310 メアとクイナ参戦
「苦戦しているようだなフラン! 援軍はいるか?」
「メア!」
突如として戦場に現れ、邪人たちに襲い掛かった赤い竜。その背には、数日前に別れたばかりの人物たちが騎乗していた。それは、蠍獅子の森で出会った謎の少女メアと、その従者であるクイナだった。しかもこのドラゴンの名前はリンドとなっている。メアの魔獣武器に宿った竜の名前だ。
メアの命令を聞いたリンドは、大きく開いたその咢から真紅の炎を吐き出した。炎は広範囲に広がり、邪人や魔獣たちを同時に20体以上焼き払う。
それを見たワルキューレが弓を引き絞るのが見えた。狙いはリンドだな。邪人たちの脅威であり、良い的であるリンドを先に落とそうと言うのであろう。
「師匠!」
『大丈夫だ』
ワルキューレもフランも気づいていないようだが、俺は確信していた。あの矢は絶対に当たらない。
「大層な登場の仕方だが、残念だったな! もう退場だ!」
ワルキューレはそう叫んで矢を放つ。リンドの胴体に命中するコースだった。必中を確信したワルキューレが会心の笑みを浮かべる。
だが、その矢はリンドをすり抜けると、明後日の方向に飛んで行ってしまうのだった。驚きの表情を浮かべるワルキューレとフラン。
「な、何が……!」
(幻影?)
『そうだ。幻像魔術、それも恐ろしく使い方が上手だ』
俺たちも散々苦しめられたが、あの幻像はそれ以上の出来だった。幻像のメアが、勝ち誇った表情を浮かべながら叫ぶ。
「フランよ! 助太刀致す!」
「メア! 私よりも、邪人の別動隊を止めて!」
だが、フランはメアの言葉に対してそう懇願した。いつものフランからは想像も出来ない、悲痛な叫びだ。だが、メアがその言葉を笑い飛ばす。
「ははは! 安心しろ! 別動隊とは、東と西から南下していた2隊のことであろう? すでに1隊は殲滅済みだ! 数の多かったもう1つの部隊に関しても、すでに我以外の者たちが対処している!」
「ほんとう?」
「うむ、安心するがいい! 西の邪人どもは全て我が経験値にしてやったわ! おかげでレベルが相当上がったぞ? リンドもほれ、このように大型化しおった!」
「クオオオオオ!」
「さらにグリンゴートの領主に話を付けて、避難民の護衛部隊を出させた。すぐにグリンゴートの部隊と合流できるだろう!」
メアの言葉を聞いたフランは、安堵の表情で大きく息を吐き出した。虚言の理の発動は間に合わなかったが、俺もメアの言葉は嘘ではないと思う。彼女の言葉には不思議な説得力があった。安心させる力って言うのかね? メアが平気だと言えば、本当に平気なのだと信じることができた。
そもそも、ここで嘘をつく理由もないし。メアたちの実力であれば別動隊を全滅させることも出来るはずだからな。
逆に、ワルキューレの表情からは余裕の色が消えていた。メアの言葉が嘘ではないと悟った様だ。
「馬鹿な……ミューレリア様より与えられた邪人たちが倒されただと……? 西回りの部隊には、デュラハンと悪魔が付き従っていたのだぞ? 特にデュラハンは、かなり強い個体だったはずだ!」
「確かにいたな。かなり強かったが、我ら2人がかりの攻撃は、さすがに防ぎきれなかったようだぞ?」
「2人がかり?」
「ああそうだ」
俺は、そう言って不敵に微笑むメアの背後から、あの人物の姿がいつの間にか消えていることに気がついた。確かに先程までリンドに相乗りしていたのに。どこに行った?
「良いのか? 戦乙女よ。そんなに無防備でおったら――」
メアが言い終わらない内に、ワルキューレが悲鳴を上げた。
「ぐがぁぁぁぁぁ!」
突如激痛に身をよじって飛び退ったワルキューレの傍らに、何時の間にか人影が寄り添っている。その人物がワルキューレの胸を抜き手で貫いたのだ。
「メアお嬢様の侍女、クイナと申します。お見知りおきを。それにしても、心臓を潰しても無傷とは面妖な」
メアに仕える暗殺メイド、クイナであった。俺たちも全く気付かなかった。だが、何をしたのかは分かる。幻像魔術と、固有スキルである夢幻陣を組み合わせたのだろう。リンドやメアたちの幻像を作り上げたのもクイナである。
その幻像は、クイナほどの達人が効果的に使えば初見で見抜くことなど不可能だ。完璧な初見殺しである。まあ、今は相手が悪かったが。
クイナの魔力がゴッソリと減ったのが分かった。涼しい顔をしているが、必殺の一撃だったのだろう。それを防がれても冷静なのはさすがだな。
いや、待てよ? 前回会った時も、冷静な顔して内心はビックリしてたよな。今回も俺には解らないだけで、実は焦っているんだろうか?
「ふはは! さすがクイナ! まったく焦っておらんな! 普段は小うるさい奴だが、戦場では頼りになるわ!」
やっぱ冷静だったらしい。いやー、全く見分けがつかんわ。クイナはこんな場合でもワルキューレに対して優雅に一礼をしてから間合いを取り直した。
「くそ! ここに来てこのような邪魔が入るとはな!」
「ふははは、残念だったな! だが、我がライバルを傷つけた貴様は、ただでは済まさんぞ!」
「お嬢様の唯一に近い友達ですからね」
「唯一は余計だ! それに友ではない! ライバルだ!」
「そのような強がりを……。確かに、お嬢様が大好きな色である黒の名を冠する異名を自分よりも先に与えられたフランさんに対して、複雑な気持ちを抱かれるのは仕方ありませんが」
「全部説明するな! だが、黒雷姫だぞ? ずるいじゃないか!」
「お嬢様はどれだけがんばっても、白炎姫とか、狂獣(白)とか、白い暴れん坊とか、その手の異名が付くのがオチです」
「……その異名、褒めておるか? ディスっておらんか?」
「申し訳ございません。つい本音が」
「ちょっとは言い訳しろ! まあいい。ともかく、ライバルであるフランに勝つのは我である! 邪魔な貴様は本気で潰してやろう!」
「素直じゃないんですから」
「う、うるさい! ともかく、行くぞ!」
そう叫んだメアはリンドの上から飛び降りるのだった。




