315 クイナとデュラハン
戦いを繰り広げるクイナたちの下へと向かいながら、デュラハンを鑑定する。その手に持っているのはやはり邪神石の剣となっている。だが、その種族は死霊だ。そもそもワルキューレは名前も種族名も邪神を冠する物へと変わっていたのに。
ワルキューレの口ぶりからすると、手に持っただけで魂が食われて、暴走するような感じだったんだが……。いや、邪神石に限らず、邪神に関係するものには他者を暴走させる効果があることが多いな。だとするなら邪神石の剣も油断はできないだろう。
ただ、デュラハンに暴走する素振りはない。一切喋らず、黙々とクイナと戦っていた。でも、それは死霊だからだろうし……。あれで暴走してるのか? いや、待てよ。デュラハンの種族が死霊だから、邪神石の剣に魂を取り込まれないのかもしれん。そもそも魂が無いわけだし。
以前、浮遊島のダンジョンでネクロマンサーのジャンから死霊についてのレクチャーを受けたことがある。その時に、魂についても少しだけ聞いたのだ。
魂に関する事は神の領域であるため、人が操ることは普通は無理らしい。生物が死ねば、その魂は神の御許へと召される。言ってしまえば、天国へと昇る訳だ。
死霊魔術などは一見すると魂を操っているように見えるが、そうではないらしい。残留魔力に残った強い念や、死んだ魔獣の想いが残った魔石などを操って、死体を操作しているだけなのだ。なので、俺たちの前にいるデュラハンも、魂は入っていないはずだ。魔石か、死霊術師が造り出した疑似魂魄で動いているはずだった。
それ故、邪神石に食われる魂がそもそも存在せず、暴走もしないと思われた。
『ということは、フランたちがあの剣で斬られたらヤバいのか?』
手にしただけでワルキューレがああなったんだぞ? 斬られたら、邪気が体内に入ったり、魂に何か悪い影響が出たりするんじゃなかろうか?
それとも、邪神石を受け入れてなければ、支配されることはないのだろうか? いや、それは希望的観測だったらしい。
(師匠……)
『フランも感じたか』
クイナから僅かに邪気が感じられる。クイナの鑑定結果には、邪気酔いと表示されていた。クイナの肩に付けられた、本当に僅かな傷口が黒く染まっているのが見える。
俺は今の推測をフランに聞かせると、注意する様に伝えた。
『フラン、絶対に邪神石の剣の攻撃は受けるなよ! ワルキューレみたいに、邪神石に体を蝕まれるかもしれん』
(わかった)
邪気なんて、回復魔術や浄化魔術でどうにかなるのかもわからないしな。俺の言葉を聞いたフランはメアにも注意を促した。ただ、クイナがすでに邪気の影響を受けているという部分は伝えない方が良かったかもな。
「何! クイナがすでにあの剣に? ぬおお! 今行くぞクイナ!」
『あー、行っちまった』
仕方ない。ここは俺たちが援護せねば。
『フラン。さっき見たところ、メアの攻撃力はかなりの物だ。攻撃は任せて、俺たちは防御と援護に回ろう』
邪神石を倒す時に閃華迅雷を再度使用して、これ以上の使用は出来るだけ避けたいからな。
「わかった」
メアはすでにクイナとデュラハンの間に割り込んでいる。
「クイナ、加勢するぞ!」
「お嬢様、あの剣にご注意を。斬られる度に、体に違和感があります」
「分かっておる、お前は我の援護だ!」
「はい」
メアの言葉を聞いたクイナが素直に後ろへ下がった。この辺、単なる王女と護衛という訳ではなく、メアを信頼しているのが伝わってくるな。自分などが守らなくても大丈夫だと思っているようだ。
「死霊なだけあって、痛みを感じない様です。幻影は通じますが、人ほど引っかかりはしないですね」
「なるほど。お主とは相性が悪いか」
「最初からそう言っているではないですか」
「と、とにかく、援護に回れ!」
「わかっております」
さすがに主従なだけあって、2人の息はピッタリとあっているな。メアが火炎攻撃を仕掛け、クイナはデュラハンの背後から攻撃をしている。メアの攻撃は決してクイナの邪魔をせず、クイナによってバランスを崩されたデュラハンの攻撃は、メアに届かない。
「どりゃぁ!」
「――」
