299 大魔獣たち
魔獣の軍勢と交戦を始めてしばらく経った頃。
俺の魔力も大分回復して来たが、まだ満タンには至っていない。だが、魔獣たちがこちらの事情を汲み取ってくれるはずもなかった。
「ガルルルル」
「ガオオオン!」
「デカイのいっぱい来た」
『ここからが本番ってわけか?』
「じょうとう」
『おう!』
体長4メートル程もあるトカゲや、緑色の体毛の巨大なライオン、鉄の棍棒を持ったハイ・オーガなど、数十もの巨体の魔獣たちがフランに襲い掛かってくる。
雑魚を何百匹ぶつけようが、フランを止められないと悟ったのだろう。
脅威度E、Dという、かなり強い魔獣たちである。単体で、村を蹂躙できるレベルだからな。無論、1対1なら絶対に負ける相手ではないが、数がかなり多い。油断はできないだろう。
しかも、雑魚たちの遠距離攻撃は相変わらず続いている。
『ウルシは影から数を減らしていけ』
「オン!」
『囲まれない様に気を付けろよ』
1対1ならウルシが負けるわけない。それでも、袋叩きにあえば危険だろう。
『遠距離攻撃は俺が防ぐ、フランは近くの魔獣を倒せ!』
「ん!」
フランは臆することなく魔獣たちへと突っ込んだ。自らの胴体程もある魔獣の前足を掻い潜り、電柱よりも太い角をスレスレでかわし、魔獣たちの群れに踊り込む。
「はぁ!」
「ガロオォォ!」
「遅い!」
「キシャアアァ!」
「そこ!」
「ギイィ!」
さすがにこのレベルの敵を一撃で仕留めることは難しいが、それでも今の数発で倒すことができた。俺、転生したての頃はこのランクの魔獣相手に死にかけてたんだよな。フランだけではなく、俺も強くなったって事だな。
仲間が次々と葬られ、魔獣たちが困惑しているのが伝わってくる。目の前の小さい生き物が自分たちより強いわけがないのに。どう見ても自分たちの餌であるはずなのに。自分たちより速く、自分たちよりも攻撃力があり、莫大な魔力を放っている。
興奮が冷めれば、魔獣たちにもフランの強さを冷静に感じ取ることができるようになってきたようだ。
その瞳に怯えの色が混じりだした。それを見る限り、何者かに精神を縛られて隷属させられている様な感じではないらしい。まあ、逆に脅威度があがったが。何せ、精神を支配せずに、これだけの魔獣を従えている者が居るってことだからな。
一番恐ろしいのは、実力で無理やり配下にしていた場合だな。万を超える魔獣に言う事を聞かせるなんて、どれだけ恐ろしい相手なのか想像もしたくない。多分、脅威度は余裕でA以上だろう。
俺がそんなことを考えている間にも、戦闘は激しさを増していく。あ、別に上の空だったわけじゃないぞ? 並列思考スキルでちゃんと防御を行っていた。
これが中々激しい。矢や魔術だけではなく、礫や、時には魔獣の死体が飛んでくる。仲間の魔獣に当たっても構わないと思っているのか、狙いが適当で逆に読みづらかった。
次第にフランに襲い掛かって来ていた魔獣たちが数を減らしていく。だが、俺たちの消耗もかなりのものだった。せっかく回復してきていた魔力も半減してしまったし、フランも肩で息をしている。
既にヒールで癒えてはいるが、全身に大小様々な傷を作りながらも戦い続けてきたのだ。魔獣の返り血と自分の流した血で、顔や装備が黒く汚れている。魔獣の血液は赤だけじゃないので、混ざり合うとドス黒く見えるらしい。
視界が奪われる危険もあるので、小まめに浄化してやるんだが、すぐに顔が黒くなってしまう。これほどの激戦で消耗しない訳が無かった。
『フラン、まだ行けるか?』
「まだまだ!」
フランが自分を振るい立たせるかのように、小さく叫んで魔獣たちを睨みつけた。その視線に気圧されたかのように、魔獣たちが一瞬動きを止める。
