326 リンフォードとバシャール王国
『いったい、お前らは、リンフォードは何が目的なんだ?』
「ふふふふ! いいわ! 気分が良いから、特別に教えてあげる!」
上機嫌な様子のミューレリアが語りだす。俺はフランたちの様子を確認したが、さっきとほぼ変わらない。もう数分は会話をしている余裕はあるだろう。
「始まりは邪術師リンフォードがこの地にやってきたこと。あの爺はどこからか聞きつけたのか、獣人国に邪神の欠片が封じられていると知ったらしいわ」
『この国に邪神の欠片があるのか!』
「ええ。我が王家が利用していた欠片がね。リンフォードはその欠片を通じて邪神と交信することを狙っていたようね」
だが、発見には至らなかった。当然だ。神によってさらに厳重に封印を施されたのだから。だが、リンフォードは諦めずに獣人国内だけではなく、過去には獣人帝国の版図であった現在のバシャール王国の中も虱潰しにしていったらしい。
「リンフォードは邪神の封印は発見できなかったけど、違う物を発見したわ」
『違う物?』
「境界山脈のバシャール王国側で、生まれたばかりのダンジョンを見つけたの」
生み出されたばかりのダンジョンなんて、リンフォードたちならあっさりと踏破できてしまうだろう。
「糞爺たちはそのダンジョンを制覇して、ダンジョンマスターを脅して支配下に置いたわ。目的は、ダンジョンが溜めこんでいた魔力を利用する事」
生まれたばかりの雑魚ダンジョンであっても、そこはダンジョン。それなりに魔力を溜めこんでいる。それを利用すれば、それなりの儀式を行えるらしい。リンフォードが行ったのは、召喚の儀式だ。英霊召喚という、過去の英雄を一定時間呼び出す召喚術があるが、それの邪術版だった。過去の邪人や邪神信者のような、その魂が邪神に捧げられた者たちを呼び出すことが可能なのである。
「その召喚儀式で呼び出されたのが他でもない。この私よ。完全体ではなかったけど」
その時は意識の一部が召喚されただけだったらしい。リンフォードを上回る力を持ったミューレリアを完全に召喚して支配するには、力が足りないからだ。
そうやって僅かな時間だけ召喚された精神体のミューレリアから必要な情報を聞き出したリンフォードは、遂に邪神の封印の場所を探し出す。しかし、神々の封印を突破することはできなかった。さすが神の施した封印ということなんだろう。
「でもリンフォードは諦めなかった」
そしてリンフォードは思いつく。膨大な量の魂を邪神に捧げ、その封印を弱めることを。封印が弱まった状態であれば、邪神の巫女であるミューレリアを通して上手く交信できると考えたようだ。
『だから戦争なのか……?』
「そうよ。魂を確保するためには、それが一番手っ取り早いもの」
都合よく、邪神の封印が隠されていた獣人国と、隣国のバシャール王国は犬猿の仲。しかもリンフォードが邪術で調べたところ、バシャール王は表向き穏健派でも、裏では獣人排斥派だった。彼はバシャール王国と接触し、協力を取り付ける。
「獣人と仲良くするよりも、邪人と手を組んだ方がマシっていう人間がかなりの数いたらしいわよ? まあ、過去の獣人たちのしたことを思えば当然だけど」
内心でどう思っていようとも、利害が一致して手を組むことになったリンフォード一派とバシャール王国。
「バシャール王国全軍と、リンフォードが発見したダンジョンを利用しての挟撃作戦。それが彼らの計画だったわ」
今回の戦争は何年も前から仕組まれていたのだ。バシャール王国があっさりとリンフォードの口車に乗ったのは、一国では獣人国に到底敵わないという事も大きいらしい。両国の戦力には大きな開きがあり、バシャール王国単独では勝負にならないのだ。
現国王が獣人排斥派であるにもかかわらず穏健政策を選択せねばならなかったのも、軍事力の差が大きすぎて小競り合いすら命取りになりかねないからだった。だが、そのことでバシャール王国の民は余計に抑圧され、むしろその内部では反獣人の芽が大きく育ってしまったらしい。
「今じゃ獣人嫌いと人間至上主義が行き過ぎて、ちょっとおかしくなってるみたいよ」
よって、獣人国を滅ぼせる可能性は、バシャール王国の上層部を歓喜させた。長年の悲願が叶うのだから、当然だろう。
