324 決裂
ミューレリアの行ったカンナカムイの完璧な制御を見て、フランが息を飲んでいる。
「ふふ。今のを見て、私が何をしたのか分かる程度の実力はあるみたいね?」
「……」
「どう? ここで死ぬか、奴隷になるか、選びなさい? ああ、そっちの簒奪者の一族とメイドはここで殺すから。見苦しく命乞いなんてしないでね?」
フランに対しては寛容な態度なのに、次の瞬間にはメアたちに向かって殺気の籠った視線を送る。この変わり身の早さがより不気味だ。何をしでかすか分からない、精神的な幼さと不安定さを感じさせる。
まあ、フランに対する態度も、もう1度ミューレリアの申し出を拒絶すれば変わってしまうだろう。それこそメアたちに向けるのと同じような目を向けられるはずだ。
フランもそれが分かっている。だがその答えは変わらなかった。
「さっきも言った、死んでもお前には従わない」
従うふりをして時間稼ぎをしたり、隙を狙ったりしても良いとは思うんだが……。演技でも嫌なんだろう。
フランの返答を聞いたミューレリアの目がスッと細くなる。その内から殺気が溢れ出るのが分かった。ついに完全な敵と認定されてしまったのだ。
「そう……じゃあ死になさい」
ミューレリアがそう言い放った直後、ワルキューレとデュラハンが一斉に動いた。そもそもミューレリアに命じられる前から、フランのミューレリアに対する態度に腹を立てていたんだろう。ワルキューレ姉妹からは殺気がだだ漏れだった。
きっと頭の中でフランを殺す算段を立てていたに違いない。彼女たちがフランに襲い掛かる動きは素早かった。もう敵対は確定だし、鑑定してしまっても構わないだろう。
「ミューレリア様の慈悲を解せぬ愚か者め! 殺す!」
「後悔しながら死ね!」
ワルキューレというともっと高潔なイメージだったんだがな。どうしても小物臭がしてしまう。まあ、魔獣なわけだし、主がミューレリアだもんな。仕方ないか。
ジークルーネ、ロスヴァイセともに、ワルキューレ・ネメシスランサーという種族名だ。Lvは67と、さっきのワルキューレよりも1高いだけだ。だが全てのステータスは100以上高く、特に敏捷は200以上高かった。
スキルに弓聖術はないが、槍聖術、槍聖技がそれぞれLv6もある。暴風魔術も所持し、光魔術のレベルも上だ。総じて、不必要なスキルを排除し、より特化が進んだ形だな。
称号はジークルーネが天罰の戦乙女、ロスヴァイセが殲滅の戦乙女である。それぞれ個人戦闘力を上昇させ、配下を狂化させる称号であるようだった。
でも、さっきのワルキューレと比べてこいつらの方が圧倒的に優秀か? 個人の戦闘力は確かに高いが弓術も低レベルだし、軍団指揮能力はむしろ低い。使う局面によっては、こいつらの方が使えないんじゃなかろうか? 多分、単純な戦闘力で判断しているんだろうが。
デュラハンたちに目を向けると、こちらはさっき戦ったデュラハンとそう変わりがないステータスだ。ただ、スキルが斧と剣となっていた。やはり攻撃重視のスキル構成なようだ。
フラン、メアがワルキューレと、クイナ、リンドがデュラハンと対峙している。ちょうど1対1の状況だな。1番ヤバいミューレリアは後ろに下がって観戦モードである。どうやら自分の手で処分を下そうという意思はないらしい。むしろ高みの見物を決めるようだ。
かなり舐められているが、これはチャンスでもある。ミューレリアに勝てるとは思わない。なので、どうにか逃げるチャンスをうかがうのだ。まずはワルキューレたちと戦いながらミューレリアと距離を取り、ディメンジョンゲートでさらに距離を取る。あとはリンドに乗って逃げれば、振り切れる可能性はゼロではないはずだ。
そう考えていたんだが――。
「ああ、そうそう。逃げられないようにしないとね」
ミューレリアがそう言って、軽く腕を振る。すると、半径100メートルはありそうな、半透明の黒い巨大なドームが生み出されていた。
「時空魔術で逃げられたら厄介だからね。ああ、安心して。阻むのは転移だけだから。だからこうすると――」
ミューレリアがどこからか取り出した槍を、軽い様子で投擲した。直後、空気を切り裂く轟音が響き渡り、槍が障壁を突き抜けて彼方へと消えていった。奴は身体能力も化け物じみているらしい。
「見た通り物理的な物は遮らないから、走って逃げることは出来るわよ? それが出来たらだけどね」
それにしても、わざわざ転移だけを阻む結界を張ったのはなぜだ? ミューレリアは俺たちのステータスが見えているのか? だとすると、俺がインテリジェンス・ウェポンだというのもばれている? ミューレリアの顔色を窺うが、その視線がどこを向いているのか分からん。
でも、俺のステータスが見えているなら、全く注目しない訳がないと思うんだが……。いや、それは自意識過剰か?
『ともかく、ワルキューレたちをどうにかして、結界の外に逃げる。そして、転移で逃げるしかないか……』
ミューレリアの邪魔が入らない1対1の状況であれば勝機はある。実際、フランとメアはワルキューレを押し始めていた。フランはスキルで上回っているうえ、俺の支援もある。ワルキューレの槍を捌きつつ、逆にダメージを与えていった。
メアは武器での戦いではやや不利なようだ。だが、金炎と白火による防御で早々にワルキューレの槍を燃やしている。ワルキューレは槍を再生させることができるようだが、再度攻撃してもまた溶かされてしまっていた。この状態ではメアが圧倒的に有利だ。
クイナも、互角以上に渡り合っている。リンドはかなり苦戦はしているものの、空を飛べるので決定的なピンチには陥っていない。あっちも大丈夫だろう。
「くっ! この異常な力は何なの!」
「私の槍が……! この小娘!」
ワルキューレたちが悔し気に叫ぶ。どうやらミューレリアにとっても想定外だったらしい。柳眉をひそめて各戦闘を見つめている。だが、すぐに不敵な笑みを浮かべる。
「へえ? なかなか……。火炎耐性のあるロスヴァイセの槍を溶かすなんて、中々やるじゃない。それにそっちの娘の剣……ちょっと本気で見てみないといけないかしら?」
そう呟いた直後、ミューレリアの目に魔力が集中した。何かスキルを使っているのは確かだろう。
分かる。今度は確実に俺を観ている。まるで魂の底まで見透かされているかのような、鋭く深い眼光が俺を見つめていた。




