343 神々の時間感覚
「まあ、キアラとその仲間ならいいか。神様だよ」
「なに?」
キアラが呆けたように聞き返す。さすがのキアラでもうなずける言葉ではなかったらしい。その様子が面白かったのか、アースラースは含み笑いをしながらさらに言葉を続けた。
「くくく。どうも神々は神剣について妙に気にしているようでな。常に見られているらしい」
そりゃあ、使いようによっては邪神よりも危険な存在になりかねないし、監視くらいはされているかもしれん。
「そして、何かあると、神託を飛ばしてくんのさ。まあ、こき使うにはちょうどいいってことなんだろうよ」
「それは、神に何らかの使命を命じられるという事か?」
「いんや、そこまで大それたことじゃないな。今回も、あくまでもこの場所の位置情報が一方的に送られてきただけだからな」
「いや、それは命令なのではないのですか?」
神様がそこに行けと言わんばかりに、場所の情報を直接送ってくるんだから、確かにメアの言う通り命令に思える。だが、そうではないらしい。
「ちゃんとした命令を受けたのは、今までで2度しかない。それにお願いの方は過去に何度か無視したこともあるが、別にお咎めはなかったな」
「む、無視したのですか! 神託を!」
「まあ、他に外せない重要な仕事中だったからな。だが、罰も下されんし、怒ってないってことだろうよ」
豪胆な男だな。命令じゃないとしても、神様からのお願いを無視するとは。あのキアラでさえ不安そうに聞き返しているのに。
この世界の人間にしては珍しい。いや、考えてみたら望まないスキルで苦労させられているわけだし、神に対して意外と斜に構えているのかもしれん。
「それは、本当に罰が無いのか? 単純に未だに罰が下されないだけではないのか?」
「ははは、ローレンシアの悲劇みたいにか?」
「あ、ああ」
「ローレンシアの悲劇って何?」
「お? 黒猫の嬢ちゃんは、もしかして他の大陸の出身か?」
「ん」
「そうか、なら知らねーのも無理はないかもな」
ローレンシアの悲劇というのは、この大陸で150年ほど前に起こった事件であるらしい。事の起こりはさらに50年――つまり現在からは200年前に遡る。
当時、獣人国の南にローレンシア王国という小国家があった。国王は若く、愛国心が強すぎる故に我慢できなかった。常に獣人国の風下に立たされ、属国のように扱われることに。
そんな国王が何をしたか? 馬鹿な権力者が考えることはどこでも同じなのかもしれない。ローレンシア国王は邪術師を招き入れ、その男を通じて邪神に魂を捧げることで、邪人を召喚しようとしたのだ。王は初めから邪神を召喚するなどという大それたことは考えておらず、繁殖力の強いゴブリンを獣人国に大量に放つことで混乱と疲弊をもたらすことが目的であった。国民に重税を課し、集めた金で生贄用の奴隷を買い集め、不足した分は税を支払えなかった国民を生贄に捧げるという暴挙を行ったローレンシア国王。
だが、その後国王を倒すために蜂起した国民たちによってローレンシア王国は内乱へと突入し、結局王は捕らえられてしまう。
この時にどういった交渉が行われたかは分からないが、国王は処刑されなかった。王家は解体されて国は民衆による議会政治へと移行されたが、元王家は奴隷の身分に落とされた上で辺境に追いやられ、未開の荒野の開墾を命じられたらしい。
だが、王家はそこで終わらなかった。心を入れ替え、開墾にまい進したのだ。身を粉にして働き、信じられない速度で開墾を進め、ローレンシア共和国の生産性の向上に大きく寄与したという。それだけではなく、孤児院の運営や、傷病者の再就職など、慈善事業も行った。
50年が過ぎた頃、ローレンシア共和国内では元王家を悪く言う者は少なくなっていた。そして議会の満場一致で彼らは奴隷から解放される。まあ、本当は色々な政治的な話が絡んでくるらしいが、ここではあまり関係が無いということで省かれてしまった。重要なのは、ローレンシア家が本当に改心し、共和国内で受け入れられていったという点だ。元国王など、その頃には名士扱いである。
しかし、彼らの罪を忘れていない存在がいた。それが神々だ。
なんと、ある日突然神罰がローレンシア家に下されたのである。罪状は邪神を利用し、邪人を大量召喚したこと。誰もが「今さら?」と思ったに違いない。
だが、すっかり改心して人々に敬愛されてさえいた元王家は、神罰によって惨たらしく殺されてしまった。残ったのは直接血を引いていない分家筋だけであったという。これがクローム大陸で有名な、ローレンシアの悲劇である。
「まあ、この話で分かることは、神々がいかに悠長かってことだ」
「悠長?」
「元々、永劫の時を存在する神と、俺たち人間じゃ時間の感覚が違っているんだろう。この時だって、俺たちにとったら50年も経ってからの罰に思える。だが神々にしたら、たった50年っていう認識なんだと思うぜ。下手したら一瞬で罰を下したくらいに思ってるかもしれん」
まあ、それはあり得るのかもね。例えば人と虫を比べたら時間の価値観が全く違うだろうし。それと同じことが神と人では言えるんだろう。
「でも、だったらアースラースもまだ罰せられてないだけかも?」
「がはは。大丈夫だ。何せ神の使徒に直接確認したからな!」
「なに? お前、神の使徒にお会いしたのか?」
「おう。2回だけ下された神命を伝えに来たときな。さすがに神命を下すときには使徒が降臨されるのさ。そん時に、今まで無視してたけど平気かって聞いたら、構わないって言われたぜ?」
「だが、なぜそんな無視されても構わないような、曖昧な神託を下されるんだ?」
「さてな。俺にもいまいち分からんが……。使徒曰く、ついでらしいぜ?」
「ついで?」
神の使徒に聞いた話を基にアースラースが自分の推測を語る。神々としては多少の事件であれば放置するらしい。ただ、邪人が絡む場合は、ちょっと気にはなる。絶対解決しなくてはいけないわけではないが、手出しできるならしておこう。そこで神剣使いだ。普段から監視している上、神剣を通して神託を即座に下しやすい。つまり、監視のついでにこき使おうという考えであるらしかった。
「まあ、さっきも言った通り、神々は悠長だからな。事件の起こりそうな場所の近くで、神託を受け取れそうでかつ事件を解決できる人間を探して、神託を下すなんてことをやってたら、それだけで何十年もかかっちまうだろ? だから、すぐに連絡を取れる神剣使いを便利遣いしようってことなのさ」
神罰を下すのに50年もかかるんだ。だったら、神託を下すのにだって何十年もかかるかもしれない。
「今回はダンジョンが関わっているようだったからな。動いてみようと考えたんだ」
『なあ、メアも神託を受けたことがあるのか?』
(師匠か? いや、ない。多分、我はまだ真の所有者とは認められておらぬのだろう。剣からも、神からもな)
そうか、驚いた様子で話を聞いていたからちょっと気になったんだよな。まあ、未だに神剣の真の力を発揮できていないみたいだし、そのせいだろうな。
(我も、いずれ必ず……!)