「溜めこんだダンジョンの力と、バシャール王国に提供させた奴隷の魂を利用することで、私の完全召喚が行われたのもこの頃よ」
普通では支配不可能な程に強大な力を持ったミューレリアなのだが、数百の魂を邪神に捧げて完全な召喚儀式を行ったリンフォードであれば、ある程度支配することが可能だった。完全ではないというところにミューレリアの凄まじさが現れているが、それでも構わなかった。
ミューレリアの召喚にはダンジョンの力も併用していたので、リンフォードが支配しきれなかった部分はダンジョンのサブマスターとすることで支配を完全な物にしたのだ。ミューレリアがどれだけ強かったとしても、混沌の女神の力を受け継ぐダンジョンの支配からは逃れることはできなかった。
『混沌の女神様……。またミューレリアをどうにかしてくれないかな?』
そう思ったが、どうだろうな? そもそも神罰は下されて、実際に邪人となった黒猫族はミューレリアも含めてきっちり殲滅されている。しかも現在はダンジョンのサブマスターだ。ダンジョンマスターがゴブリンなどの邪人を召喚して使役するのと同じと言えるのではないだろうか? そう考えると、神様が降臨してミューレリアを再び滅ぼすという展開は期待できそうもなかった。
「ダンジョンのサブマスターにされたせいで、マスターにもリンフォードにも逆らえなくなってしまったわ……」
ただ、ミューレリアには支配して命令するだけではなく、きちんと飴も提示されていたらしい。それがダンジョンの力を利用して、ミューレリアの望む黒猫族の楽園を作り上げるというものだ。
「悔しいけど、ダンジョンの力があれば実現する可能性は高かったわ」
それ故、ミューレリアはリンフォードたちを憎悪しつつも自主的に協力を約束せざるを得なかった。まあ、それこそがリンフォードの狙いだからな。あとは戦争を起こして魂を収集し、邪神に捧げればいい。活性化した邪神とミューレリアを通じてコンタクトを取り、加護を与えてもらう事も可能なはずだ。
ただ、ミューレリアの召喚に力を使ってしまったせいで、ダンジョンの力は大きく減じてしまっていた。今のままでは単なる弱小ダンジョンだ。ダンジョンを拡張して境界山脈の獣人国側へと伸ばさなくてはいけないし、戦力も召喚して充実させなくてはならなかった。
魔獣はポイントを消費して召喚するか、ダンジョン外の魔獣を支配して増やすらしい。特に指定しなくてもいいのであれば、一定間隔でランダムに魔獣を召喚する魔法陣などを設置することもできるようだ。
そのためにも、ダンジョンを成長させ、強化する必要があった。やり方は簡単である。国内外から買い集めた数百もの奴隷をダンジョンの中で殺害して、その力を吸収させるだけでいい。ダンジョンマスターは元盗賊の小男で、リンフォードとバシャール王国に逆らう気概などなく、唯々諾々とその作戦に従った。
そしてリンフォードは、邪神封印の弱体化を完全にするための方法を研究すると言って、ダンジョンの世話をミューレリアに任せると、どこかへと旅立ってしまう。
その後は俺が知っている。バルボラでゼライセとともに様々な研究を行い、最終的にはフランたちに滅ぼされたのだ。もしかしたら、数撃ちゃ当たる方式で方々で似たような陰謀を仕掛けていたのだろうか? それにしても、奴がバルボラで邪神の加護を得て獣人国に戻っていたらと思うと、冷や汗が出るな。きっともっと酷い事態になっていただろう。
「くふふふ。爺の支配が弱まったからもしかしてと思ってたけど、あの爺が本当に死んだのね!」
リンフォードを倒せて改めて良かったとは思うものの、この女を喜ばせているのかと思うと複雑だ。
元々、ダンジョンマスターはミューレリアに直接命令を下すことは少なく、リンフォードが死んでその支配が弱まった今、ミューレリアはかなり自由に動けているらしい。
「糞爺の支配は解けた! あとはダンジョンの、混沌の女神の支配さえどうにかすれば私は自由よ!」
実は今話も半分程度は、前話にまとめきれなかった音声入力で執筆した話になってます。
音声入力での執筆に対する感想で、作者がミューレリアの台詞をどんなテンションで入力していたのか気になるという感想が……。
まあ、人に見られたら死にたくなる程度には感情をこめてやらせていただきましたww




