349 狂鬼化
「神剣開放おおおおおおぉぉぉぉぉぉ!」
アースラースがそう叫んだ直後、神剣から光が吹き上がる。そのまま神剣の内部から魔力が溢れ出し、光とともにアースラースを飲み込んだ。その光景は、光の柱がアースラースを飲み込んでいるかのようだった。
かなり離れているはずなのに、衝撃波のような爆風がフランたちに襲い掛かる。同時に、土煙と石礫が吹き付けてきた。まるで至近距離でダイナマイトでも爆発したのかのような惨状だ。全員、その場から動くことができず、ただただ荒れ狂う力に耐えるしかなかった。
魔力感知や気配察知も役に立たない。なぜなら。凄まじい存在感と魔力が部屋を覆い尽くしていたのだ。
『これが神剣の力か!』
あの叫び声から言うと、神剣の力を解放したのだろう。逆に言えば、ただそれだけでこの魔力と圧迫感だ。本当に俺と同じ武器なのか? 信じられん。いや、だからこそ、神剣は兵器なんて呼ばれるのだろう。
『フラン! 大丈夫か!』
(ん!)
これじゃあ、粉塵に紛れて誰かが近づいてきても、気づくのが遅れてしまうだろう。最大限の警戒をしながら、煙が晴れるのを待つ。数秒ほどの時間が、何倍にも感じた。
煙が晴れたあと、力の中心にいたアースラースの姿が目に飛び込んでくる。アースラース自身の姿に変わりはない。だがその手に握られた神剣が、大きく姿を変えていた。
『あれが、神剣の真の姿……? 剣、ではないよな』
何と言えばいいのだろう。まともな武器の範疇とは思えない、奇妙な姿だ。解放前は真っすぐな刃を持った大剣だったのが、今やその刀身は曲刀のように反り返っている。それだけではなく、反りの内側にはスパイクのような鋭く大きい棘が等間隔に5本生え、さらに先端が異形とも言える変形を遂げている。
金槌にそっくりな巨大な鉄塊が刀身の先に付いていたのだ。反り返った刀身の内側に向く部分は、ツルハシのように鋭く尖っている。逆側は平らなハンマーのような形状だ。しかも凄まじく大きい。分厚い刀身部だけでも刃渡り2メートルを超え、ハンマー部分は高さも幅も長さも、ドラム缶の倍近くはありそうだった。
個人が使う武器にはとても見えない。まだ破城槌などの攻城兵器の類と言われた方が納得できた。
鑑定して見ても、大地剣・ガイアという名前と、僅かな能力しか見ることができない。真の姿となったことで、俺程度では鑑定できない程にその格が上がってしまったのだろう。
名称:大地剣・ガイア
攻撃力:4700
魔力伝導率・SS+
スキル
確認できたのは残念ながらこれだけだ。しかし、これだけでも十分にその規格外さが分かる。
「うらぁぁ!」
アースラースが真の姿と名前を取り戻した、大地剣・ガイアをゼロスリードに叩きつける。先程までよりも速い。ステータス上昇の効果があるのだろう。
ゼロスリードは大剣で受け止めようとしたが、あっさりと剣を押しのけられてしまう。それでも体を捻ってかわそうと試みたが、無駄だった。
ガイアを避けたのに、見えざる力によって体の半分を叩き潰されてしまったのだ。右半身だけを上からそぎ落とされたような姿で、左半身だけで何とかバランスを取るゼロスリード。普通ならばこれで死んでいるはずなのだが、そこは邪人だ。
すぐさま右半身は再生を始め、元の姿を取り戻す。
「やべー! さすが神剣様だな!」
「があああ!」
「はははは! こいこい! テメーを殺して、その神剣は俺様が頂いてやる!」
ゼロスリードの動きがさらに速くなった。剣を振る度に、凶悪な邪気が撒き散らされる。かすっただけで、邪気でダメージを受けるだろう。
アースラースがガイアを叩きつける度にダンジョンが陥没し、フランたちの足元を揺らす。時には弾け飛んだダンジョンの床が胴体程もある瓦礫となって超高速で襲い掛かってくることもあった。
「うう……うあがあぁぁぁぁ!」
激しい削り合いの中、アースラースが神剣を肩に担ぐように構える。そして神剣に魔力を注ぎこむと、いままで以上の速さで飛び出す。今日一番の速度だ。
「ちっ!」
