304 急転
俺たちの作った偽装砦をハリボテと見破った魔獣の軍勢は、そのまま一気に壁へと到達していた。
僅か十数分で生み出された壁に、魔獣たちは相当混乱しているようだな。動揺しているのが伝わってくる。ただ、すぐに立ち直ると、一ヶ所だけある隙間に殺到してきた。隙間に気づかれなかったら最悪なので、あえて隘路の入り口では小さな火を焚いておいたが、ちゃんと気づいてくれたな。
小細工はそれだけではない。隘路に立ちはだかるフランは、あえて汚れたままの格好をしていた。こちらが消耗していて、倒せるかもしれないと魔獣たちに思わせるためだ。そのおかげかどうかは分からないが、魔獣は俺たちの目論見通りに行動していた。15メートルほどの隘路に、魔獣が溢れかえって、闇雲に前に進もうとしている。それを俺とフランが押しとどめている形だ。
ウルシはどうしたかって? ウルシはここにはいない。今は、魔獣の偵察部隊を狩りに行ってるのだ。
魔獣たちは少し待機した後、ハリボテ砦を完全にスルーしてきた。その行動を見るに、魔獣部隊の中に偵察部隊が存在している可能性があった。そういった要員がいなければ、全軍で突撃するか、もっと砦を警戒して遠回りをすると思うんだよな。
この壁での戦いも、ここでフランを釘付けにする間に、壁の両端がどこまで続いているか、偵察を放っている可能性があった。ウルシの任務はその偵察魔獣たちを仕留めて、情報を分断することである。もしそんなものが存在していないのであれば、それで構わなかった。ウルシの姿が無いほうが、魔獣たちがフランに襲いかかってくる可能性が上がるからね。
「はぁぁぁ!」
『そこは通さんよ!』
雑魚を相手に、無双する俺たち。魔力制御スキルを取得したおかげで、魔力感知の精度もかなり上がった。そのおかげで、魔獣の軍勢に強力な魔獣がいないこともわかっている。少なくとも、脅威度C以上の魔獣はいない。Dの魔獣も多分いないだろう。
ただ、残っているのが雑魚とは言え、数の多さは脅威だ。それに、隠密系のスキルで隠れている可能性もあるので、気は抜かんが。しかもそれでいて、やり過ぎないように注意する。あまりにも圧倒的に勝ちすぎると、ここの通過を諦めてしまう可能性があるからな。
魔術は最小限で、剣での戦いに終始する。俺も、防御重視の戦い方だ。どうしても俺たちをかわして抜けようとする奴だけを狙って、魔術を放つくらいだな。
「くっ!」
『おい、フラン! いくら何でもわざと攻撃受けるな!』
「へいき!」
魔獣たちに、このまま力攻めすれば勝てそうだと思わせなきゃいけないとは言え、フランはゴブリンの剣をわざと受けたりしていた。
防具の上からなので軽い打ち身程度だが、さすがにこれはやり過ぎじゃないか? 勿論、致命傷にならない攻撃を選んで、致命傷にならない部位で受けているし、すぐにヒールで癒してはいるが……。
だが、フランは俺が言っても止まりそうもなかった。黒猫族を逃がすために、出来ることはなんでもするという事なんだろう。
因みに、先程ゲットしたばかりの魔力強奪、生命強奪はかなり強力なスキルだった。なんと周囲の相手から、手を触れずに力を吸収できてしまうのだ。魔力吸収、生命吸収が接触型の単体用スキルだったのに対して、こちらはエリア指定の無差別型であった。
ただ、一定範囲全てが効果範囲となってしまうため、味方も巻き込んでしまうのが厄介だろう。まあ、今の様に単騎で戦う場合は問題ないが。
俺はフランの装備品扱いであるため、俺がその能力を使っても、フランから奪う事にはならないのも良いね。
1体からの吸収効率は下がるが、対象が3体以上いればこちらの方が吸収量は多い。なので、魔力強奪を使い続けた結果、壁を作るのに使った魔力を完全に回復できていた。1体1体からは最大でも20~30程度しか吸収できないが、1度に30体程度が効果範囲に入っているからな。
そのまま1時間近く戦い続けただろうか。あとちょっとで夜が明けるだろう。どこかでこの隘路を避けて迂回すると思っていたんだが、未だに大半の魔獣がこの場に留まり続けて、戦い続けている。
だが、ついに魔獣たちの動きが止まった。もう数が半減しているしな。おかげで俺の魔石値があと少しでもう一度ランクアップ目前だ。
『次はどうする――っ!』
魔獣たちに向かって突撃しようとした直後。凄まじい悪寒を感じて、俺は咄嗟にショート・ジャンプを使っていた。
ドドォン!
轟音と共に、今までフランが立っていた場所に、矢が数本刺さっていた。
「師匠、助かった」
『ああ、一体どこからの攻撃だ?』
雑魚魔獣たちのさらに後ろから射られたことは確かだ。しかもかなりの速度だった。ゴブリンアーチャーレベルが放てる威力ではないだろう。というか、短距離転移して逃げていなかったら、障壁を破られて大ダメージを負っていたはずだ。
謎の射手の気配を探る俺たち。そして、絶句した。
なんと、魔獣たちの背後に、いつの間にか新たな気配が多数出現していたのだ。しかも、その魔力はかなりの物だ。最も弱い奴でも、脅威度E。半数以上は脅威度D以上だろう。そんな強者が、大雑把に数えてもおよそ1000体。整然とした隊列を組んで、布陣していた。
それはまさしく軍隊である。昇り始めた朝日に輝く、汚れ一つない白銀の鎧。完全に統率されていなければ不可能な、一糸乱れぬ隊列。同じ部隊であることが疑いのない、統一された装備。
先程まで戦っていた魔獣たちを軍勢などと言っていたが、こちらは軍隊。そうとしか形容できなかった。白銀の鎧を着こんでいるのが邪人でさえなければ、感嘆の溜息でも漏らしていただろう。
そう、その部隊は、邪人によって構成された、邪人の軍隊であった。ホブゴブリン、ハイオーク、ミノタウロス。それらが同じ武装に身を包んでいる。
『馬鹿な……。ようやく……ようやく魔獣どもの数が減って来て、殲滅できる目途がたちそうだったんだぞ?』
(たくさん)
『もしかして、今まで相手をしていたのは単なる先遣隊……? こいつらが、本隊なのか?』
(強いのばかり)
『フラン、行けるか?』
ここへきて、魔獣の群れなど霞むほどの相手の出現に、俺はフランに声をかけた。心が折れてなければいいんだが――。
(勿論、どんな敵が来ても絶対に勝つ。それだけ)
さすがフランだ。その答えを期待していた俺もいた。フランなら、絶対にそう言ってくれるだろうと思っていた。
『そうだな』
(ん!)
黒猫族を救うには、ここで倒れるわけにはいかないのだ。
『絶対に――』
「勝つ!」




