295 戦と兵
「軍は今すぐには動かせませぬ……」
マルマーノが苦渋に満ちた声で、フランにそう告げる。
「なぜ?」
「3日前、南西の国境線にてバシャール王国との戦端が開かれました」
まじか。それは初耳だった。だが、それでマルマーノの言葉の意味が分かった。
「このグリンゴートからも、半数以上の兵士を派遣しております」
「いない訳じゃない?」
「現在、グリンゴートに残っている兵士では、とてもではないですが万を超える魔獣に野戦を挑むことなど……」
マルマーノがガバッと頭を下げる。
「申し訳ありませぬ! ですが、この周辺の村や町の者たちは、このグリンゴート目がけて避難してくるでしょう。魔獣の軍勢を防げるだけの防壁があるのはここだけです。その時に兵がおらず防衛が出来ぬという訳にはいかないのです!」
野戦を挑む兵士が足りていない以上、籠城しかない。そして、城に立てこもると言っても、ある程度の兵士が居なければ籠城もできないだろう。
「この都市には、土魔術を使える人はいない? それで大きな壁を作れれば、時間を稼げる」
「我が国に軍勢を足止めできるほどの大地魔術の使い手は1人しかおりません。ですが、その男はバシャール王国との戦においての中心人物。こちらに呼ぶことは無理でしょう」
「そう」
「すぐに他の領地などへと援軍要請を行います。南に集結している軍にも!」
「どれくらいで来る?」
「……早くとも、数日はかかるでしょう……。それまではうって出られません。今、兵を消耗することは出来んのです」
ギリギリの兵数しかいないのであれば、無駄に消耗したくないという言葉も理解できる。それが納得いくかどうかは別だが。
結局、北部の村々を犠牲にしてでも、他の人々を救おうと言う事だ。領主としては、至極当然の判断である。それを責めることはできない。
フランもそれを分かったのか、その場で立ち上がった。
「わかった」
「そ、そうですか……。あ、どちらへ?」
「もうここには用はない。冒険者ギルドへ行く」
「の、残っては下さりませんか?」
マルマーノとしては、フランにこの都市に残ってもらいたいのだろう。ランクA相当の実力者が居ると言うだけで市民は安心するし、兵士の士気も上がる。実際に防衛でも多大な貢献をするはずだ。
数字だけで考えるならば、北部の村々の僅かな人々を見捨てて、この都市に籠城する数万人を救う方が、被害は少ない。
だが、フランが承知するはずもなかった。マルマーノに向き直り、淡々と告げる。
「無理。私は同胞を絶対に見捨てない」
それは別段、領主への皮肉などではなかった。単純に同族である黒猫族を見捨てたくないというだけの意味だ。
しかし、マルマーノにはそうは聞こえなかったらしい。悔し気に顔を歪め、その場で立ち尽くしてしまう。
怒らせたかと思ったら、そうではないようだ。どうやら、彼自身の心情としては、今すぐに飛び出して人々を救いたいらしい。だが、領主として優秀な故に、その選択肢を取ることができない。
「申し訳……ありませぬ! ほ、北部の村々を何卒よろしくお願い致します……!」
マルマーノはその巨体を縮めるように、フランに対して深々と頭を下げるのだった。
「わかった」
「何卒……!」
マルマーノの屋敷を飛び出したフランは、その勢いでグリンゴートの冒険者ギルドへ突撃。さすがにこの辺の中心都市なだけあって、それなりに大きい。
「たのもー」
「ああ、黒雷姫殿。いかがなさいました?」
「ギルドマスターに緊急の用がある。すぐに会わせて」
「……わかりました」
ここでも黒雷姫の異名が役に立つ。受付嬢は何も聞かずに、即座に行動に移ってくれた。そして、3分も経たずに戻って来て、フランをギルマスの下へと案内してくれる。
グリンゴートのギルマスは、真っ白い髭を蓄えた老齢の魔術師だ。進化もしており、かなりの実力者である。
「黒雷姫殿、どうされましたか?」
「北から魔獣の軍勢が迫っている」
「は? どういうことです?」
驚くギルドマスターに、フランが全てを説明する。最初は驚いていた様だが、ギルドマスターはすぐに立ち直った様だ。
「万を超える軍勢ですと?」
「冒険者たちに協力してほしい」
「それは当然ですな。すぐに冒険者を招集しましょう。ですが……」
唸りながら、どう対処するか悩んでいる。
「何か問題がある?」
「南の国境へ向かった者も多く。現在グリンゴートの冒険者は数が半減しているのです」
「冒険者は戦争に参加しないんじゃないの?」
加入時に、冒険者ギルドの規則を軽く読んだが、冒険者は戦争が起きた時に国の徴兵などに応じる義務がないのだという。
自由民で国に属していない冒険者には、国同士の争いなど下らない、加担したくないと言う者も多い。徴兵に応じなくてはならないなどという規則を作ったら、冒険者がギルドから離れていってしまうだろう。
戦争不参加の原則については、国とギルドの間で正式に取り決められている。その代わり、魔獣や盗賊の退治を請け負っているとも言えた。
だが大昔に、レイドス王国がその規則を無視して、無理やり冒険者を徴兵しようとした。逆らえば処罰すると脅して。そして、それに反発した冒険者たちがレイドス王国から出て行ってしまい、結局戦争には大敗。その冒険者ギルド自体が無くなってしまい、現在でもレイドスでは冒険者がほとんどいないらしい。
それがあってから、各国では冒険者を戦争に利用しようという動きが一切無くなったのだという。勿論、個人個人で契約を結んだり、その国出身で自主的に参加しようと言う冒険者はごく僅かにいる。アマンダやジャンがそのタイプだな。
だが、ギルドを通して無理やり徴兵することはタブーとなっているのだった。
「国からの依頼ではなく、彼らが自分の意思で向かったのですよ。ここは獣人のための国。それを守りたいのは兵士や騎士だけではないですからな」
獣人国は獣人にとっては特別な国だ。現在の王が冒険者でもあり、ギルドと国の関係も良好である。この国出身の獣人冒険者たちが、自主的に戦争に参加しようとするのは当然なのかもしれない。
「周辺の町村から冒険者を呼び寄せたとしても、軍として行動するだけの人数は集まらぬかもしれません」
「それでも、少しでも戦力が欲しい」
「わかっておりますよ。ですが、場合によってはこの都市の防衛に専念する程度の人数しか集まらぬかもしれません。それだけはお分かりください」
「……ん。分かった」
「お戻りになられるのですか?」
立ち上がったフランに対して、ギルドマスターは声をかける。その顔には引き止めたいと書いてあるが、彼はその後は何も言わなかった。北に黒猫族の村があり、フランは黒猫族。それが分かっているのだろう。
「ばいばい」
「ご武運を……」
久々に確認してみたら5000万PV達成してました。
これからもよろしくお願いいたします。




