335 いざダンジョンへ
ミューレリアの過去について話を聞き出した後、ヨハンへの尋問はさらに続いた。
「ミューレリアはどこに消えたのですか?」
「ダンジョンマスターに、ダンジョンに呼び戻された」
「なるほど。では――」
その後の尋問で特に重点的に聞き出したのは、ダンジョンの正確な場所やその戦力についてだ。
元々は境界山脈のバシャール王国側に入り口があったダンジョンであるが、現在は獣人国側にも入り口が造られている。邪人や魔獣の軍勢が出入りするための穴なので、それなりに大きいらしい。
入り口は洞窟型なのだが内部は砦に近い造りとなっており、罠などもほとんどないという。ダンジョンマスターは元人間の男だが、非常に卑屈な小物であるようだ。マスター自身の戦闘力も低いらしい。
だが、ダンジョン内の戦力については、ヨハンも詳しくは知らなかった。しかし、かなりの数の魔獣が未だに残っているらしい。
「ダンジョンか……腕が鳴るな」
「キアラ様、まだお体が万全ではないのですから、無理をなさらないでください」
ようやく歩ける程度に回復したばかりのキアラが、どこかワクワクした表情で呟いた。そんなキアラにミアノアが釘を刺す。
「だが、ミューレリアとやらを放ってはおけんだろう? 他から援軍も呼べそうにないしな。我らが行くしかあるまい」
「それはそうですが……」
キアラにはメアも強くは言えないようだ。心配そうな顔で頷くしかない。
「なに、奴はダンジョンのサブマスターなのだろう? いざとなれば手分けして迷宮を潰してしまえばいい」
「そう簡単にいくとは思えませんが」
「だとしても、やらねばならん。老骨の身一つと、獣人国の命運。天秤にかけるのもおこがましいわ」
「……師匠のお覚悟、受け取りました」
「ふん。ただ戦う言い訳が欲しいだけだ、気にするな」
キアラが悪戯っぽく笑うが、頷くメアの顔は真剣だった。態度とは裏腹に、キアラの言葉が本気であると分かっているのだろう。覇気のない表情をしているのは、グエンダルファくらいだな。
「なんだお前、その情けない顔は」
その顔に気付いたキアラが、グエンダルファの顔を睨みつける。
「いや、師匠。今の話を聞いたら――」
「同情か? くだらん」
グエンダルファの言葉を一刀両断するキアラ。
「真贋あやふやな話に簡単に踊らされおって。そんなことよりも、お前も戦士ならもっと喜べ」
「な、何をです?」
「相手は伝説に謳われる程の相手だぞ? どうせ戦うんだ、戦い甲斐がある方がいいだろうが」
「それは師匠だけですよ」
グエンダルファは呆れたように言い返すが、分かっていないらしい。この場では自分が少数派だということが。
「メアもフランもそう思うだろ?」
「弱い者いじめよりは、強い相手に挑む方が楽しいですね」
「ん」
キアラの言葉にうなずくメアとフラン。バトルジャンキーたちの思考は単純だね。でも、俺も同じ意見だ。そもそも、どんな事情があるにしろ、奴は明確なフランの敵だ。ならば倒すだけだった。
若く、甘さの残るグエンダルファには、飲み込み切れないようだが。クイナとミアノアもキアラに同意しているようだ。
「甘さを捨てろ。奴らのせいで、獣人国は未曽有の危機にさらされているんだぞ?」
「……はい」
グエンダルファの表情はそれでも優れないが、これは本人が乗り越えるしかないだろう。少しそっとしておくか。
「さて、次はバシャール王国の狙いについて聞かせてもらう」
メアがヨハンに向き直る。ミューレリアとバシャール王国に多少の縁があることはわかった。どこまで信憑性があるかは分からんけど。だが、だからと言ってそう簡単に邪人と手を組むか? 500年前の恩など、政治の前では路傍の石と変わらないはずだ。
「邪人と手を組むなど、バシャール王は何を考えている? 国内の不満を獣人国に向けて解消させるためだとは言え、正気の沙汰とも思えん。他に何か理由があるのではないか?」
「国王陛下は、500年前の恩に報いるためでもあるとおっしゃられていた」
「それを信じているのか?」
「当然だ」
「……国の王が恩などというものの為に自国を危険にさらすわけがないだろう。他に何か企んでいるはずだ!」
