353 アリステア
フランがキアラの遺体に縋りついて泣きじゃくっていると、再び数人の人間が部屋に駆けこんでくるのが見えた。
メアたちだ。ただ、1人知らない女性がいる。誰だ? 正直、鑑定も上手く機能しない。
フランを追ってきたのだろう。慌てた様子で部屋に駆けこんできたメアたちは、横たわるキアラの姿を見て、血相を変える。
「キアラ師匠!」
「キアラ様!」
真っ先に駆け寄ったのがメアとミアノアだ。メアはともかく、ミアノアのこんなに真剣な表情は初めて見た。クイナも、意識のないアースラースを背負ったグエンダルファも、それぞれ取り乱した様子である。
そして、全員がキアラとフランの様子を見て、理解したらしい。フランが回復魔術を使えるのは全員が見ている。そのフランがなす術なく涙を流しているということは――。
「フラン、キアラ師匠とは、話せたのか?」
メアが、ツーと流れ落ちる涙に頬を濡らしながら、フランに話しかける。
「キアラ師匠は、お前の事を気にかけていた。多分、家族のいない師匠は、自分に似たお前を孫のように感じていたのだと思う」
「……優しく、格好よく、自由に生きろって」
「そうか……師匠らしい言葉だ」
メアはフランの言葉を聞いて、大きく頷く。
「ん……」
「自由……。キアラ師匠は、クソジジイのせいでご苦労をされたからな」
クソジジイ? 誰の事かと思ったが、多分先代獣王の事だろう。キアラを奴隷にした張本人だが、考えてみたらメアにとっては祖父に当たる人物だった。
「ですが、キアラ様は満足そうなお顔をしています」
ミアノアの言葉に皆が頷く。お付きの侍女であったミアノアは、やはりキアラとの絆が皆よりも強かったのだろう。それを理解しているメアたちはミアノアに場所を譲る。
フランもだ。キアラの死を悼んでいるのが自分だけではないと気づいたのだろう。真っ赤に泣きはらした目を両手でこすりながら、立ち上がった。
「ありがとう、ございます」
ミアノアが膝をついて、ハンカチでキアラの顔の汚れを拭く。
「キアラ様……笑って、おられますね……」
そう、キアラは笑っている。満足げに。
多分、最後の技を放った時、キアラにはもう全身の感覚がほとんどなかったはずだ。ゼロスリードが見えていなかったどころか、自分の攻撃が直撃せず、俺の念動で補助されたことも分かっていなかったと思う。
それでも、俺に満足したと語り、フランに笑顔で別れを告げた。本当に満足げな表情で。俺は、もし今破壊されて、終わってしまったとして、あんな風に笑顔で終われるだろうか?
無理だ。きっと、見苦しく足掻くと思う。欠片も満足できず、フランの名を呼んで泣きわめき、後悔するはずだ。
キアラはきっと、良い事も悪い事も様々な事を経験してきたのだろう。
友と語らい、酒を酌み交わし、時には辛酸をなめ、泥水をすすり――いや、違うな。そんな簡単な言葉では到底表現しきれないような、30代の若僧には想像もつかない人生を歩んできたに違いない。
そして、そんな人生経験があるからこそ、あんな風に笑って逝けたのだと思う。今の俺には不可能だ。そんな姿に憧れる。俺も最後は笑って終われるような経験を積み上げたい。フランと共にこれから先もずっと。
だから、こんなところで壊れているわけにはいかないのだ。俺はなんとか自己修復を試みるが、激痛のせいでどうにもならなかった。
『ぐが……!』
一体、俺はどうなってしまったのだろうか。
皆がキアラを囲んでいる中、1人蚊帳の外にいた謎の女性が俺に近寄って来た。
銀色の長髪に、白いローブを着込んだ長身の女性だ。目が鋭い、というかメチャクチャ目つきが悪い。もしかして放っておかれて怒っているのだろうか?
細いながらも体にはしっかりと筋肉が付いているのが分かった。こんな場所にいることからも、単なる一般人女性ではないだろう。
長い前髪の間からのぞく切れ長の右目が、しっかりと俺を捉えている。どうするか。メアたちが連れてきたってことは敵じゃないだろう。だが、この女性に拾われて、装備でも試みられたら色々と厄介だ。
仕方ない。フランはもう少しキアラの側にいさせてやりたかったが、黙ったまま拾われたりするわけにもいかん。
『フラ……ぐっ……』
(……ん?)
『この、女を……』
戦闘時の高揚感が消えたからか、痛みをこらえきれん。それでも何とか念話でフランに助けを求めることができた。
フランは俺と女性を見て、言いたいことを分かってくれたんだろう。涙をぬぐいながら慌てて立ち上がると、俺に駆け寄った。そして、女性よりも先に俺を拾い上げる。
(師匠……だいじょぶ?)
