298 開戦の狼煙
魔獣の軍勢を眼下に捕らえ、俺たちは先制攻撃の準備を整えていた。
『フラン、待たせたな』
「わたしもオッケー」
「オン!」
フランもウルシも準備万端である。
「覚醒!」
閃華迅雷はまだ使わない。今回は長時間の戦いになるだろう。身を削る様な特攻戦法は使い所が難しかった。
フランの覚醒を合図に、俺たちは一気に魔術を解き放つ。
「エカト・ケラウノス!」
『これが開戦の狼煙だ! カンナカムイィィ!』
「ガルルルァァ!」
フランの放った百条の雷が広範囲に降り注ぎ、俺のカンナカムイが魔獣共の先鋒の中央に突き刺さった。ウルシが放ったのは死毒魔術で生み出した猛毒の霧である。
エカト・ケラウノスの雷に打ち砕かれる魔獣たちが断末魔の叫びをあげ、カンナカムイの大爆発に巻き込まれた100を超える魔獣たちは叫び声すら上げられずに消滅した。ウルシの毒霧を吸った魔獣たちは苦し気に唸りながら、激痛に身をよじっている。
「「「ギャオオオオオ!」」」
よし、魔獣どもは大混乱しているな。先制攻撃は成功だ。
『次だ!』
「ん!」
ウルシが魔獣の軍勢の上を一周する様な軌道で旋回する。俺はここに来る道中に次元収納に入れて来た岩や木を高空から落とし、フランはファイア・アローを連続して放った。
以前次元収納に仕舞っていた毒の水は、バルボラの料理大会で全部使ってしまった。今はあの毒水から作った快癒の水が少し残っているだけだ。
浮遊島の残骸も、初めてミドガルズオルムに遭遇した時に奴の腹の中にほとんど放出している。もう5つくらいしか残っていなかった。これを落としても、それほど多くの魔獣を巻き込むことはできないだろう。
まあ、それでも落とすけどね。数を減らすと言うよりは、魔獣たちに混乱を与えるためだ。これだけ大きな岩がいつ降って来るかという恐怖を与えつつ、純粋に障害物として軍勢の足並みを鈍らせるのが目的だ。
実際、俺たちの攻撃に混乱した魔獣たちが悲鳴を上げながら右往左往しているのが見えた。
『お次は先頭を潰すぞ!』
「ん!」
「ガル!」
そのまま俺たちは魔獣の軍勢の前に降り立った。そして、威圧や覇気を全力で放つ。
「ギャ、ギャギャ?」
「ギイ!」
魔獣たちはフランの放つ気配に怯え、その歩調が乱れた。後ろの魔獣から押されているため足を止めることはないが、明らかに腰が引けていた。
どうやら先頭は弱い魔獣が多いらしい。ゴブリンやオークの様な邪人が多い気もするが、ウルフや牙ネズミの様な獣型や、蜥蜴型に死霊型などその種族は雑多だ。それに、この辺にいる邪人の装備はかなり粗末であった。
先日倒したゴブリンと違って、ボロ布に棍棒といった、いわゆる邪人の装備と言われて想像する格好だ。
もしかしたら先頭の魔獣たちは使い捨ての肉壁的な扱いなのか? だとすると厄介である。やはりこの軍勢を統率している者には、それなりに戦術を考える頭があるってことだからな。
「はぁぁぁ!」
フランが怯える魔獣の軍勢に切り込んだ。そのままゴブリンやウルフを切り倒す。
その戦い方は非常に的確だ。雑魚は魔石を狙い瞬殺。多少強めの相手は魔石に拘らず頭などを潰す。正直、素材などには拘っていられない。よほど珍しい相手でもない限り放置だ。死骸が積み重なればそれだけでも魔獣の進軍を鈍らせる効果があるかもしれないからな。
『くらえ! バースト・フレイム! ゲイル・ハザード! サンダー・ウェブ! バースト・フレイム! ゲイル・ハザード!』
俺はとりあえず数を減らすことを重視して、範囲は広いが威力はいまいちの術を連発した。魔力を数倍込めて威力は増しているものの、所詮は低威力の術だ。ゴブリンは一撃、オークで瀕死、オーガレベルだと生命力2割減。せいぜいがその程度の威力だろう。
だが、雑魚を殲滅しなければ、今後避難民の逃亡が難しくなる。1ヶ所しか襲えない1匹の巨獣よりも、複数個所に襲い掛かれる100匹のゴブリンの方が厄介なのだ。
俺の魔術を物ともせずに向かって来る魔獣も多いが、それはフランとウルシの餌食である。
「アオオオオォォーン!」
ウルシは遊撃に近いポジションだ。フランの死角を警戒しつつ、毒の霧をばらまく。死毒魔術なだけあり、ゴブリンなどはひとたまりもない威力があるらしい。殺すことはできずとも、毒に侵されれば動きは鈍る。非常に恐ろしい魔術だと改めて分かった。
まあ強力過ぎて、他人と一緒に戦っていたり、町中などで気軽に使うことはできないが。
正直、フランでも吸えばダメージを受けるだろう。だが、ウルシが出来るだけ遠くに放っている上、俺が常に風の結界で防いでいるので問題はなかった。かなり危険ではあるが、今は殲滅力が重要だからな。
「はああああ!」
『サンダー・ウェブ!』
「アオオオ!」
俺たちはその後も四方から襲い掛かってくる魔獣たちと戦い続けた。
未だに俺たちを迂回して進軍を再開しようとはしていないらしい。魔獣の先頭集団はフランを包囲したままだ。邪魔者は倒してから先に進もうってことなんだろう。これはありがたい。
ただ、盛大に魔術を連発したせいで、俺の魔力がかなり目減りして来た。そろそろ戦い方を変えなくてはいけないな。
無論、フランに振るわれながらも魔力吸収は使い続けていたが、それ以上に魔術に込める魔力の方が多いのだ。
『少しの間魔術は休みだ。回復に専念する』
「ん」
ここから魔術を控え、フランの補助に回る。雑魚魔獣相手でもちょっとずつ魔力を吸い取り、僅かながらも回復し始めた。少し時間はかかるだろうが、ここは我慢だ。
後続にいると思われる上位の魔獣を相手にする前に、魔力を回復させておきたいからな。
「は!」
「ギギャ!」
「ギョオオ!」
「ふっ!」
「グロオオ!」
魔術の弾幕がなくなったせいで、魔獣たちの攻撃がより激しくなっていく。それでも、下位の魔獣ではフランに傷一つ付けることはできなかった。
『フラン、大丈夫か?』
「ん。へいきっ」
いくら全ての攻撃を躱し、時おりスタミナヒールで体力を回復していると言っても、精神的な疲労だけは如何ともしがたい。
俺は心配になってフランに声をかけたが、フランは平然とした様子で返してくる。強がりではなく、本当に平気であるようだ。今のフランにとってこの程度の戦い、精神をすり減らす程のものではないのだろう。
改めてフランの成長を実感するな。以前、天空島のダンジョンに潜っていたころには、魔獣の群れとの戦いでかなりの疲労を覚えていたのに。
勿論、全く疲れていない訳ではないだろう。多少は息が乱れてはいる。だが、まだまだ問題はなさそうだった。
『先は長い、無理はするなよ』
「ん!」
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