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348 喰らい続ける者


「ふん、憐れな女だな。邪神の眷属のくせに、人間のガキの幸せなんざ願っちまってよ。どんだけ狂おうとも女ってことかね?」

「あ……」

「ふん」


 崩れ落ち、そのまま黒い霧のようになって消えていくミューレリアの事を、興味を失ったような詰まらなさそうな目で見つめる男。


 いったい何が起きているのか、俺には全く理解が出来なかった。


 ミューレリアがバシャール王国にいる子供を救ってほしいなどという訳の分からないことを言い出した。


 クリシュナ王家云々も、騎士たちに対する態度も、全て真意を隠すための方便だった? 本当の願いは、ロミオという少年をバシャール王国から救い出すこと? 確かに、ヨハン・マグノリアは洗脳のような状況だった。ロミオという少年も、放っておけばそうなる可能性は高いだろう。


 リンフォードやダンジョンマスターに支配されているミューレリアが、自力でその少年を救い出すことが難しいのも分かる。


 だが、本当なのか? 嘘をついているようには見えなかったが、あのミューレリアがそんなことで動くとは到底思えなかった。そうやって悩んでいたら、今度はゼロスリードの出現だ。


 そして、俺の頭からは今までの悩みなど全て吹っ飛んでいた。それはフランもキアラもアースラースも、まあこの場にいる全員が同じであるようだった。


『おいおい……いつの間にここまで……』


 ゼロスリードの発する邪気が、以前とは比べ物にならない程に強大になっていたのだ。それこそ、ミューレリアに並ぶ程に。いや、下手したら超えているかもしれない。


 以前は鑑定で一部のステータスなど読み取ることができた。だが、今は何も見えない。つまり、それだけ邪人化が進んでいるということなのだろう。見た目は以前のままなのだが、それがより恐ろしい。


 アースラースでさえ眉根を寄せて、警戒する様子を見せている。キアラは軽く身構え、フランたちに至っては咄嗟に距離を取って、蒼白な顔で武器を構えた。フランの腕に鳥肌が立っているのが分かる。つまり、ゼロスリードはそれだけの存在になっているという事だ。


 多分、邪人を殺して殺して殺しまくって、共食いスキルで力を吸収し続けたってことなんだろう。ある意味世の中の為になるなんて前には思ったが、短い時間でこれほど育つとは完全に予想外であった。


「なにもんだ?」

「なに、ゼロスリードっつうケチなもんだ」

「邪人なのか? 随分と強いみてーだが」

「神剣使いにそう言ってもらえるとは、光栄だな! くははは!」


 哄笑を上げるゼロスリードの全身から、邪気が凄まじい勢いで吹き上がる。その波動が無造作に撒き散らされ、暴風となって周囲を吹き荒れていた。


 これは本気でまずい! せっかくミューレリアを退けられそうだったのに、また化け物が出現しやがった!


 破邪顕正を持っているとはいえ、こんな化け物と好き好んでやり合いたいとは思えない。アースラースの暴走の危機も未だに去ったわけではない。ここは逃げるが勝ちだろう。


『――ちっ!』


 ディメンジョン・ゲートが発動しない。ミューレリアが死んでも維持されているのか、それともゼロスリードが張り直したのかは分からないが、未だに転移封じがまだ解除されていなかった。


「そっちのちびは、見覚えがあるな。バルボラにいた奴だ」

「……」

「あのワン公は元気かい?」

「……」

「なんでえ、だんまりかよ?」


 別に努めて無視しているわけでも、情報を渡さないために口を閉ざしているわけでもない。単に声を発せられないだけだ。ゼロスリードはそのまま興味を失ったようにフランから視線を外すと、壮絶な笑顔を浮かべてアースラースを見た。


「神剣持ちか……。一度やり合ってみたかったんだ」

「戦闘狂いか」

「なあ、あんたも俺と同じで凶状持ちなんだろう?」

「お前と一緒にされたくはねぇが、まあ人様から見れば似たようなものか」

「しかも、強化系のヤバいスキル持ちだって? かははは! いいねぇ!」


 アースラースを獲物と見定めたのか、ゼロスリードから殺気が発せられる。奴からしたら挨拶程度なのかもしれないが、今のゼロスリードがやれば、それは攻撃と呼んでも差支えが無かった。一般人だったら、この殺気だけで心臓が止まるだろう。