『ああ……』
そうは言いつつも、強い違和感は拭えなかった。何をしようとしても痛みが走るし、自己修復も始まらない。魔力も一向に回復する様子が無かった。
鍛冶師にリペアしてもらったら治るだろうか? いや、治らなかったら困る。今のままじゃ何も出来ないからな。フランにとっては目標となる人物を失った難しい時期なのだ。俺がしっかりせねばならない。
「その……」
自分の所持品とは言え、目の前で剣をかっさらうのが礼を失した行動だとは理解できているのだろう。フランが少しだけ躊躇うような感じで女性に声をかけた。相手もフランをスゲー睨んでるよな?
「お前がその剣の持ち主か?」
「ん」
女性は仏頂面のままで、フランに問いかける。やはり機嫌が悪いようだな。それでも、泣いているメアたちに文句を言わない程度の分別はあるようだが。
「そうか。その剣、ちょっと見せてみろ」
(師匠?)
うーん、どうしよう。見せるだけなら問題ない気もするが、この女性が誰か分からないしな。ただ、断ったらブチギレそうだし、そうなったらそうなったで面倒そうなんだよな。そもそも、今の俺は鑑定偽装が機能しているのか?
「見ていただくとよい」
悩んでいると、そこにメアが声をかけてきた。その口振りからすると、意外なことにメアよりも目上の人間のようだ。しかも、どこか親しさも感じられる口調である。
「アリステア様なら悪いようにはしない。リンドも、定期的にアリステア様に診てもらっているんだ」
(師匠、いい?)
『ああ』
メアがそこまで信頼しているし、ここで断ったら失礼になるからな。それに、神剣をメンテできるような相手だろ? 凄腕の鍛冶師に違いない。その凄腕が何でここにいるのか分からないが。
「ん」
「おう。ありがとよ」
この口調も仏頂面も、鍛冶師だと思うとあまりおかしく思えないから不思議だな。むしろ、職人っぽいとさえ思ってしまう。
フランが突き出した俺を、アリステアがしげしげと見つめる。その視線は俺の鍔や柄に向いているようだ。
「やっぱこの意匠は……。だが、柄の形は……。もう少し詳しく見ていいか?」
「ん」
「じゃあ、失礼するぜ……。解析眼!」
アリステアの目に魔力が籠るのが見えた。暗闇だったら光りそうなくらい、強い魔力が目に集中している。
そして、アリステアが驚きの呟きを漏らした。
「随分と厳重な装備者登録だな……。いや、この力は神の残滓か……? それに、これは……こんな……こ、こんなデタラメな剣、誰が作ったっていうんだ? 神級鍛冶師なのか?」
「どうしたの?」
「いや、ここで大声で言うような事じゃねーな。あとで、少し時間もらえないか?」
どうも、鑑定のような能力で、俺のステータスなどを見られてしまったようだ。しかも今の反応を見るに、インテリジェンス・ウェポンだとばれたかもしれなかった。
「それに、魔力回路がズタズタだ。このままだとまともな修復も危ういぜ」
「! 本当? ど、どうすればいい?」
「ちょっと待ちな……。触るぞ?」
「ん」
今の確認の言葉、確実に俺に向けて言ってるな。完全にインテリジェンス・ウェポンだとバレている。
アリステアは細い指先でそっと俺の柄に触れると、そこからわずかに魔力を流し始めた。ただ、嫌な感じは全くない。むしろ暖かい魔力に包まれ、気持ちよいと感じる程だった。鍛冶師にメンテナンスをしてもらっている時に近いかもしれない。
『ああ……』
傷が癒える感覚というのは、これに近いのだろうか。自分の深い部分で、何かが癒されるのが分かる。
それでも自己修復は機能しないな。そういった効果のある癒しではなかったのか、それほどまでに俺の損傷が深刻なのか。ただ、このアリステアという女性は信用できそうだ。
我ながらチョロイが、なぜかそう思えてしまった。俺って、傷ついている時にちょっと優しくされたらコロッと行ってしまうタイプだったのだろうか?
(師匠?)
『平気だ』
念話を使う時の痛みが減った気がする。いや、気がするではなく確実に減っている。アリステアのおかげだろう。いったい何者なのだろうか?
「応急手当はできた。無理をしなければ、これ以上酷くなることはないだろう。だが、直るまで絶対に戦闘はすんなよ?」
「じゃあ、ちゃんと治る?」
「勿論だ。アタシに直せない武器などないからな」
「本当?」
「ああ、任せておきな」
「そう……よかった……!」
アリステアの言葉を聞いた直後、フランは俺の柄をギュッと握り、「ほうっ」と息を吐いた。そして、大粒の涙を流す。
キアラを失い、俺まで調子が悪そうだったのだ。きっと、不吉な考えを否定しきれず、ずっと不安だったのだろう。俺も自分のことで一杯一杯で気づいてやれなかった。一声かけてやるべきだったな。
『フラン、ごめんな。心配させて』
(ううん……へいき。でも、良かった……)
次回から2日に1回に戻します。