メアの放った火炎を盾で防いだデュラハンに、クイナが忍び寄る。そして、自分よりもはるかに巨大なデュラハンをあっさりと投げ飛ばした。こっちから見たら、片腕を掴んで軽く捻っただけに見えるんだがな。
デュラハンの体がふわりと浮き上がり、地面に叩きつけられる。そこにメアが追撃を仕掛け、火炎魔術で爆炎を叩きつけてデュラハンをさらに吹き飛ばした。
クイナを巻き込んだのかと一瞬ヒヤリとしたが、すでにクイナは爆炎の届かない場所へと退避している。本当に息が合っているな。
ダメージがあるのかないのか分からない様子で、無言のまま立ち上がるデュラハン。戦闘力ではワルキューレに劣るものの、頑丈だし、邪神石の剣も所持している。こいつも一斉攻撃で葬る方が安全だろう。メアも同じことを考えた様で、すでに白い炎を身に纏わせながら、フランとクイナに指示を出した。
「先程と同じだ。今できる最大攻撃を叩き込む。良いなフラン?」
「ん!」
「クイナは奴の盾を封じるのだ」
「分かりました」
やることは先程と一緒だ。メアは白火。フランはカンナカムイ。最後の止めは俺の天断。そう思っていたら――。
「フランよ」
「ん?」
「こやつの止めは我がもらうぞ? そなたはさっきワルキューレを持って行ったのだし、よいじゃろ?」
そう言えばメアも強くなるために経験値を求めているんだった。マンティコアも素材より経験値を欲しがっていたほどだからな。
「止めを刺した方が経験値がもらえるの?」
「わからん! だが倒した方がたくさんもらえそうではないか!」
「……あっちの魔獣と邪人はあげるから、こいつはちょうだい?」
「なぬ? お主中々強欲じゃな! まあ、よいが。ここで言い争っていても仕方がないからな」
「ありがと」
「よいよい。年下の我儘を聞いてやるのも、年上の者の務めだ」
お姉さんぶりたい年ごろなのかもな。それに助けられたか。
フランとメアがそんな会話をしている内に、クイナがデュラハンの手から盾を弾き飛ばした。幻像魔術で隙を作り、盾を掴んでデュラハンをぶん投げたのだ。
「では行くぞ! 我が敵を滅せよ! 白火!」
「はぁぁ!」
メアの白い炎にやや遅れて、フランがカンナカムイをあわせる。かなり無理をして一発だけ放った物だ。俺のカンナカムイに比べると半分ぐらいの威力だろう。
いや、先程まで戦っていた邪神石がおかしかっただけで、普通の敵なら完全にオーバーキルの攻撃である。止めをもらうなんて約束したが、その前にこの攻撃で魔石ごと蒸発しちゃったりしないよな。
まあ、それはいらぬ心配であったようだ。邪神石の剣はやはり油断ならない存在であった。盾を失ったデュラハンを守る様に障壁を展開したのだ。ただそれでも、カンナカムイと白火のコンボの前には、耐えることはできなかったが。障壁は破壊され、デュラハンが大爆発に巻き込まれる。
吹き荒れる爆風の中、フランが真っすぐに駆けた。立ち昇る白い爆炎が収まりきらぬ前に、前傾姿勢のまま肩に担いだ俺を振り抜く。
『剣王技・天断』
「――」
先程はメアの白火で刀身を焼かれてしまった俺だが――。今回は炎ごとデュラハンを叩き斬っていた。白い炎も、デュラハンの分厚い鎧も、まったく問題にならない。豆腐を斬ったのかと思うほど、あっさりと両断できてしまった。これが剣王技の威力か。
ただ、デュラハンを斬った直後、俺の刀身に蜘蛛の巣状のヒビが入り始めた。技によって俺の刀身にかかる負荷は凄まじいものがあったらしい。正直、メアの白火に溶かされて瞬間回復した方がダメージが少ないんじゃないかと思うほどだ。俺だからこの程度で済んでいるが、そこらの剣だったら技が相手に当る前に、粉々に砕けてしまっているかもしれない。
先程、フランがワルキューレに対して天断を放った時とは比べ物にならない。向こうは精々耐久力半減だったが、今回は破壊の危機だ。多分だが、俺の剣王技への熟練度が足りないせいだろう。自分の体なのに、フランの方が上手く扱えるというのもおかしな話だが。
ビキビキと不吉な音を立てて、刀身に細かいヒビが広がっていく。それでも、俺はデュラハンの魔石を砕いた感触を確かに感じていた。同時に大量の魔力が流れ込んでくる。
『よっしゃ! 魔石はいただいたぜ!』
レビューを頂きました。ありがとうございます。
非常にやる気がでますね。




