316 Side クイナ
私の名前はクイナ。獣人国に仕える、王宮侍女の1人です。
王宮の侍女育成所に入ったのは2歳の時。まあ、当時の事は覚えていませんが。この育成所は孤児を集めて来て教育を施し、適性のある者は侍女に、そうでないものは一定の年齢に達するとその他の部署に割り振られます。
訓練は非常に厳しいですが死なないギリギリの厳しさですし、成績が悪くても放り出されることはないので、孤児の受け皿としては悪くないでしょう。
私はそれなりに戦闘面での才能が有ったらしく、運よく侍女になれました。王宮侍女に必要なものは、まず戦闘力ですから。そのまま先輩の下で修業を積み、お嬢様付きの専属侍女となったのが14歳の時。生まれたばかりのお嬢様に引き合わされた日の事は忘れません。
別に、その愛らしさに目を奪われたとか、自分の責任の重さに身が引きしまったとか、そういう事ではありません。勿論、それらの気持ちがゼロだったとは言いませんが。
お嬢様は、信じられない程に白かったのです。赤猫族の乳幼児であれば、赤みがかった金毛に黄肌が当たり前です。王族の方には赤みの薄い金毛の方もいらっしゃいますが。目は金、銀、青、茶が多いでしょう。
しかし、お嬢様は毛も肌も真っ白で、目が真っ赤だったのです。さらに、一瞬種族が分かりませんでした。目の前で見たというのにです。
私は教えられるまで知りませんでしたが、極まれに生まれる白神子というものでした。
生まれたお嬢様を見て、皆はとても喜んでいましたね。白神子は特殊なスキルや能力を生まれ持っていることが多いかららしいです。特にお嬢様は白火という非常に強力なユニークスキルを神から与えられていました。スキルの見極めを行った王宮の学者の言によると、金炎を上回るという話です。
期待するのは仕方ないですが、少々周囲が煩すぎると思うのですよ。中には、お嬢様が成長したら、その力でバシャール王国を滅ぼすなどと言っている者もいました。子供の力を当てにする前に自分でやれと言いたい。
獣王様もお嬢様が周囲の期待に押しつぶされないか心配されたようです。あの方も脳筋な様でいて――いえ、脳筋なことは確かですが、脳筋なりに知恵を絞って色々と考えられたようです。宮廷雀の中にはよからぬことを吹きこんだり、バシャール王国への悪意を吹聴する輩もおりましたので。
そこで王は影武者を用意し、お嬢様に王宮外での自由を与えたのです。王宮の外でのお付きは私だけという危険を伴った自由では有りますが。ですが、王宮の中で心が殺されてしまうよりは余程良いと思うのです。
実際、健やかに成長されましたし。そもそも、白神子として加護を与えられたお嬢様の戦闘力はかなりの物です。それこそ、齢13歳にしてダンジョンを滅ぼしてしまうほどに。
あの時は私も驚きました。スキルの制御が完璧でなかったお嬢様が、無理をしてスキルを暴走させてしまったのです。そして、そのまま短時間でランクEダンジョンを殲滅してしまいました。そう、踏破ではなく、殲滅です。
ある町の冒険者ギルドでダンジョンがスタンピードを起こしそうだという話を聞いたのが始まりでした。お嬢様が国民を守るのが王族の役目だとおっしゃって、私がダンジョンに向かう準備をしている間に1人でダンジョンに突っ込んでいってしまったのです。
そして、最初の部屋で溢れ出そうとしていた魔獣の群れと出くわし、スキルを限界まで使用してしまいました。お嬢様が逃げ出したとしても、冒険者たちの迎撃部隊が間に合っていたので問題は全くなかったんですがね。まあ、やんちゃしたい時期だったんでしょう。
結果、無駄な無理をしたお嬢様の生み出した白い炎が、ダンジョンを飲み込みました。そう、お嬢様は最初の部屋から動かず、ダンジョンの内部にいるすべての魔獣を白火で殲滅してしまったのです。ダンジョンが中レベルの魔獣が多い代わりに、全4階層の小型だったこともお嬢様有利に働きましたね。暴走した白火の前には、脅威度E、D程度の魔獣では耐えられませんから。
結果として誰も死にはしませんでしたが、ダンジョンコアは破壊されてしまい、ダンジョンは死んでしまいました。やはり、無駄な頑張りだったと言えるでしょう。
まあ、お嬢様はその時の暴走によって一気に経験値を稼ぎ、進化に到達したのですが。同時に称号も得ました。ダンジョン踏破者ではなく、暴虐者という称号だったところに神々のセンスを感じますね。
少々元気過ぎて人に迷惑をかけることもありますが、私がかけられる訳じゃないのでどうでもいいです。
唯一の悩みは、同年代のお友達がいないことでしょうか? 年齢の割に少々お強すぎる事と、王族故の無意識の威圧感のせいだと思います。
そんなお嬢様に良き出会いがありました。
