323 俺とミューレリアの差
「死んでもごめん」
上辺だけは友好的なミューレリアの申し出を、冷たい声で断るフラン。すると、相手の表情が一変した。
「はあ? あなた何を言っているか分かってる? この私が奴隷にしてやろうと言っているのよ? それを断る? 正気なの?」
「お前の奴隷になるくらいなら死んだ方がマシ」
怒気を叩きつけてくるミューレリアに対して、やはりフランの言葉は変わらなかった。これだけ強大な力を持った相手の怒りだ、恐ろしくない訳がない。だが、村の皆を殺すと言われた今のフランは、怒りの方が上回っているらしい。怯えた様子もなく、ミューレリアを睨み返していた。
そんなフランに反応したのは、ミューレリアの両脇にいたワルキューレたちだ。
「随分と強気ね?」
「あのできそこないに随分と苦戦したくせに」
「ほんと。雑魚の虚勢ほど見苦しい物はないわね」
「あなた。謝るなら今よ? 愚妹に苦戦した程度の力で私たちに勝てるわけないでしょう?」
「そうそう。今謝れば、3日間の拷問くらいで許してあげるわよ?」
3日の拷問て……。こんなヤバそうな奴らにそんなことされるくらいだったら、フランが言う通り死んだ方がマシかもしれん。この女ども、どう見てもサディストだしな。
にしてもできそこないの妹ね。それってもしかして俺たちが激戦を繰り広げたあのワルキューレのことか? フランが尋ねてみると、やはりそうだったらしい。
「ええそうよ。主から名前さえ与えられていないできそこない」
「あんなのが姉妹だなんて、寒気がするわね!」
「主に直訴して軍を預かったというのにこんな小娘にあっさりと滅ぼされてしまうし?」
「私達3姉妹の面汚しよね?」
言われてみると、こいつらには種族名だけではなく、個体名が存在していた。ジークルーネとロスヴァイセ。名付けが済んだ個体、つまりウルシと同じということか。ミューレリアレベルの主が名付けたんだ、相当力が底上げされているだろう。
だが、出会い頭の鑑定では、ざっとしたステータスと幾つかのスキルをチラッと見ただけだった。どれほど違うのかと言われると正直、詳しくは比べられない。本当は再度確認したいが、ミューレリアは鑑定察知を持っている様だからな。迂闊な真似は出来なかった。
分かるのは先程倒したワルキューレよりもステータスが高く、スキルも多かったように思えるという事だけだ。戦乙女スキルを持っているのは確認したんだがな……。
「この子、力の差を分かってないのかしら? だとしたらそんな雑魚は奴隷にしたくないんだけど」
「いえ、ミューレリア様。不遜にもこの者、彼我の力の差を分かっておりながら、このように言っている様ですわ」
「はあ? なぜ?」
「分かりかねますわ。本来であればミューレリア様に求められれば、涙を流して喜ぶのが当たり前なのですが……」
ごく当たり前の様に、そう言い放つワルキューレ。本気で言っているようだ。ミューレリアへの狂信的とも言える忠誠心がそう言わせるのかもしれない。
「じゃあ、ちょっと力を見せてやろうかしら? ふふふ、あなた! 特別に私の力を見せてあげる!」
ミューレリアがそう言うと、唐突に詠唱を開始した。詠唱破棄や無詠唱は持っていないらしい。ただ、この詠唱には覚えがある。俺も何度か唱えたことがある呪文だからな。だからこそ看過できなかった。
『フラン! メア! 止めろ! こいつ、カンナカムイを詠唱してやがる!』
「ん! はぁぁ!」
「くっ!」
フランも気づいていたらしく、俺が叫ぶ前にすでに動き出していた。メアも一瞬遅れてミューレリアに斬り掛かる。
「あら、分かっているの?」
「思ったよりも魔術への造詣が深いのかしら?」
「でも、主の邪魔をするのはダメよ?」
詠唱を止めさせようと飛び出した2人だが、すぐにワルキューレの姉妹とデュラハンに阻まれてしまった。さすがにフランたちも、こいつらを一瞬で突破することはできない。
だが、それでも構わなかった。2人を囮にして、クイナがミューレリアに迫っていたのだ。俺すら一瞬見失うほどの幻像魔術を使った奇襲である。
「くっ! 障壁ですか!」
しかし、クイナがミューレリアの周囲に張られた障壁を突破できず、跳ね返されるのが見えた。やはり一筋縄では行かなかったか。
そして、ミューレリアの口から紡がれていた詠唱が完成してしまう。
「――カンナカムイ!」
ミューレリアの力の籠った叫びに呼応するように、天を裂いて白い雷光が降り注いだ。だが、少し変だ。
着弾地点が俺たちから離れているのは構わない。考えてみれば、力を見せると言っていたのだ。こちらに当てずに、脅しとして使うと言う事なんだろう。
問題は、その白雷が妙に細く見える事だった。ミューレリアは確かにカンナカムイを発動させたはずだ。だが、俺の知るカンナカムイとは全く違う見た目をしていた。
俺がカンナカムイを放つと、極太の白い雷が降り注ぐ。しかし、ミューレリアのカンナカムイは俺の発動させた物よりも半分以下の細さだった。
最初は、込めた魔力が少ないのかと思った。俺は毎回魔力を最大まで込めているからな。だが、そうではない。そもそも、ミューレリアの魔力であれば魔力が少なくて威力が落ちるなんて事ある訳がないだろう。混乱している俺を他所に、俺たちから15メートルほど離れた場所に、白い雷の帯が突き刺さる。
ドオオオオォォォォォ!
そして、大爆発が起きた。起きたんだが――。
『俺のとは全然違うじゃないか……!』
やはり魔力の差などではない。その爆発の仕方を見れば分かる。これだけ近距離にカンナカムイが着弾したと言うのに、爆風が想定よりも圧倒的に少なかった。軽く構えていれば、踏ん張れてしまう程度だ。だが、威力が低いわけではない。
あの細く見えた白雷はミューレリアによって収束させられた結果なのだ。その結果、大地に深い穴を穿っていた。そして、その深い穴が筒の役目を果たし、爆発が全て上空へと逃がされたようだ。
俺のカンナカムイと比べて、巻き込む範囲は10分の1以下だが、着弾地点にいる敵に与えるダメージは格段に上だろう。
術を放つだけで精一杯の俺には無理だ。言ってしまえば、下級魔術などで俺たちが行っている、数を増やしたり威力を高めたりといったことを極大魔術でやってのけたのである。誰が考えるだろう? 極大魔術だぞ? それをアレンジしやがったのだ。
ファイア・アローを収束させて威力を上昇させるのとはわけが違う。二重発動よりも、さらに難易度が高いだろう。魔術の制御力が桁違いでなくては不可能だ。それに、雷鳴魔術に対する習熟度も。
「ふふん? どう? 私の凄さを少しは理解できたかしら?」
これだけの事をやってのけたというのに、ミューレリアは息も乱さず、胸を反らせて傲然とした口調で言い放つのだった。