気付いたらゼロスリードの目の前にいた。防御できないと悟ったのだろう。ゼロスリードも慌てて障壁を張り巡らせたようだが、その障壁ごと神剣により叩き潰されていた。
爆心地にいるかのような、今日一番の轟音と爆風が部屋中を襲う。俺が張った障壁も、飛来する瓦礫によってあっさりと貫通されてしまった。とっさに物理無効を装備したが、その前に何発かがフランの体を抉っている。
『大丈夫か!』
(ん)
障壁を破られたとはいえ、そのせいで威力は大分減衰している。傷は深くないらしい。フランの傷をヒールで回復してやりながら、皆の様子を確認した。
『他の奴らは大丈夫か?』
「だいじょうぶ?」
「私たちをかばったせいでグエンダルファが!」
「今行く!」
グエンダルファがその巨体を盾にして、扉の前にいた皆を守ったらしい。慌てて駆けよると、その背中には大小無数の瓦礫が突き刺さっていた。生命力が尽きかけている。
『やばい!』
「ん!」
俺とフランでグレーター・ヒールを連続して使用し、なんとか危険域を脱することには成功した。ただ、しばらくは動けないだろう。それに、もう何度もあんな攻撃を繰り返されたら、俺たち以外が危険である。
そもそも神剣の性能からすれば、今の攻撃でもまだ本気ではないと思われた。もっと広範囲で高威力の攻撃を放たれたら、フランの身も危険だろう。
「クイナ?」
「申し訳ありません。まだ開きません」
キアラの問いかけに、クイナが首を振る。
「ならば危険を冒してでもやるしかないか? 賭けはしたくないんだが……」
「なにを?」
「アースラースの暴走は、ある程度のダメージを受けると解除される」
「ならば、我ら全員で――」
「だが! それで元に戻せなければ、こちらに矛先が向く! あの攻撃の矛先がだ!」
なるほど。確かにそれは賭けだな。失敗したら、神剣の攻撃にさらされるということになる。だったら、俺たちにはもう少しだけましな賭けがあった。
『フラン。いちかばちか、試すぞ』
(……スキルテイカー?)
『そうだ』
フランも気づいていたか。アースラースの狂鬼化を奪おうと考えているのだ。ただ、躊躇していたのにはいくつか理由がある。
まず、暴走が始まってしまった後に狂鬼化を奪って暴走自体は止まるのか? それと、ゼロスリードに対抗する力が無くなってしまわないか? そういう理由だ。とは言えこのままでは無事には済まない事は確かだろう。ならば、やってみるべきだ。
「アースラースを止める」
「なに? 出来るのか?」
「出来る、かもしれない」
フランが手早く説明する。アースラースのスキルを消し去れること、それにより暴走を止められるかもしれないこと。だが、確実ではないこと。
「つまり、何が起きるか不明だが、可能性はあるということだな?」
「ん」
「ではやってくれ。何もしないよりはましだ」
キアラの決断は一瞬だった。やはりこのままではマズいということが分かっているんだろう。今も時おり飛来する瓦礫を、メアが防いでくれているのだ。
『じゃあ、いくぞ』
「ん」
『スキル・テイカー!』
「ぐがああああああああ!」
俺がスキル・テイカーを発動した直後、アースラースの動きが止まった。そして、身もだえするように苦しみ始める。
「ぐああああ――」
「おいおい、どうした?」
ゼロスリードも攻撃の手を止めて、両ひざをついて反り返るように絶叫を上げるアースラースを見つめていた。そして、数秒後。アースラースの動きは完全に止まり、静寂が訪れた。
「なにが……おきた……」
アースラースは何が起きたか分からないらしい。周囲を見回していた。そこにキアラが近づき、アースラースを保護しようとしている。
(あとは、師匠が狂鬼化を外せばいい)
『……ああ』
「師匠?」
なんだ? 誰かが何かを言っている。いや、誰かじゃない、フランだ。俺の装備者だ。
『いいあああ――』
唐突に湧き上がってきた憤怒と破壊の衝動。目の前も思考も、真っ赤に染まる。
そもそも、俺は何をしている? なぜ、俺はこんな場所で安穏としている? なぜ戦っていないのだ?
ダメだ! 戦え! 全ての敵を壊せ!
『があああああああ!』
戦え! フランの敵を滅するために!