噂の黒雷姫とばったり出くわしたのです。噂を聞いた時から、お嬢様の友人になってくれるのではないかと期待していました。それなのに、いきなり喧嘩を吹っ掛けるとは……。呆れて言葉もないとはこのことでしょう。
フランさんもお嬢様と同じ戦闘大好き人だったようで、仲良くなれたのは本当に良かったです。お友達と言うと怒られますが。強敵と書いて友と読むそうです。脳筋の人たちの考えることは意味が分かりませんね。
フランさんと別れた後は、南へ向かいバシャール王国との戦いに加わろうとしたのですが、断られました。まあ当然ですが。獣王様がいない状況で、現場の指揮官が王族を危険な前線に出せる訳がありません。どんな戦況になったとしても責任問題は免れませんから。
それがフランさんと別れたその日の話です。いえ、別に前線まで赴いたのではなく、後方の物資集積拠点兼司令所で交渉したのですが。
ふて腐れたお嬢様を宥めるのは非常に面倒でしたが、フランさんに会いに行こうと告げると何とか機嫌を直してくれました。チョロイですね。今後はこの手を使わせてもらおうと思います。
フランさんを追って北へと向かった私達でしたが、全く追いつく気配がありませんでした。何やら道々で騒ぎに巻き込まれている様で足跡は確認できるのですが、どこへ行ってもすでに出発した後だと言われるのです。
最後の方はむきになって、覚醒して全速力で駆けるという荒業を使ったのですがね……。フランさんの従魔である狼の脚は、私たちの想像を超えていたようです。ですが、遂にもう直ぐで追いつけそうだという時でした。
まさかあの様な事になるとは……。
グリンゴートに到着すると、城砦内が非常に慌ただしい事に気づきました。領主に話を聞くと、なんと北から魔獣の群れが迫っているというのです。
この時期に? バシャール王国との繋がりが無いわけがないでしょう。フランさんや他の冒険者の中に、暗殺者に襲われた者がいるという話からも、両者の関係が見て取れます。あえてバシャール王国の仕業であるとバレバレの暗殺者を送り込むことで、有力な冒険者たちを北ではなく南へ向かわせようとしたのではないでしょうか?
我が国の冒険者は血の気が多い者ばかりですから、やられたらやり返そうと考えるはずです。その結果、多くの冒険者がバシャール王国との戦線へと向かってしまっており、人手不足となっていました。
はい、お嬢様が張り切らない訳がありません。僅かな冒険者を含む有志が出撃したと言われましたが、お嬢様もその後を追って飛び出して行かれました。
しかし、その途中で魔獣がいると言われた方角とは別に、魔獣の群れがいる気配を捉えてしまったのです。それも2つも。
片方にはすでに先遣有志部隊が襲い掛かっている様でした。少数精鋭の先遣隊の戦力は事前に聞いておりましたので、彼らに任せておいて全く問題ないでしょう。むしろ過剰戦力? なので、私とお嬢様はもう片方の、少数の部隊に向かう事にしました。
ただ、驚くことに単なる魔獣の群れではなかった様です。邪人の群れだったのですが、全部が同じ装備で、同じ魔獣に騎乗していました。しかも指揮官であるデュラハンの命令に的確に従っており、非常に戦術的な動きを取るのです。まあ、それでも私たちの敵ではありませんでしたが。最初にデュラハンを狩ってしまえば、残りを殲滅するのは簡単でしたね。
お嬢様と私はその群れを殲滅した後、背後関係を調べるためにさらに北上することにしました。お嬢様の成長に合わせてリンドも成長してくれたので、移動はとても楽ちんです。
しかし、本来は偵察だけのはずだったんですが、非常事態が発生してしまいました。なんと、凄まじい量の邪人の軍勢と、フランさんが1人で戦っていたのです。
当然、お嬢様が見捨てる訳もなく、私たちも参戦することとなってしまいました。まあ、それは仕方ないんです。最初からお嬢様が偵察だけで済ますとは思っていませんでしたから。
ですが、なんで私の相手が重装備のデュラハンなんですか? 正直、このタイプの相手は苦手なんですよね。苦手と言うか、決め手に欠くのです。私は生物の急所を突いて暗殺する戦闘スタイルなので、防御力の高い死霊なんて、最悪の相性です。
ですが、お嬢様にやれと言われてしまいました。逃げる訳にもいきません。
「お嬢様に頼まれてしまったので、貴方は私が足止めをさせていただきますね?」
「――」
「はぁ。死霊の方は無口でつまらないですね」
「――」
「仕方ありません。たまにはお喋りなしで本気で戦いますか」
楽して手抜きが人生のモットーの私ですが、お嬢様の期待にだけは全力で応えると決めているのです。
今週はちょっと忙しいので、次回は18日更新です。
レビューをいただきました。ありがとうございます!
コミックス効果か、最近は読んでくれる方がまた増えた様で嬉しいですね。
これからも当作をよろしくお願いします。




