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318 メイドの嗜み

「お嬢様、我々を巻き込みかけたことに対して、何か言い訳はございますか?」


 魔獣と邪人を圧倒的な火力で殲滅し、意気揚々とフランたちの下へと駆け寄って来たメアに対して、クイナが静かに苦言を呈していた。まあ、お説教とも言うな。


「いや、その……。お前たちなら問題なく逃げ切れると信じておったのだ。ほれ、現に怪我もなく、ピンピンしておるではないか!」

「ですが、危うく溶岩の波に飲み込まれかけましたが」

「いやその……」

「そもそも、あれ程の威力の攻撃を放つ必要はございましたか? フランさんがせっかく閉じ込めてくれたのですから、もっと効率の良い方法があったはずでは?」

「そ、それはだな……」

「それに、こちらをご覧ください」


 クイナが自分の頬を軽く指差す。何だ? 別に普通の頬っぺただと思うが。メアもクイナが何を言いたいのか分からないようで首をひねっている。


「ふむ?」

「よーくご覧ください」

「いや、見ているが……」

「ちょっと埃が付いてしまったではないですか!」

「知るか! 戦闘中に汚れるのは当たり前だろうが!」

「敵ではなく、味方の不注意で汚されたというのが重要なのですが」

「ええい、細かい奴め! ともかく、今は今後の行動をどうするかだ!」


 メアが誤魔化すように叫ぶ。クイナもある程度メアがあたふたするのを見て満足したのだろう。大人しくその言葉に従った。


「ではお茶でも入れましょう」

「おいおい、戦場だぞ?」


 変わり身早すぎるだろ! というか戦場でお茶って! メアでさえちょっと驚いているぞ。だが、クイナは冷静に言葉を返す。


「でしたら、休憩できる時に休憩しておくべきだと思いますが」

「ふむ……一理あるか」

「はい」


 納得しちゃったよ! クイナはどこからともなく取り出したテーブルの上にティーカップを手際よく並べると、そこにティーポットから熱々の紅茶を注いだ。クイナが再びどこからか取り出した椅子に、メアが悠然と腰かけた。


「こんなこともあろうかと、こちらのお茶も獣神花を使った覚醒負担軽減効果のある魔法茶となっております」

「ほう。それは助かるな。さすがだ」

「フランさんもどうぞ? スコーンもありますよ?」

「ごめん。別動隊を倒しに行く」


 だが、フランはその申し出をやんわりと断ると踵を返した。しかし、歩き出して数歩でフラリと体が傾いてしまう。


『お、おい。フラン、大丈夫か?』

「ん」


 そう頷きはするが、その顔色は悪かった。戦場の緊張感と、仲間を救いたいという意思力で疲労を忘れてはいるが、そろそろ限界が近いらしい。俺が気付くべきだったな。


「そのまま戦っても、上手くはいかんぞ」

「この紅茶は疲労回復効果のある霊草を配合してあるので、ぜひどうぞ。再覚醒に必要な時間も短縮できますよ?」

『フラン、少しだけ。10分だけでいいから休憩しよう。俺も少し疲れた。な?』

「……ん。わかった」


 渋々ながらフランは俺の提案に従った。クイナがフランにも椅子を引いてくれる。ただ、休憩すると決めたら、お茶とお菓子が気になるらしい。クンクンと興味深げにスコーンの匂いを嗅いでいる。


 砕けて炭化した魔獣の死体が散乱し、未だに溶岩の熱がくすぶる戦場で唐突に始まったお茶会。狂気さえ感じてしまうのは俺だけなのだろうか? フランもメアもクイナも、当たり前の様にティーカップを傾けている。


 というか、この椅子やテーブル、お茶類はどこから出した? 俺の目が確かならスカートの中から取り出したように見えたが……。ポーションのビンを出すのとはケタが違う。とてもではないが、これらを仕舞って置けるスペースなどないだろう。


