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346 ミューレリアのあっけない最後


 俺とフランの攻撃により大幅に邪気を減らしたミューレリア。だが、その顔には苦悶とともに笑顔が浮かんでいた。


「あははははは! やっぱ強いわね!」

「……そりゃどうも」


 顔を歪めたまま笑い声をあげるミューレリアを警戒するように、アースラースがぶっきらぼうな一言を返す。ミューレリアのこの余裕な態度は何だ?


 とは言え、チャンスであることに違いはない。転移で逃げられる前に、ここで仕留める。俺は精神的な虚脱感を押し殺し、再度攻撃するために集中を高めた。アースラースも何かを狙っているようだ。


 俺たちの間の緊張感が静かに高まる。ミューレリアはその空気を察しているはずなのに、相変わらず余裕ぶったままだ。


 だが、俺たちが動こうとした、その直前だ。俺たちの足元を、どこからともなく放たれた魔力が放射状に通り抜けたのが分かった。


『なんだ? 変な魔力が?』


 その直後、ダンジョンに凄まじい振動が走る。まるで、大地その物から突き上げを食らったかのようだ。体重の軽いフランだけではなく、アースラースでさえ一瞬浮いてたからな。それこそ、大地震でも起きたのかと思ったほどだ。


 揺れに驚くフランたちを見て、ミューレリアが笑みを深める。ミューレリアの奴め、これを狙ってやがったのか! 魔力や邪気は感じなかったが、一体どうやったんだ? ダンジョンの力だろうか? ともかく、こちらは隙を見せてしまった。


『来るぞ!』

(ん!)


 未だに揺れる地面から空中跳躍で離れたフランが、全神経を集中してミューレリアの動きを注視する。邪人に対する切り札である破邪顕正を持っている以上、必ずフランが狙われるはずだからな。


『……』

(……)


 だが、ミューレリアは動きを見せない。それどころか、その場で哄笑を上げ始める。


「あはははは! ようやくね!」


 様子がおかしいのはミューレリアだけではない。アースラースとキアラも驚愕の表情を浮かべて、笑うミューレリアを凝視している。


「今のは……ダンジョンの悲鳴か?」

「なぜ、それで笑っていられる?」

「ダンジョンの悲鳴?」


 ダンジョンの悲鳴とは、ダンジョンマスターが倒され、ダンジョンが休眠したときに起きる地震のような振動のことらしい。出来たばかりのダンジョンなどではほとんど感じない程度の場合もあるが、古く大きいダンジョンの場合は立ってられない程の大揺れが起きることもあるんだとか。


 コアから発せられた魔力の波長に特徴があるので、知っている人間であればすぐに気づけるらしい。なるほどね。振動が起きる前に感じたあの魔力か。


 だが、なんでミューレリアは笑っている? ダンジョンマスターが死んでダンジョンが休眠状態に入ったら、そのダンジョンに属するモンスターなども消滅するはずだ。つまり、ミューレリアも消滅してしまう。


「うふふふ。私はこれで自由よ!」

「どういうことだ? お前さんはダンジョンの関係者だと言っていなかったか? だとすればもう――」

「消滅する?」

「そうだ」

「残念! 私は半分しかダンジョンの支配を受けていないから、いますぐ消滅したりはしないわ。まあ、数日は猶予があるでしょうね?」

「だが、数日だぜ?」

「そうね。でも、貴方達を皆殺しにするのに数日もいらないわよ? 数分あれば十分」

「強気じゃねえか」

「まあ、確かに普通に勝つことはできないでしょうね。神剣使いに破邪持ち。他も全員が進化済み」


 ミューレリアはそう言いつつ冷静だ。何を考えているかさっぱりわからない。


「ただ、残った力を暴走させて、自爆するくらいはできるのよ? どうせ数日で消えるのですもの、ここで自爆しても一緒でしょ? この狭い空間で私が全力で自爆したらどうなるかしらね? 生き残ったとしても、それが引き金でその鬼人が暴走を始めるかもしれないわよ?」


 ミューレリアの邪気は半減したとはいえ、いまだに莫大な力を溜めこんでいる。そのすべてを使って自爆されたら、いくら破邪顕正を持っていてもひとたまりもないだろう。


 それに、ミューレリアの自爆がアースラースの暴走のトリガーになるということは十分に考えられた。


 ミューレリアは自暴自棄になったのか? だが、さっきの口ぶりだとダンジョンマスターが殺されるのを待っていたかのような口ぶりだった。考えてみたらおかしいよな? 自爆するんなら、ダンジョンマスターが死ぬ前だっていいはずだ。


