館というのは、ダンジョンから見て東にあるようだった。境界山脈沿いを、ゴーレム馬車が進む。
「さて、道中軽く話を聞かせてもらおうか?」
「あっち、いいの?」
フランが気にしているのは御者席だ。今は完全に馬型ゴーレム任せで進んでいるからな。道は覚えていても、魔獣とかは平気なのだろうか?
「大丈夫だ。強力な魔獣除けの結界がある。盗賊も、アタシの馬車を襲うような命知らずはこの辺にはいないな。いや、居なくなったな。くくく」
色々とあったらしい。まあ、神級鍛冶師が御者なしで大丈夫というなら信じよう。それに、外ではウルシも並走している。いざとなったらウルシが蹴散らすだろう。
「それで、まずは師匠について聞きたいんだが?」
「……ん」
頷きつつも今度はアースラースを見るフラン。話を聞かれやしないかと思ったのだろう。すると、アリステアが不思議な形状の道具をアイテム袋から取り出した。1メートルくらいの紐だろうか?
「これは、念話で会話が可能になるアイテムだ。まあ、紐に触れてなきゃいけない上、1メートル以上の長さにすると途端に念話が届かなくなるって言う未完成品だけどな。数人で内緒話をするには良い道具だろ?」
馬車の壁際の腰掛に並んで座っているフランとアリステアが紐の端をそれぞれ掴む。フランに抱きかかえられている俺の柄にも1巻きされた。それで紐はギリギリの長さだった。なるほどね、これだと余程密着しなくちゃ使えないだろう。
(どうだ? 聞こえるか?)
(ん)
『聞こえる』
アイテムの効果で念話しているおかげで、痛みはない。これなら普通に会話も出来そうだった。というか、剣の俺にもきっちり効果があるんだな。
(じゃあ、改めて聞くが。師匠自身について聞きたい。制作者や、製作時代について)
俺たちは、聞かれたことに対して、正直に答えることにした。直してもらう訳だし、相手は神級鍛冶師だ。下手な嘘はばれてしまうだろう。それに俺のルーツが分かるかもしれないし、嘘をつかない方がよいと判断したのだ。
とは言え、俺は自身の製作者に関しては本当に何も知らない。語れることは少なかった。そう素直に答えると、アリステアが驚きの言葉を口にする。
(そうか……師匠は元々人間だったんだろ?)
『わ、わかるのか?』
なんと、自分から説明する前に、すでにバレていた。どうしてだ? もしかして神級鍛冶師の使う鑑定なら、俺が元々人間だという項目まで表示されるのか?
(いや、師匠レベルの受け答えができる人造魂魄など、私でも作れないからな。それに魂の形を見たところ、どう考えても人造には見えなかった)
どうやら死霊術師のジャンが所持していたユニークスキル魂魄眼のような、魂を見る能力を持っているようだ。俺には分からないが、その魂にも色々な形があるんだろう。
(あまりにも人間くさい受け答えに、人にそっくりな魂。まるで人みたいな、ではなく元々人だったと考えれば納得がいく。まあ、それはそれで疑問が残るが)
『どんな?』
(人の魂を剣に封じ込める術など、アタシはしらない。神級鍛冶師のアタシがだぞ? どんな方法を使ったのか皆目見当もつかない)
結局、そこに行きつくんだよな。誰が俺を剣に宿したのか? それは剣の制作者なのか、はたまた違う誰かなのか?
(それもアタシの館で解析をすれば、何か分かるかもしれん。後回しにしておこう。うん、今から楽しみで仕方がない。くく)
アリステアは結構常識人っぽいんだけど、俺を見る目がちょっと怖いんだよな。新しいオモチャを与えられた子供のような目なのだ。
(じゃあ、次はフランと出会ってからのことを聞きたいんだが、いいかい?)
『あ、ああ。そっちはちゃんと覚えてるから安心してくれ』
とは言え、フランはいつの間にか眠ってしまっていた。妙に大人しいと思ったんだよな。泣き疲れてしまったのだろう。
(フランから話を聞くのは後にしておくか)
『悪い。できるだけ俺が答えるから』
(ガキは寝るのが仕事だからな。仕方ない。それじゃあ、出会いから話してもらおうか?)