「クイナ、どうやって仕舞ってた?」

「スキルですよ。達人女中の固有スキル、『メイドの嗜み』の効果です」


 なんでも、次元収納に似たスキルであるらしい。ただし、仕舞える物には制限が付く。女中の仕事に不可欠な物という縛りがあるそうだ。しかも、その判断は使用者の意識によるという。逆に言えば、どんな物でもそれが仕事に関係あると使用者が認識してさえいれば、仕舞う事が可能であるらしい。クセが強いスキルである。しかも次元収納があれば必要ないしな。


 そう思ったが、利点もあった。時空系ではない系統のスキルであるらしく、時空魔術を妨害するような結界の中でも問題なく使用できるんだとか。


「王宮の達人女中の間では、どれだけ先々の事を考え、道具を仕舞い込んでおけるかが腕の見せ所と言われております。こんなこともあろうかと、と主に言うのが我ら女中の生きがいですので」


 い、生きがいって。メイドという職業の業の深さを垣間見てしまったぜ。


「そう言えば、まだ正式に名乗っていなかったな。ネメア・ナラシンハだ。一応、この国の王女と言う事になっている。ランクD冒険者にして、金火獅だ」

「ん。私は黒猫族のフラン。ランクC冒険者で黒天虎」

「そして、我の従者クイナと、我が相棒リンドだ」

「クオオオ!」


 ちょうどリンドが降りて来る。改めて近くで見ると大きいな。体はウルシよりも小さいが、翼も合わせたら遥かに巨大だ。前は小型だったのに。


 こんな竜を生み出せる竜剣リンドって、普通の魔剣じゃないんじゃないか? そんなことを考えていたんだが、メアも全く同じことを考えていたらしい。


「なあ、フランよ」

「ん?」

「その剣は、どのようないわれの剣なのだ?」


 メアの熱い視線が、フランの背中に背負われている俺に注がれている。


「単なる魔剣ではないな? 銘は?」

「ん……」

「も、もしや神剣ではあるまいな?」


 どうしよう。適当に嘘をついておくか? でもフランの友人になってくれそうな相手だし、出来るだけ誠実に対応したい。フランの沈黙を逡巡と考えたのだろう。メアがさらに言葉を紡ぐ。


「いや、待て。そちらに聞いてばかりではいかんな。我の秘密も教えてやろう! 故に、そちらの秘密を明かす。これでどうだ?」

「秘密? 王女様?」

「そんなつまらん秘密ではない。もっと凄い秘密だぞ?」

(師匠……)

『いや、そう言われてもな……』


 フランはメアに秘密を打ち明けたい様子だな。よほどメアを気に入ったらしい。王族であるメアに俺の事を話したら、獣王にも知られてしまう恐れがあるんだが……。


(師匠、ダメ?)

『……はぁ。仕方ないな』

(ありがと)


 フランにそんな声で懇願されたらダメとは言えないじゃないか。そもそも俺が自分の正体を隠したいのは、フランが注目されたり、狙われたりしないようにだ。だから、フラン自身が教えても良いと感じたのであれば、反対する理由はない。


「わかった。それでいい」

「おお! 感謝するぞ! では、まずは我の秘密からだな!」

「お嬢様。本当によろしいのですね?」

「当たり前だ。フランは信用に足る!」

「まあ、お嬢様の勘は当たりますから。そう思われたのであれば反対しませんが」


 そう言ってため息をつくクイナを見て、シンパシーを感じてしまった。それにしても、王女と言う正体がつまらないと言わしめるほどの秘密か。気にならないと言えば嘘になるな。


「この竜剣リンドなのだが……」

「ん」


 メアも剣に関する秘密だったらしい。だからこそ、俺が気になっていたんだろう。背中の剣を抜いて、テーブルの上に載せる。


「この剣の本当の銘は暴竜剣・リンドヴルム。世に名高い神剣の一振りだ」

「!」


 あっさりと。そう、本当にあっさりと、フランに告げたのだった。



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