 グエンダルファでさえ無意識に壁際まで下がり、背中を壁にぶつけて驚いている。自分が後退していることに気付いていなかったらしい。汗だくの顔で震えていた。


「ちっ」


 やる気満々の様子のゼロスリードを見て、アースラースが舌打ちをする。


「おいキアラ!」

「ダメだ!」


 いつの間にかキアラが入り口の扉に近づき、調べていた。だが、やはり開かないらしい。


 その間にも、ゼロスリードから発せられる殺気は凄まじい高まりを見せていた。普段なら顔色をうかがえないクイナでさえ、顔をしかめているのが分かった。


「へへへ、行くぜ?」

「おめーら! 巻き込まれるんじゃねーぞ! キアラは急げ!」


 そして、化け物同士の戦闘が始まった。先に仕掛けたのは当然ゼロスリードだ。


「おらぁ!」


 ゼロスリードがどこからともなく取り出したのは、アースラースの地剣ガイアに匹敵するほどの巨大な剣である。名前は邪神石の大剣となっていた。なるほど、こいつが使うには相応しい武器なのかもしれない。名前的にも、強度的にも。


 振り下ろされた漆黒の大剣を、アースラースが振り上げた神剣で迎撃する。


 ドオオオオオォォォ!


 ただの一合、剣が打ち合わされただけで、轟音と大きな衝撃波が発生し、壁際に避難したフランたちにまで届いていた。そこから巨躯の男同士が、大剣を打ちつけ合う異様な光景が展開された。


 攻撃を攻撃で相殺し、吹き荒れる衝撃波を物ともせずにさらに攻撃を繰り出し合う。一発の攻撃がどれほどの威力になっているか想像もつかないが、あそこに混ざりたいとは全く思えなかった。だが、剣術の腕前はアースラースが上回っているらしい。


 10回に1回ほどの割合で、アースラースの攻撃がゼロスリードを捉える。すぐに再生するのだが、邪気が大きく目減りしているのが分かった。だが、キアラが焦った顔をしている。アースラースもだ。


「まずいぞ……」

「どうしたの?」

「アースラースの角を見ろ。色が赤く変色してきただろう? あれは、暴走の兆候だ。もうまもなく、狂鬼化が発動するぞ!」


 事態は最悪の方向へと動いているようだった。


 ゼロスリードと剣を打ち合わせるたびに、アースラースの額から生えた角は、より濃い赤に染まっていく。それと同時に、その体からも陽炎のような赤い魔力が立ち昇り始めた。


「赤は狂奔の色……。あのオーラを纏い始めたということは、すでにスキルが発動している!」


 装備品などの効果でギリギリ暴走はしていないらしいが。暴走するまでは時間の問題ということだった。その意識はすでにゼロスリードとの戦闘にしか向いていない。


「おらぁぁ!」

「ちぃぃ! さすが神剣使いだな!」


 アースラースの攻撃が激しさを増す。ダンジョンの床に地剣ガイアが叩きつけられ、大きく陥没した上に、周囲に蜘蛛の巣状にヒビがはいる。


 それを見て俺は戦慄した。そもそも、このダンジョンは破壊できるものだったのか? 多分、ダンジョンの強度はそれぞれのダンジョンで違うだろう。ゴブリンダンジョンでは普通にフランの攻撃で床が抉れたりしていた。


 だが、このダンジョンはアースラースが暴れても殆ど無傷だった。大地魔術で操ってはいたが、純粋な攻撃では傷がついていなかった。だからこそ、ダンジョンを破壊して逃げ出すということも無理だったわけだが……。しかし、今目の前でその常識が覆された。


 あの何気ない一撃には、腕力だけではなく膨大な魔力が込められているんだろう。


「がおあああああ!」

「うららぁぁぁ!」


 怪獣大戦争だ! アースラースだけではなく、ゼロスリードの攻撃もダンジョンを破壊し始めた!


『キアラたちはともかく、グエンダルファはかなりヤバそうだな!』


 俺たちはまだ攻撃の余波をかわす余裕はあるが、グエンダルファはすでに限界な感じだ。必死に逃げている。


 だが、2人の戦闘はさらに激しさを増していった。というか、アースラースはもう完全に周りが見えていないな。範囲が広い技を躊躇なく使い始め、それに対応するゼロスリードも広範囲系の技を放つようになっていたのだ。


「クイナ! まだ開かぬか!」

「申し訳ありません。回避しながらですので、まだしばらくは」

「メア、フラン、ミア! クイナを守れ!」


 アースラースの暴走が始まってから、ずっとクイナは扉を開けようと試みていた。扉の前に陣取り、何やら調べているのだが、途中途中で戦闘の余波をかわしながらであるため、遅々として進まないらしい。


 皆で結界や障壁を張って、クイナを守る。グエンダルファはもう少し耐えろ。


 俺はその間にもアースラースたちから目を離さなかったのだが、段々とその動きが速くなってきた。さらに、魔力が高まりを見せる。互いに本気になってきたのだ。


 そして、アースラースがついに大きな動きを見せた。ゼロスリードから軽く距離を取ると、地剣・ガイアを天高く掲げたのだ。


「神剣開放おおおおおおぉぉぉぉぉぉ!」



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