相手も、フランがただの少女ではないと改めて理解したようだ。理解されてしまったと言った方がいいだろうか。
魔獣を従える者は戦力の逐次投入の愚を反省したのか、戦い方を変えて来たのだ。やはり、どこかで見ているようだ。もしかしてこの軍勢の中にいるのだろうか? 予め戦略の指示を受けた指揮官個体がいるのか? そもそも、魔獣に指示を出す方法も分からん。
ただ、この魔獣たちが明確に統一された意思の下に行動していることは確かだろう。
(師匠)
『ああ、厄介な』
俺たちを取り囲んでいた魔獣たちが、波が引くようにサッと離れて行く。その代わりに、俺たちの目の前に、さらに強力な5匹の魔獣が立ちはだかっていた。少ないと侮るなかれ、5匹ともが脅威度Cの大魔獣である。多分、この軍勢の最高戦力だろう。
単騎でグリンゴート級の大都市を落とせるレベルの魔獣たちだ。それが5体。こいつらが俺たちに発見されることなく進軍を続けていたら、獣人国は未曽有の危機に陥っていたに違いない。
外からはバシャール王国、内からは魔獣の軍勢だからな。獣王がいない時に合わせたかのようだ。もしかして、この魔獣の背後にバシャール王国がいるのか? 分からないことだらけだ。いや、今はそんなことを考えている場合じゃないな。目の前の戦いに集中せねば。
厄介なことに、こいつらがそれぞれ違うタイプの魔獣だった。最も巨大な多頭の蛇の魔獣が、グラファイト・ヒュドラとなっている。その名の通り、黒光りする漆黒の鱗を持ったヒュドラだ。全長は20メートル以上あるだろう。高速再生能力に加え、闇属性と毒属性、火炎属性のブレスを吐くことができるようだ。6つの首それぞれがフランを飲み込めるほどに大きい。
その隣にいる深紅の毛並みの狼がクリムゾンウルフ。火炎魔術を操る強敵だ。多分、ウルシの種族であるダークネスウルフの火属性タイプだろう。5匹の中で最もバランスがとれているかもしれないな。
もう1体いる獣型の魔獣が、スティール・タイタンベア。名前の通り、鋼鉄の様に硬い皮膚と毛で全身を覆った、10メートルを超える巨熊だ。特殊能力は少ないが、単純な防御力とステータスの高さは5匹中トップである。腕力はグラファイト・ヒュドラさえ上回る1286を誇っていた。
巨熊の隣は、アダマス・ビートルという巨蟲だ。見た目はヘラクレスオオカブトを8メートルくらいにしただけなんだが、魔術耐性Lv8と言う厄介なスキルを備えていた。しかも甲殻もアダマスの名の通り非常に硬いらしい。これで高速飛行能力も持っているのだから性質が悪かった。
その隣にいる、人に近い形の漆黒の皮膚をした魔獣がデーモン。言わずと知れた悪魔族だ。称号は前にダンジョンで戦った奴が悪魔伯爵だったのに対して、悪魔男爵となっている。ステータスでは伯爵よりも弱いが、こいつはスキルに隙が無い。馬鹿なダンジョンマスターのせいで制限があったあの悪魔伯爵よりも、こいつの方が強いかもしれなかった。
1体でも危険なのに、それが5体だ。しかも、これまでフランを取り囲んでいた他の魔獣どもが動き始めた。この5体にフランの相手をさせ、他の魔獣たちは進撃する気であるらしい。まずいな。
唯一良かったことは、この魔獣たちがダンジョンに関係ある可能性が高いと判明したことだろうか? デーモンはダンジョン固有種で、特殊な術を使わない限り召喚することはできないらしいからな。
『まずい……』
(どうする?)
『こいつらと戦いながら、魔獣の軍勢の足止めをし続けるのは無理だ』
それは危険すぎる。全力で戦わなければ勝つ事さえ難しい相手なのだ。
(じゃあ、速攻倒す)
『ああ、それしかない。やるぞ!』
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