28 覚悟と成長
初心者パーティと別れてから1時間。
「ダブル・スラッシュ!」
「ギャハゲ!」
「シュギョガー!」
〈フランのレベルが、9に上がりました〉
「また上がった」
『はいはい。確認はあとでな』
俺たちは、ゴブリンの群れと交戦していた。
別に、わざわざ巣穴を探すつもりはなかった。ただ、経験値のためにゴブリンを狩っていたら、いつの間にかゴブリンに囲まれていたのだ。100匹はいるだろう。中には複数の上位種がおり、統率も取れている。
『ミドル・ヒール!』
「たすかった」
『またくるぞ!』
ヒュヒュヒュヒュヒュン!
木々の隙間を縫ってフランに襲い掛かったのは、無数の礫だった。石だけではなく、木片なども混じっている。
周囲を囲むゴブリンたちが、一斉に投擲したのだ。四方八方から襲い来る礫は、到底躱すことなどできはしない。
「師匠!」
『ああ、任せろ。ファイア・ウォール!』
炎のドームがフランの体を覆い隠し、礫から身を守る。だが、奴らの攻撃はこれで終わりではなかった。
『来るぞ!』
「ん!」
フランが俺を構える。そして、炎の壁が消え去った時――。
「ゴルラァ!」
「ギョギョガ!」
「ギャルー!」
10匹のゴブリンが一斉にフランに襲い掛かってきていた。2匹は早く飛び過ぎたのだろう。ファイア・ウォールに激突し、炎に包まれて、のたうち回っている。
「ヘビー・スラッシュ!」
ゴブリンたちの攻撃をかわし、すれ違いざまに俺を叩きこむ。そうやって5匹を葬った直後だった。
「ギャハッ!」
「くぅ……」
「ギシハァ!」
「あぅ!」
ゴブリンたちの武器を捌ききれず、フランの小さい体から、真っ赤な血が舞った。剣が肩口を切り裂き、槍が背中を抉っている。
だが、フランは激痛をこらえ、怯まずに剣を振るう。痛覚鈍化をセットすることを提案したいが、あれは感覚系が鈍るため、逆に足を引っ張る可能性もあった。
「くぁぁっ!」
普段は大人しいフランが、雄叫びをあげ、ゴブリンに切りかかる。これで、さらに10匹撃破だ。
こんな攻防を数度繰り返し、フランの周辺には40匹近いゴブリンの死骸が転がっている。それでも、フランを包囲するゴブリンの数は、減ったように思えなかった。
『ミドル・ヒール!』
「はぁはぁ……」
『おい、フラン! 大丈夫か?』
「……大丈夫っ」
『もう逃げよう。経験値は、もっと効率よく稼ぐ方法がいくらでもあるさ』
俺たちは、舐めていたんだろう。ゴブリンも、戦いも。
俺のこの体は、痛みも疲れもないし、破壊されてもすぐに修復される。良い意味でも悪い意味でも、強い魔獣以外に苦戦したことはなかった。
そのせいで、俺には危機感が足りていなかったのだ。口では、フランには危険だとか、フランにはまだ早いとか言っていたが、心の底では俺さえ居ればどうにかなると思ってたんだろう。
その挙句が、ゴブリンに対する苦戦だ。今更後悔しても遅いが。
回復魔術には、自動回復や、HPが0になったときに1回だけHPが1残るアンチデスの術など、死に辛くなる術がある。このまま戦い続けてもいつかは勝利できるだろう。
だが、それまでにどれだけの痛みを受け、どれだけの血を流すことか。まだ、そういった覚悟を、フランは得ていないだろう。戦いに恐怖を覚えたり、トラウマになってしまう前に、1度退かせるべきだ。
『また来るぞ! 今ならまだ逃げられる!』
浮遊と空中跳躍を駆使すれば、空を移動して逃げることができる。ゴブリンたちの壁も、簡単に突破できるだろう。
「逃げない」
『な、なに言ってんだ! これ以上痛い思いしたって、無駄なだけだろ! ちょっとデカイ魔獣を狩れば、もっと経験値だって稼げる!』
「無駄じゃない」
フランは短く呟くと、俺を構える。その顔には、強い決意が浮かんでいた。
「師匠がいれば、死なない。死なずに、痛みを知れる。戦いに慣れることができる。そして、経験もつめる」
『!』
「強くなるために、もっとギリギリの戦いが必要だと思ってた。ここは、ちょうどいい戦場」
そう言って、フランは獰猛な笑みを浮かべた。
うん、俺ってば、フランを舐めてた。フランはとっくに、覚悟を持っていたみたいだ。覚悟を持っていなかったのは、俺だけだった。
フランを傷つける覚悟が足りていなかった。俺が強くしてやるだって? 確かに、俺が主導でレベリングすれば、レベルは上がるだろう。でも、それでは本当の強さなのか?