俺は全てを包み隠さず語る。フランと出会った時の話をしたら、呆れられたけどね。俺でも間抜けだと思うから仕方ないけど。
その後も俺たちは冒険を続け、共に各地を渡り歩き、成長を続けてきた。そして、時にはダンジョンに潜り、海を渡り、旅の末にこの地にやって来たのだ。
まあ、アリステアは俺たちの旅の部分に関しては、ほとんど興味を示さなかったけど。彼女にとっては冒険譚などよりも俺の成長の仕方のほうが重要なようだった。好奇心は旺盛だが、それは自分の興味のある分野に限ってという注釈が付きそうだな。
俺の説明は、この大陸に入りワルキューレたちとの戦いに関する部分にさしかかる。ここで、俺の異変に関係があると思われる、例の重大な事件が起きたのだ。
『何故か、スキルを使ったりすると時おり痛みを覚えるようになったんだ』
(剣なのに痛み? それは興味深いな。スキルを使うと毎回痛むのか?)
『いや、術の多重起動時とか、形態変形を使いすぎた時に感じる事が多いな』
痛覚が無いはずの俺が、なぜか感じてしまう痛み。いや、痛覚が無いわけだし、本当に痛いのかどうかも怪しいが。ただ、痛いという感覚が最も近いのは確かだった。
(それも機材を使って調べないと何とも言えないな。痛みを訴える剣なんざ初めて見たしな。ただ、それが何か重大な影響を師匠に与えている可能性もある。今後、痛みを覚えるような行動は慎め)
『わかった』
念話はこの道具で肩代わりしてもらってるし、なんとかなるだろう。俺はその後、邪人の軍勢を殲滅し、アリステアと出会うまでの流れを説明した。スキルなどについてはさすがに全てをどこで手に入れたかは覚えていないが、聞かれた範囲では全て答えられたし、間違えてはいないと思う。
その後も、魔石を吸収するときの感覚や、人間だったときの欲望の有無、スキル使用時の人間と剣の違いなどについて話し合い、時間が過ぎていった。
特に興味を持たれたのが、魔石を吸収する能力についてだった。どんな魔獣の魔石値が高く、何が低いのか、事細かく尋ねられたのだ。本当に俺の修復に必要な質問なのか? 好奇心優先させてない? とは思いつつも、基本的には脅威度の高い魔獣の魔石値が高く、邪人の魔石値が低いことなどを語った。
あとは、スキルのレベルアップに関しても引っかかるようだ。ポイントを消費するというシステムが、聞いたことが無いという。
(聞けば聞く程興味が引かれるな)
『神級鍛冶師にそう言ってもらえるのは光栄だよ』
(戦闘力ということで言えば、師匠以上の武器はある。神剣とかな。だが、ここまで不可思議な剣は、そうそうあるもんじゃない。神級鍛冶師を驚かせたんだ、誇っていいぞ)
2時間後。
アリステアの質問にあらかた答え終わった頃。馬車がその動きを止めていた。
「お、もう着いたか。いやー、時間が経つのが早かったな! 有意義な時間だった! おい、フラン、起きろ」
「……にゅ」
「バカ鬼もいい加減起きろや!」
寝起きのフランが目をゴシゴシ擦っている横で、アリステアがアースラースの頭を蹴っている。おいおい、大丈夫か? ダメージはあまり見えなくても、暴走したりして消耗しているはずなんだが?
だが、アリステアの蹴りは止まらない。そうやって5回ほど蹴られた直後だった。
「あー? どこだここは……?」
「ようやく起きたか。バカ鬼」
「げっ……、アリステア!」
アースラースはアリステアを見上げ、情けない悲鳴を上げる。
「な、なんでいる!」
「そりゃあ、神剣の魔力を感じたからな。それも2振り。ちょいと様子を見にいったのさ。もし神剣同士の戦闘にでもなってりゃ大事だ」
神級鍛冶師は神剣の魔力を感じ取る能力まで持っているのか。しかも今の口振り、神剣同士の戦いを止めようとしていたのか?
「戦って壊れてたら、アタシが直すチャンスだからな!」
どうやら、欲望に忠実な人間であることは確かなようだった。




