314 邪神石
メアの金殲火によって生み出された、金色の炎が次第におさまってくる。
完全に炎が消えた時、ワルキューレだった物がその場で崩れ落ちた。今の姿は全身が炭化した黒い焼死体だ。しかも脳天から唐竹割りにされ2つに分断された。
俺はその姿を横目に見ながら、ワルキューレの魔石を食って得られたスキルを確認していた。弓聖技、弓聖術、混乱耐性、光魔術、士気熱狂、歩行補助、戦乙女をゲットできている。かなりレアなスキルばかりだ。
にしても、今日は相当数のスキルをゲットできているが、今回が一番凄いな。まあ、まだ全部をキッチリ把握する暇がないのでこの戦いが終わったらチェックしないといけないが。
唯一の問題は邪術だ。ゲットしてしまったものは仕方ないし、装備せずに死蔵しておこう。そう思っていたんだが……。
『邪術がどこにもない?』
ワルキューレの所持していた邪術が、俺に引き継がれていなかった。邪神系の称号がないからだろうか? 多分、条件を満たしていないってことなんだろうが……。いや、むしろ良い事なんだし、ここは素直に喜んでおこう。問題なし!
いや、問題はもう1つあった。ワルキューレほどの大物を食ったのに、魔石値が異常に少なかった。このレベルの魔石だったら、300は超えると思っていたんだが……。5しか手に入らなかったのだ。邪人でも魔石値が多い奴は多いはずなんだが……。あまりにも力を消耗し過ぎて、魔石の力が弱まってたってことなんだろうか? うーん、分からんことが多すぎる。
「やったか……?」
「ん……」
異変はそれだけではない。メアの炎によって焼かれ、魔石を俺に食われ、確実に死んだはずのワルキューレ。だが、未だにその体からは黒い邪気が立ち昇っていた。
奥の手を放って覚醒が解けた状態のメアも、油断なくワルキューレの焼死体を睨みつけている。
(まだ、生きてる?)
『いや、そんなわけが……。だが、ワルキューレから邪気が感じられる……』
いや、違うな。邪気の大元はワルキューレだったものではなく、槍だ。黒焦げになったワルキューレが未だに握っていた邪神石の槍から、強力な邪気がワルキューレに向かって流れ込んでいるのだ。
『槍だ!』
「メア、槍!」
「なるほど! 分かった!」
『食らえ!』
「――ファイヤ・ジャベリン!」
「はぁ!」
俺とフランの放った雷鳴魔術と、メアの放った火炎魔術が邪神石の槍に直撃するが、槍の障壁に阻まれて破壊することはできなかった。
直後、邪神石の槍が強烈な黒い光を発した。脈打つように断続的に放たれる黒光の間隔が、次第に短くなっていく。
左右に分かたれたワルキューレの死体の切断面から触手の様な物が盛り上がり始め、互いに絡み合って死体が繋ぎ合わさる。そして、そのままワルキューレの死体がギクシャクとした動きで立ち上がった。黒く炭化した死体が関節を無視した動きで蠢く様は、フランとメアが顔をしかめる程に不気味だ。
「ファイア・アロー!」
「はぁ!」
フランたちの魔術はやはり障壁に弾かれてしまうな。
「ガガ……ガ……」
大きく開かれたワルキューレの口から、ラジオのノイズの様な耳障りな音が発せられる。次の瞬間、ワルキューレの死体がボコボコと内側から膨らみ始めた。内側で謎の生物が蠢いているかのような動きで、一部分だけが急激に盛り上がっていく。
それと同時に、その体からは強烈な邪気が発せられ始めた。漏れ出す分だけでも、剣であるはずの俺が寒気がする程の凶悪さだった。
フランは眉間に皺をよせ、邪気に当てられたメアは青い顔でワルキューレだった物を見つめている。最早単なる邪気と言うよりは、瘴気と言った方が良いのかもしれないな。
鑑定してみると、すでにその名前はワルキューレではなく、邪神石となっていた。種族が邪神人、状態が邪神化だ。称号には邪神の力を与えられし者となっている。これはバルボラで戦った、巨大化した邪術師リンフォードと全く同じであった。
その内から発せられる邪気は秒を追うごとに強くなっていく。
「ガガガガ――」
これは、このまま放置するのは危険だ。この時点でどうにかしないと!
『フラン、出し惜しみなしだ! 全力でやるぞ!』
「ん! メア、本気でやる!」
「わ、分かった!」
メアも俺たちと同じ様に感じていたらしい。フランと共に邪神石から大きく距離を取ると、集中力を高めた。障壁がどれほどの物かは分からない以上、最大威力の攻撃をぶつけるしかない。
「閃華迅雷!」
「白き炎よ……!」
『おおぉ――!』
メアは金殲火という奥の手を使ってしまったせいで覚醒が解除されている。しばらく再覚醒は出来ないだろう。だが、どうやら攻撃の方法があるようだな。
先程までの金色の炎ではなく、見たこともない白い炎がメアの体を取り巻いていた。メアから発せられる雰囲気がガラリと変化し、威圧感と共に神聖ささえ感じさせる。
金火獅の能力なのか? それとも、メア自身のスキルによるものなのだろうか? まあ、感じることの出来る膨大な魔力を考えれば、かなり強力なスキルなのだろう。攻撃力も期待できる。
『行くぞ! はぁぁぁ!』
大盤振る舞いだ。カンナカムイを連発してやろう。正直、集中力が途切れてしまいそうなほどの悪寒が俺の精神を襲っている。無理し過ぎているんだろう。だが、ここは無理せざるを得ない状況だ。
「黒雷招来!」
「我が敵を滅せよ! 白火!」
俺のカンナカムイ2連発と、フランの黒雷、そしてメアが打ち出した白い火炎が邪神石を直撃した。
さすがの邪神の障壁も、この超威力の同時攻撃は防ぎきれなったらしい。一瞬だけカンナカムイを受け止めたのだが、すぐに白雷と、その直後に着弾した黒雷、白火に飲まれて消えて行った。
巨大な爆発が、着弾地点を中心に起きる。
「ぬおお?」
「ん……!」
かなり離れていたはずなんだが、メアとフランは爆風に吹き飛ばされそうになっていた。ウィンド・ウォールを重ね掛けして、風と瓦礫を防いでやる。
先程まで邪神石がいた場所には、巨大な穴が開いていた。カンナカムイを撃った時にできるクレーターの倍以上はある。
「す、凄まじい爆発だったな……」
「ん」
「我ながら恐ろしい威力だったな」
フランたちがクレーターの縁に近づく。
「どうだ?」
「いない?」
『気配は感じないな』
どうやら倒すことができたらしい。下手に暴れ出す前に仕留められてよかったぜ。
「あの悍ましい魔力は一体何だったのだ……。未だ鳥肌が立っているぞ」
「邪神石の槍のせい」
「邪神石……。なるほど、邪神に関係のある道具であったか」
そんな事を話しているフランとメアだったが、俺はある事実を思い出していた。
『なあ、デュラハンが装備してた剣。あれ、邪神石の剣て言う名前だったんだが……』
「! それは危険」
「どうしたのだフラン?」
「クイナの援護に行く」
「うむ、そうだな。クイナが負けることは無かろうが、早く仕留めるに限るからな」
クイナとデュラハンは未だに戦っている。ここから見る限り、邪神石の剣におかしな様子はないが……。ともかく、早めに援護に入った方が良いだろう。
『いいか、迂闊に剣に触るなよ?』
「ん!」