経験と精神力。傷と痛みに堪え、実戦の中でそれらを得なければ、レベルだけ上げても意味がないんじゃないか?
フランはそれをしっかり分かっていたんだろう。
「師匠は援護を」
凄いぞ。俺みたいに、日本でぬくぬく育ってきた温室育ちとは、覚悟が違う。
いいだろう。俺も覚悟を決めたぞ。覚悟完了だ! もう躊躇わない。甘っちょろい愛護精神も捨てよう。ここにいるのは、俺が庇護しなければ何もできない、弱い子猫ではない。牙を研ぐ、猛獣の子供だ。
『回復は任せろ!』
「ん! いく!」
フランが走り出す。そのまま、ゴブリンの群れに突っ込んだ。そして、思うままに剣を振るう。俺は、フランが実戦経験を積む為のサポートに徹するのだ。
そうして、見守っていると、フランの変化に気づいてきた。
「はっ! らぁ!」
今の動き、ちょっと凄くないか?剣技は発動してないのに、トリプル・スラストと同じくらい速かった。今のもそうだ。ダブル・スラッシュ並――いや、ダブル・スラッシュを超える動きだった。
フランは、剣術を使いこなしていると思っていたのだが……。実は、全く使いこなせていなかったらしい。
いや、それは無理もないのか? ある日、高レベルの剣術を突然得て、肉体や脳が、あっさりと順応するはずもない。これまでは雑魚とばかり、しかも一瞬で終わる様な戦闘しかしてこなかったので、問題にならなかったのだろう。それが、ギリギリの実戦の中で、スキルと肉体が一致してきたのだ。
今までは鋭いと感心していた剣筋は、単に速いだけの物だった。だが、今は違う。剣身一体。ゴブリンの攻撃を捌く回数が増え、攻撃の正確さが凄まじい勢いで増していく。
2時間後。
「はぁ……はぁ……」
『フラン、よくやったな!』
「ん……!」
ゴブリンの死体が散乱し、血と体液が大地を覆い尽くす、まさに地獄の様な惨状。その中心に、俺を杖代わりにして、フランが辛うじて立っていた。回復魔術で傷はない。だが、体力の消耗は激しく、肩で大きく息をしていた。
全身に自分の血と、返り血、泥や埃をこびりつかせ、綺麗な部分などない程だ。買ったばかりの防具も、赤黒く変色してしまっている。特に鎧は損傷がひどく、修復が必要だろう。
俺がもっと積極的に攻撃をしていれば、ここまで苦戦しなかったはずだ。だが、これは必要な苦戦だった。数値の上では、レベルが6つ上がっただけだが、それ以上にフランは成長している。何せ途中からは、ゴブリンを仕留める際に必ず魔石を叩き割れるくらいになったからな。乱戦の中で、激しく動く相手の急所だけを正確に狙えるレベルに達したってことだ。
『――スタミナ・ヒール』
体力を回復する魔術を重ねがけしてやる。だが、精神的疲労までは取れない。
『少し休め、周辺の警戒はしておくから』
俺は素材の確保と、魔石の吸収をしちゃおうかね。
「手伝う」
『あ、おい。大丈夫か?』
「さっさと済ませて、ここを離れる」
『そうだな……。キングは結局いなかったし。増援が来る前に、済ませちゃった方がいいか』
「ん」
『じゃあ、武具と、角を頼む。俺は魔石を重点的に吸収するから』
「わかった」