「ねえ、私と取引をしない?」

「なんだと?」

「もし私のお願いを聞いてくれるのであれば、ここで大人しく殺されてあげてもいいわ。抵抗しない。約束するわ」


 嘘じゃない――というよりも、判別ができないようだな。思えばずっと違和感があったのだ。虚言の理は今まで一度もミューレリアの言葉を嘘だと断じることはなかった。だが、そんなことはありえないだろう。むしろ、嘘ばかりの方が自然なはずだ。


 多分ではあるが、鑑定と同じで虚言の理が邪人の言葉に対して本来の効果を発揮しないのだろう。


『フラン、奴は本当のことを言っていると思うか?』

(ん。あの目は本当のことを言っている)

『そうか』


 フランは俺なんかよりも余程するどい。その言葉は信じられた。


「意味が分からねぇ。邪人のお前が何を望むって言うんだ? 邪神の復活か?」

「馬鹿言っちゃ困るわ。私の望みはそんな下らない事じゃない」

「なっ……!」


 ミューレリアの言葉を聞いて、アースラースも絶句してしまう。邪人が邪神の復活を下らないことだと言い切ったのだ。それは驚くだろう。


「私の頼み事は1つだけ。あなたたちなら決して難しくない話よ?」

「……言ってみろ」

「バシャール王国にマグノリア家という貴族の家系がある。最近生まれたばかりの嫡男を救い出して、安全な場所に預けてくれないかしら?」

「はぁ?」

「なんだと?」


 アースラースとキアラが聞き返す。そりゃ、そうだろう。意味が分からないからな。マグノリア家の嫡男を救い出す? 救い出すというのはどういうことだ? そもそも、なぜ自分でやらない?


「おいおい、何を企んでいる?」

「企んでなんかいないわ。もう少し詳しく言うと、マグノリア家の嫡男が洗脳される前にバシャール王国から連れ出して、その手の及ばないところへ連れて行く。あとは普通の暮らしをさせてあげてほしいというだけよ? できれば、隣の大陸にあるという、ランクA冒険者が経営している孤児院に連れて行ってあげてほしいの」

「なぜ自分でやらん?」

「私があの子に執着していると知られれば、必ずダンジョンマスターに人質に取られる。ようやく自由になれたけど、もう私には時間がない。だからあなた達に託したいの」


 キアラもアースラースもメアも何も言わない。いや、言えない。信じられないのだろう。そもそも、邪人と言えばもっと攻撃的で、破壊を撒き散らす存在だ。それが言うに事欠いて、子供を救ってほしい?


 だが、フランが言う通りその言葉は嘘には思えない。その眼差しは真摯でさえあった。アースラースの後を継いで、フランが口を開く。


「他の人間はいいの? あの騎士たちは? 心配してたのに?」

「あんな奴ら、放っておけばいいわ。ロミオの親であるということ以外、何の価値もない」

「王家の再興とか、黒猫族の楽園とか言ってたのは?」

「ああ、クリシュナ王家なんていう過去の遺物、どうでもいいわ。黒猫族の楽園? そんな物に何の価値があるの? 全部私の真意を隠すための方便よ。どこでバシャール王国やダンジョンマスターの耳に入るか分からないし。私の真の願いは、ロミオの幸せだけよ。ねえ、お願い。あの子をバシャール王国から、マグノリアの呪縛から救い出してあげて」

「いったい何の――」


 アースラースが再び質問をしようとした、その時だった。


「茶番はそこまでだ」

「がはっ!」


 突如ミューレリアの背後に現れた人影が、手に持っていた剣を背中から心臓に向かって突き入れる。吐血して苦悶の表情を浮かべるミューレリアから、その人影に向かって邪気が流れていくのが分かった。ミューレリアの邪気を吸収しているのだ。この男に俺たちは見覚えがあった。


「ゼロス、リード。うら、ぎったの……?」

「くははは! この俺が力を喰えるチャンスを逃すかよ!」

「ぐっ……」


 ゼロスリードがミューレリアを放り投げる。俺たちの目の前に落下してきたミューレリアは、どう見ても瀕死だった。あれだけ溜めこまれた邪気がほとんど感じられなかったのだ。傷の再生も始まらない。


「ねえ……お願い……あの子を、ロミオを幸せに……たの……」


 息も絶え絶えになりながらも、こちらにその手を伸ばそうとする。


「ふん、憐れな女だな。邪神の眷属のくせに、人間のガキの幸せなんざ願っちまってよ。どんだけ狂おうとも女ってことかね?」

「あ……」


 そして、その手が力を失い、地面に崩れ落ちた。呆気ない最期だ。



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― 新着の感想 ―
Essa história mostra que mesmo quando estamos loucos se amamos algo de verdade não há loucura que no…
[一言] やっぱりジャガ
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