「ケダモノ共はそうなのかもしれないが、我がバシャールの民であれば当然のことだ」
邪人と手を組んだ王に対して思う所が無いのか? こっちの世界じゃ禁忌みたいなものだろう。ミューレリアを庇って命を捨てようとした時も感じたが、こいつちょっと怖いな。忠誠心が行き過ぎているというか、盲目的な感じがするのだ。
バシャールの騎士が全員こうじゃないよな? そもそも、他の騎士は邪人と手を組んでいると知っているのか? 尋ねてみると、上層部の一部と、ミューレリアと接する機会のある僅かな人間だけが知らされているらしい。だよな、さすがに極秘事項だよな。ただ証拠もないし、リークしても信じてはもらえないだろう。
その後は時間経過とともにヨハンの催眠が解けてしまい、それ以上の情報は聞き出すことができなかった。メアたちはもう少し情報が欲しかったようだが、仕方ない。
「ミューレリアを追うぞ」
「はい。しかし、ダンジョンの位置はおおまかに聞き出しましたが、どうやって移動します? リンドに全員は乗れないし……」
メアが顎に指を添え、思案するように呟いた。確かに、境界山脈まで行くには徒歩では時間がかかり過ぎるだろう。キアラとメアも回復してきたので自力で走ることもできるはずだが、それではまた体を酷使することになってしまう。理想は馬車なんだが、そんな物があるはずもない。
悩むキアラやメアの前に進み出たのは、スカートの中に手を突っ込むクイナであった。
「ふふ。こんなこともあろうかと」
「その恰好でカッコつけるな」
メアのツッコミも無視し、クイナがスカートを翻しながら取り出したのは、幌の付いた馬車であった。なんと、石で出来た馬まで付いている。
「6人乗りのゴーレム馬車です」
「先輩凄いです。こんなところでその台詞を炸裂させるとは!」
「メイドの嗜みですから」
今のクイナの表情は俺にも理解できるぞ。完全なるドヤ顔だろう。グエンダルファや冒険者たちは、スカートの中から馬車を取り出したクイナを驚いた顔で見ている。
だが、メアやキアラには当たり前なのだろう。特に驚いた様子も呆れた様子もなく、馬車に乗り込もうとしてた。
『フランも驚いてないな?』
(次元収納と同じだから)
『まあ、そうなんだが……』
どうしても絵面がな。
「とは言え、全員は乗れないな。キアラ師匠は――」
「絶対に行くぞ」
「分かっていますよ。クイナ、ミアノア、フランも行くとして、他の者には騎士の護送を頼むとしようか」
捕らえた騎士たちを放置はしておけないし、聞き出せる情報もまだまだあるだろう。メアは冒険者たちに騎士の護送を頼むつもりであるようだった。
俺も賛成だ。ミューレリアを相手に人数を揃えても操られるだけだからな。だったら、少数精鋭の方がいい。グエンダルファは微妙なところだが、迷いのある者を連れて行っても足手まといになるだけだろう。だが、グエンダルファはその言葉に慌てた様子で言い返した。
「ま、待ってください! 俺も行きます」
「……行けるのか?」
「勿論です!」
「足手まといになるようだったら、置いていくぞ?」
「当然です」
キアラが脅すように尋ねたのだが、グエンダルファは真剣な顔で頷くのだった。
「分かった。いいだろう」
「師匠、いいんですか?」
メアがそれでいいのかと聞き返す。なにせ、グエンダルファの実力は大したことがない。だがキアラは肩をすくめつつ、ため息交じりに口を開いた。
「言い聞かせるのにも時間がかかるだろうよ。だったら連れて行って盾代わりにした方がなんぼかましだ」
「盾でも壁でも、好きに使ってください」
「馬鹿野郎! 誰がお前みたいなハナタレを盾に使うか!」
「いや、だって師匠が言ったんじゃないですか」
「例えだよ例え! だが、自分のケツは自分で拭けよ? 分かったな?」
「はい!」
という事で、ダンジョンに向かうのはフラン、メア、クイナ、キアラ、ミアノア、グエンダルファとなったのだった。さらに隠れメンバーとして俺、ウルシ、リンドだな。
普通だったら心強いメンバーなんだが、相手はミューレリアとダンジョン。油断せずに行かないとな。




